今年デビュー20周年を迎えるbirdが、4月19日にBillboard Live TOKYOで〈bird “波形” Live !〉と題した公演を行なった。タイトルの通り、これは3月20日に発表した約4年ぶり、11作目となるニュー・アルバム『波形』の実演版。このアルバムを携えての公演はこれが初であり、言葉とリズムが高次元で溶けあった『波形』の世界を果たしてナマでどう再現するのか、楽しみにしながら2ndショーを観に行った。

初めに書いてしまうと、演奏されたのは本編10曲、アンコール1曲。本編の10曲は全て『波形』の曲であり、しかもアルバムの曲順通りという、かなり思い切った構成だった。新作発表から1か月後の公演であるからして当然そこからの曲が中心になるだろうが、それでもいくつかお馴染みの曲(例えば“SOULS”や“BEATS”のような)も混ぜてくるだろうことを期待していた人もいたかもしれない。

が、その点においての物足りなさなどまったくなかった。結果的に『波形』というアルバムでbirdのトライしたこととその成果が純度高く伝わってきたし、順に演奏された10曲(+1曲)がひとつの大きな物語になっているようにも感じられた。そもそも『波形』はライヴを想定して作られたアルバムではなかったはずだが、こうして順番通りに演奏されると〈ここでじっくり聴かせて、ここで盛り上げ、ここでまた落ち着かせて〉といったような緩急も実に理想的に思え、つまりライヴに向いた起伏とドラマ性がある組み立てのアルバムだったこともあらためてわかったのだ。

バンドのメンバーを書いておこう。ドラムスが坂田学。ベースが鹿島達也。ギターが樋口直彦。キーボードとサウンド・プロデュースが冨田恵一。コーラスがMegとハルナ。初参加はコーラスのハルナだけで、あとの5人は旧知の仲。前作『Lush』(2015年)発表時のBillboard Live公演や〈GREENROOM FESTIVAL’16〉から引き続き揃っての登板だ。ギターの樋口はbirdと全国津々浦々のツアーをまわってもいるし、鹿島と坂田は4作目以降の数作にも参加。そして冨田がフル・プロデュースを担当したのは『BREATH』(2006年)『Lush』に続いて『波形』が3作目で、つまり現行birdサウンドを作り上げたと言っていい人。それだけにバンド・アンサンブルは圧倒的に素晴らしく、『波形』に際しての公演はこれが初というのが信じられないレヴェルだったし、birdはこのメンバーを心から信頼して実に気持ちよさそうに音に乗っていた。

オープナーはアルバム表題曲“波形”。電子音の響きにbirdの歌声が重なり、彼女が頭につけた羽が蛍光グリーンに光る。〈ああ〉〈はあ〉〈さあ〉。歌詞じゃないが、まさしく〈音声が体から離れて〉放物線を描くようにこちらに届き、それによって初めて見たような、でも懐かしい気持ちにもなるような景色がそこに立ち現れた感覚になった。2曲目“ミラージュ”。birdは初期からブラジリアンにアプローチした曲を何度となく歌ってきたが、体感としてそれが身体に入っているからこのようなリズムの曲もラクラクと自然に乗りこなす。

「このメンバーでやるのは平成最後です。次は大阪に行くんですけど、それが令和一発目。時代をまたいでのライヴということで。まあ、(今日観に来ているのは)昭和の方が多いと思いますけど(笑)」。そんなMCを挿んで、3曲目は“記憶のソリテュード”。『波形』のなかでもとりわけロバート・グラスパー以降を感じさせる最先鋭のジャズとネオ・ソウル的なグルーヴが抱き合わさった曲で、『Lush』からの進化を大いに感じさせた曲でもあったが、ズレがおもしろい複雑なリズムの上でbirdは腕を上げたり下げたりしながら自然に言葉を乗せたり放ったり。

続いて、もんのくるの角田隆太が作曲した4曲目“Know Don’t Know”でクリス・デイヴみたいなドラムを坂田が叩こうとも、彼女はそれがなんでもないことのように気持ちよさそうに(泳ぐように)歌うのだった。よってこの曲のラップのような言葉回しも実に滑らかだし、言葉で何を伝えんとしているのかも明確にわかる。WONKの江﨑文武作曲による5曲目“GO OUT”でも前へ前へと進む感覚のリズムにbirdは決して急ぎすぎずに乗り、コーラスとの楽しい掛け合いも。因みに終盤の〈イエ~〉 の部分はレコーディングの際に、冨田のアイディアであとから加わったのだそうだ。

そんな感じで、とにかくbirdはそれがどんなに複雑なリズムの曲であっても、腕を動かしながら軽やかかつ柔らかにそこに乗って歌う。最先鋭のジャズ的な攻めたリズムであっても、彼女が歌えばポップスになる。難しいことをやっているようにはまったく見えず(聴こえず)、だからどんな人にも――現代ジャズ始め洋楽をちゃんと追っている人にも追ってない人にも――心の踊るポップスとしてフレンドリーに届くし、あたたかな気持ちにもなるのだ。

5曲を歌い終わると、birdは冨田氏の自宅兼スタジオ近くにあるデザート専門店のショートケーキが美味しい……というような、まあ楽屋で話せばいいんじゃないかな?とも思える内容のことをけっこう長い時間使って話していたが、そういうユルさもまたフレンドリーで、観ている人たちのみならずメンバーたちをも和ませる。驚くほど高い次元の音楽性とバンド・アンサンブルを披露しながら、しかし決して緊張感・緊迫感といったものを与えず、〈ライヴは楽しいもの〉というあり方をラクに貫くのがbirdというアーティストで、ほかにこんな人はいないよなとあらためてそう思った。

シンガー・ソングライターとしての個性がよく表れた6曲目“Sunday Sunset”を歌うと、続いてはインストゥルメンタルの“Hakeinterlude”。ここではメンバーそれぞれのソロも順にフィーチャーされた。そして「冬の曲を1曲」と言って8曲目“雪のささやき”を。『波形』のテーマのひとつとして〈語るように歌う〉というのがあったそうだが、この曲ではとりわけそれがよく表われ、景色と温度感もイメージできた。

続く9曲目“3.2.1”でbirdとメンバーたちは観客に拍手を促し、新作中でもっともアップテンポかつ躍動感のある曲だけに温度もここで一気に上昇。今回のライヴにおける最大の盛り上がりポイントで、立って踊りたくなった人も多かったのではないだろうか。だが、その盛り上がりのなかで終わるのではなく、本編最後はもっとも美しくてドラマチックなスロー曲“スローダンス”を丁寧に。キャリア20年ならではの説得力と深みがその成熟した歌唱表現にあり、アルバムの最後、そしてライヴ本編のラストを飾るのに相応しい曲であることを強く実感した。

アンコールに応えてbirdがまずひとりで現れ「今年は20周年なので、いろんな形でまたお会いできると思います」と挨拶し、そしてメンバーをひとりひとり呼び込んで、最後に演奏されたのは前作『Lush』からの“明日の兆し”だった。どんな思いで彼女はいまここで歌っているのか、歌で何を伝えようとしているのか。そのバラードの歌詞と歌唱はそのことの答えのようであり、デビューから20年歌い続けてきたことの意味さえも感じ取れるものだった。

多様なリズムと、日々の暮らしから生まれてくる言葉。その豊かな合わさりと、心地よくそれを聴き手に伝える歌声。音楽家としても歌手としても、いまのbirdが第2の黄金期を迎えていることを確信したライヴだった。

 


Live Information
アルバム発売を記念〈bird“波形”ライブ〉

2019年5月2日(木・祝)Billboard Live OSAKA
1stステージ 開場15:30/開演16:30
2ndステージ 開場18:30/開演19:30
サービスエリア 7,400円/カジュアルエリア 6,400円
★詳細はこちら

●Personnel
bird (ヴォーカル/パフォーマンス)
冨田恵一・冨田ラボ (サウンド・プロデュース/キーボード)
坂田学 (ドラムス)
鹿島達也 (ベース)
樋口直彦 (ギター)
Meg (バック・ヴォーカル)
ハルナ (バック・ヴォーカル)

 

Album Information
タイトル:『波形』
リリース日:2019年3月20日
価格:3,000円+税
品番:MHCL-2800
発売:(株)ソニー・ミュージックダイレクト

【収録楽曲】
1. 波形(Music : 冨田恵一/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
2. ミラージュ(Music : KASHIF(PPP)/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
3. 記憶のソリテュード(Music : 冨田恵一/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
4. Know Don`t Know(Music : 角田隆太(ものんくる)/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
5. GO OUT(Music : 江﨑文武(WONK)/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
6. Sunday Sunset(Music & Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
7. Hakeinterlude(Music : 冨田恵一/Arrangement : 冨田恵一)
8. 雪のささやき(Music : 冨田恵一/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
9. 3.2.1(Music : 冨田恵一/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)
10. スローダンス(Music : 冨田恵一/Words : bird/Arrangement : 冨田恵一)