アース・ウィンド&ファイアの躍進に翼を与えたファルセットの使い手にしてゴスペルやジャズの魂を備えた現役のソウル・レジェンド。17年ぶりのソロ新作をきっかけに、そのクロスオーヴァーな才能を改めて振り返ってみよう
フィリップ・ベイリーが17年ぶりにソロ・アルバムをリリースした。17年もの間が開いたのは、病を患っていたモーリス・ホワイト(2016年他界)がアース・ウィンド&ファイア(EW&F)のツアーから退き、彼と並ぶ二枚看板だったフィリップが実質的なリーダーとなって多忙を極めていたせいだろうか。なにしろ彼は〈ヴォイス・オブ・EW&F〉なのだ。結成メンバーではないが、EW&Fがブレイクしたのはコロムビア移籍に際してフィリップが加入した72年以降のこと。特に“Reasons”“Devotion”といったバラードや“Fantasy”などは、彼のファルセットなくしてはあれほどの名曲にならなかった。自身の息子も加えた現在のEW&Fでは4オクターヴの声域を駆使してモーリスのパートも地声で歌い、一人二役をこなすフィリップ。その魅力はファルセットにとどまらないが、地上から宇宙へと一直線に突き抜けるような力強いファルセットは間違いなく彼のトレードマークである。
EW&F自体がクロスオーヴァーな存在であったが、フィリップの歌声がソウル・シーン以外にも広く知れ渡ったのは、EW&F活動休止中の84年に発表したフィル・コリンズとのデュエット“Easy Lover”だろう。同曲のMVにはちょっとした皮肉も込められていて、EW&Fを連想させるサテン地の衣装を持ってきたフィルにフィリップが困惑するシーンがある。つまり、ソロ活動に乗り出した当時の彼にとってEW&Fはすでに過去のものだったのだ。実際、83年の初ソロ作『Continuation』も、〈継承〉を謳いつつ〈アナザ・フェイス〉という邦題通りにEW&Fとは違う一面を見せようとしていた。そんなフィリップが現在ではグループの中心人物となっているのもおもしろいが、ソロ・デビュー以降の彼は、EW&Fと程良い距離を保ちながら、みずからのルーツをより強く打ち出すような作品を出してきたのである。
ルーツのひとつはジャズ。99年と2002年にヘッズ・アップから出した2枚のアルバムがジャズ・アプローチの作品だったことを思い出す人もいよう。コロラド州デンバー出身のフィリップ(1951年生まれ)は幼少の頃にアート・ブレイキーやマックス・ローチに憧れてドラムを始め、同郷のラリー・ダンと組んだミスティック・ムーズというバンドではソウル・ヒットに加えてジャズ・スタンダードを演奏。EW&F加入後もラルフ・ジョンソンと共にパーカッションを叩くことがある。シンガーとしてはサラ・ヴォーンに憧れていたようだ。
同時に敬虔なクリスチャンである彼はゴスペル界とも密接に関わってきた。ソロ・デビュー前にはアンドレ・クラウチの『I’ll Be Thinking Of You』(79年)で歌い、ソロとしても80年代中~後期に世俗作と並行してマーからゴスペル・アルバムを3枚リリース。86年の『Triumph』はグラミー受賞作にもなった。昨年、トラヴィス・スコットの“Stop Trying To Be God”で声を交えていたのも同曲が宗教的なニュアンスを含んでいたからだろう。そもそもEW&Fにおいてゴスペルの側面を伝えていたのもフィリップで、〈神の子どもたちに祝福を〉と歌う先述の“Devotion”はその象徴となる一曲だった。84年のソロ作『Chinese Wall』でのリアル・シング曲カヴァー“Children Of The Ghetto”も似た内容で、こうしたクリスチャニティーに基づくメッセージ・ソングを裏声で歌うスタイルはカーティス・メイフィールドからの影響も大きそうだ。
モーリスに先駆けてソロ・デビューしたように独立心が強かったフィリップは、70年代後半にEW&Fの活動と並行してキンズマン・ダズ、フリー・ライフ、スプレンダーの作品をトミー・ヴィカリと組んでプロデュース。自身の作品では、フィル・コリンズとの共演をはじめ、86年作『Inside Out』でナイル・ロジャーズと組んだり、90年代も『Philip Bailey』(94年)にチャッキー・ブッカーやブライアン・マックナイト、『Life And Love』(97年)にはインコグニートのブルーイを招くなど、〈時の人〉とのコラボに積極的であった。シーロー・グリーン“Fool For You”(2010年)にてファルセットを放っていたことも記憶に新しい。
2010年のEP『Love Is Real』を挿んで、フル・アルバムとしては17年ぶりとなった今回の新作『Love Will Find A Way』も、そんな彼の出自やキャリアが透けて見える作品だ。ゲストには、チック・コリア(ピアノ)、スティーヴ・ガッド(ドラムス)、クリスチャン・マクブライド(ベース)といった旧知の大御所に加え、ロバート・グラスパー(キーボード)、デリック・ホッジ(ベース)、カマシ・ワシントン(サックス)、ケンドリック・スコット(ドラムス)ら勢いに乗る面々を招聘。以前EW&Fで組んだウィル・アイ・アムの参加もあるが、ジャズを中心とした名手たちとのコラボはヘッズ・アップ時代のアルバムの流れを汲んでいると言っていい。ケイシー・ベンジャミンがサックスを吹く表題のファラオ・サンダース曲をはじめ、リターン・トゥ・フォーエヴァーやアビー・リンカーンで有名なナンバーを取り上げたのもジャズから出発したフィリップならではで、それらをアップデートしたジャズとして聴かせるのが今作における美点となる。

PHILIP BAILEY 『Love Will Find A Way』 Verve/ユニバーサル(2019)
艶やかなファルセット・ヴォイスの魅力は言うまでもないが、今回はアルバム・ジャケットが示すようにパーカッション奏者としての側面が強調されている。EW&F時代にも幾度となくアピールしてきたアフリカ回帰的な気分の表出においては、カマシのほか、リオーネル・ルエケ(ギター)やクリスチャン・スコット(トランペット)らが放つ音色も効いているのだろう。そんな内容を象徴するのが、先行発表されたグラスパー制作の“Billy Jack”だ。カーティス・メイフィールドの75年曲をアフロビート仕立てにしたカヴァーで、ファルセットはカーティス直系。フィリップが黒人意識高揚などのメッセージ込みでカーティスをいかに愛しているかは、インプレッションズ“We’re A Winner”を取り上げたことからも明らかで、そのエレガントなカヴァーでは同じくファルセットの歌い手にしてEW&Fのトリビュート・アルバムにも参加していたビラルと共演している。それにしても、マーヴィン・ゲイ“Just To Keep You Satisfied”のカヴァーなどでの、地声とファルセットを巧みに使い分けたヴォーカルの色気は68歳とは思えない。久々のソロ・アルバムは、ジャズとゴスペルを両輪にしてソウル/R&B道を歩んできたフィリップの誇り高き音楽人生を、美しい声と音でかつてなく明快に伝えているのだ。 *林 剛
『Love Will Find A Way』に参加したプレイヤーの作品。
『Love Will Find A Way』収録曲のオリジナルを収めた作品を一部紹介。
広範囲に渡るフィリップ・ベイリーの参加作
〈EW&Fの声〉としての存在感がシンボリックすぎるためか、あえてそれを振りかざすような外部仕事は多くないフィリップだが、空間を神々しく彩るようなバック・コーラスやパーカッショニストとしての出番は70年代からジャズ/フュージョン方面を中心に数多い。下に挙げた中では凄腕プレイヤーたちに囲まれてダイアン・リーヴスの歌声を背後から包むアルフォンゾ・ジョンソン“Love’s The Way I Feel ’Bout Cha”(76年)や、同じくダイアンの歌唱をヴォーカル・アレンジでも導いたスタンリー・タレンタイン“Only You And Me”(81年)あたりは注目したいところ。ソウル方面では、スキップ・スカボロー経由で参加したブルー・マジックの『Message From The Magic』(78年)にて、パーカッション演奏で裏方としての役割をこなしつつ2曲を共作していたりもする。
支持層を拡大した80年代半ば以降はケニー・ロギンスからスティーヴィー・ワンダー、杏里、フリオ・イグレシアス、松井慶子までオファーの幅も一気に広がり、今世紀に入ってからもマイペースな外部活動は継続中。ブレイズがEW&Fにオマージュを捧げたハウスの“Breathe”(2002年)、ケニーGがアウトキャストを取り上げた“The Way You Move”(2004年)など興味深い名演も多いなか、旧知のデニース・ウィリアムスと“Love’s Holiday”(2007年)を再演していたのも忘れ難い。 *出嶌孝次
フィリップ・ベイリーが参加した作品を一部紹介。
フィリップ・ベイリーの作品と重要な関連盤
モーリス・ホワイトの師匠にあたるシカゴの鍵盤奏者がソウル・チャート首位をマークしたジャケ通りのゴールド・ヒット盤。モーリス制作によるEW&Fマナーの2曲にはフィリップも歌とコンガ演奏で参加し、特に表題曲は彼の美しいスキャットが楽曲の情緒を神秘的に印象づけている。この聖なるムードは新作中でグラスパーが制作した“Sacred Sounds”の源泉にあるものだろう。 *出嶌

後にモータウンから“Let It Whip”(82年)でブレイクするオハイオ出身のダズ・バンドが、前身バンド名義で放った初期2作にはフィリップが関与。特に78年のデビュー作ではEW&Fのラルフ・ジョンソンと制作やアレンジなどに関わり、EW&Fのマナーでグループのダンサブルでジャジー(=ダズ)な持ち味を引き出している。ファルセットはフィリップそのもの。 *林

ミュージカル出身の実力派シンガーがブレイク前に残したこのアルバムの本編……ではなく、拡張リイシュー盤に丸ごと収録された82年作『Love Has Lifted Me』(録音は70年代半ば)にて、フィリップは“Love Is Everywhere”をプロデュース。後にダズ・バンドを躍進させるレジー・アンドリュースのアレンジでメロウなステッパーに仕立てている。 *出嶌

フィリップと同郷のデンバー出身者を含み、スー・アン・カーウェルの兄カール(後に101ノースへ)がリードで歌う9人組。この唯一のアルバムでは制作に加えて大半の曲を書いたフィリップの色に染まり、ラリー・ダンも迎えてEW&Fのアーバン・サイドに寄ったファンクやスロウを放つ。“Wish You Were Here”はEW&F版“Can’t Hide Love”マナーが光る逸品。 *林

後にモータウンからソロ・デビューするボビー(ロバート)・ナンを中心とした男女混成グループ唯一のアルバム。フィリップがトミー・ヴィカリと手掛けた3作品の中では圧倒的な完成度で、女声リードも活躍するメロウで爽快な楽曲はEW&Fのジョニー・グラハムや名手ジェイムズ・ギャドソンらの演奏も含めて申し分ない。ボビーは後にフィリップのソロ作にも関与。 *林

いわゆる黄金期の最後を飾った快作で、“Let’s Groove”を収めた一枚としても有名だが、ここではフィリップ自身とグレッグ・フィリンゲインズが共作した“I’ve Had Enough”に注目。フィリップが初めて共同プロデューサーとして主導したパーカッシヴなディスコ・ファンクの意匠は明らかに『Off The Wall』のマイケル・ジャクソンを意識したもので、ソロ・シンガー的な作りも印象的だ。 *出嶌

EW&F在籍中に放った初ソロ。フィリップ同様ジャズとソウルを跨ぐジョージ・デュークを制作者に迎え、デュークやEW&F一派の助力を得てファルセットを轟かせる。デニース・ウィリアムスとの“It’s Our Time”でグループ時代を回顧させながら、NYサウンド風のダンサーやデジタル・ビートのファンクを歌う新旧の折衷具合が絶妙で、幸先の良いソロ始動となった。 *林

制作にフィル・コリンズを迎えたソロ2作目。“Easy Lover”を含み、フィルらしいバタスタしたドラムが畳み掛けるポップ・ロック調の楽曲が中心で、フィリップもソウルの枠を超えて伸び伸びと歌う。一方、EW&Fを意識した快活なファンクやファルセットが活きるバラードは相性抜群。リアル・シング“Children Of The Ghetto”のカヴァーは裏ハイライトだ。 *林

マドンナやデヴィッド・ボウイで当てた80sポップ職人としてのナイル・ロジャースに全編を託した世俗ソロ3作目。過去作のブラコン~ポップ・ロック感覚を継承しつつシステムのミック・マーフィーらが書いたエッジーな“State Of The Heart”などでアグレッシヴに迫った内容は、結果的にEW&F復活への橋渡しに。ボビー・ナン作のスプレンダー風な曲もある。 *林

ルーツのジャズに回帰したヘッズ・アップ第1弾。当時EW&Fにいたモーリス・プレジャーも制作に名を連ね、旧知のジョージ・デューク、ランディ・ブレッカー、ジェラルド・アルブライト、グローヴァー・ワシントンJrらを招いてアーバンに決め込んだ内容は直球のスムース・ジャズだ。EW&F“Sail Away”の再演やヴァン・モリソン“Moondance”のカヴァーも含む。 *林

ジャズ回帰作だが、現EW&Fのマイロン・マッキニーも関与した本盤では、ジャズ名曲も含めてソウル寄りの表現でカヴァー。ジーン・マクダニエルズ作“Compared To What”やEW&F“Keep Your Head To The Sky”を歌うニュー・ソウルとゴスペルの感覚、ジョー・ザヴィヌルやチック・コリアの曲をパーカッシヴなビートで聴かせる内容は、今回の新作に直結するものだ。 *林
数ある客演作を代表して近年の一枚を紹介。フィリップのコロムビア期ソロ3作すべてでプレイし、EW&Fとフォープレイ相互の盤でも共演歴がある重鎮ベーシストのソロ作。ここでも2曲のEW&Fカヴァーにフィリップが馳せ参じ、メロウな“Love’s Holiday”にて“Can’t Hide Love”も織り交ぜたコーラスを聴かせる。一方の“Serpentine Fire”はEW&Fの他メンバーも伴って賑やかに。 *出嶌

