前衛的で独創性豊かなサウンド世界を創造し、ロータリー・コネクションからアース・ウィンド&ファイアまでを手掛けてきた天才プロデューサー。志半ばでこの世を去った偉人が短い絶頂期に残した最高の仕事を追体験してみよう!
アース・ウィンド&ファイア(EW&F)を全国レヴェルの人気バンドにしたことで知られるチャールズ・ステップニー。76年に45歳で急逝した彼がアレンジャー/プロデューサー/コンポーザーとして活動したのは60年代中期から70年代中期までの10年ほどだが、その偉業は伝説だ。BGPからリリースされたばかりの作品集『Eternal Journey - The Arrangements And Productions Of Charles Stepney』を聴くと、シカゴのチェス・レコーズで手掛けた革新的な楽曲の数々に改めて感嘆させられる。

流麗でドラマティックなオーケストラ・アレンジ。モーグなどのシンセサイザーをいち早く使い、サイケデリックな時代の空気とも同調しながら奏でた神秘的でストレンジなサウンドは前衛的で独創性に溢れていた。そんなステップニーが黒人音楽のフィールドで奏でたシンフォニックな楽曲は〈バロック・ソウル〉とも呼ばれる。スケールは大きいが室内楽的な密室感もあるサウンドからは、自宅地下のスタジオで機材を操りながら試行錯誤していた彼の姿も目に浮かぶ。
生粋のシカゴアンであるチャールズ・ステップニー(31年生まれ)。ピアノを弾き、クラシック音楽にも造詣が深い人だった。だが、正規の音楽教育は受けていない。彼の娘たちによれば、10代の頃に食料品店でアルバイトをしながらジュリアード音楽院の学生が持っていそうな本を買ってアレンジの仕方を学んだという。彼の音楽に感じられる端正でありながらもラフな質感、自由度の高さは、独学がもたらした結果なのかもしれない。
ヴィブラフォン奏者としてジャズの世界で音楽活動を始めたのが50年代後半。そこでは芽が出ず、60年代中盤に音楽を辞めようとしていたところ、ジャズ・サックス奏者のエディ・ハリスとの仕事がマーシャル・チェスの目に留まる。マーシャルはチェスの創業者、レナード・チェスの息子。彼は当時若者が熱狂していたアシッド・ロックなどのサイケデリックな音楽の波に乗りたいと思い、チェスの傍系であるカデットの再興およびカデット・コンセプトの新設にあたってステップニーを自社に招き入れたのだ。
当初は譜面をコピーする単発バイトだったが、やがて専属スタッフとしてアレンジャー/A&Rに就任。そこでステップニーを中心に結成されたのがロータリー・コネクションだった。同グループの楽曲ではシタールなども用い、サイケデリックでシンフォニックなサウンドを創出する。メンバーだったミニー・リパートンの声をテルミンに見立て、コーラスを多重録音するなど、独創的なヴォーカル・アレンジも彼の仕業だった。そうしたアイデアはミニーのソロ・デビュー作やマリーナ・ショウのアルバムでも応用されていく。同時にステップニーは、オルガンやヴィブラフォンの奏者としてカデットの屋台骨を支えたソウルフル・ストリングスにも参加。ここで一緒にプレイしたフィル・アップチャーチ(ギター)やドロシー・アシュビー(ハープ)らを自身のセッションにも招き、それぞれの限界を超えるプレイを要求したという。
エレクトリックな音を用いてリトル・ミルトンやバディ・ガイ、ハウリン・ウルフなどのブルースマンをサイケデリックな時代に適応させていくなかで、マディ・ウォーターズの怪作『Electric Mud』(68年)も生み出した。ラムゼイ・ルイスがビートルズ〈ホワイト・アルバム〉の曲をカヴァーした『Mother Nature’s Son』(68年)もステップニーの奇才ぶりが発揮された一枚だ。また、ドゥワップから出発したデルズをソウル・グループとして新しい舞台に引き上げたのも彼の功績だろう。バート・バカラックを敬愛していたステップニーは、デルズに全編ディオンヌ・ワーウィックのバカラック・ナンバーを歌わせたアルバムも作っている。そんなデルズとの仕事で関係を深めていたのが、ステップニーのプロデュースで3枚のアルバムを作るテリー・キャリアーだった。
一方で、チェスと契約していた都合上、名前を伏せて関わっていたのがEW&Fである。ラムゼイ・ルイス・トリオのドラマーとして活動していたモーリス・ホワイトとはチェスの元同僚。モーリス率いるEW&Fは、初期の女性シンガーを含めた編成やコンセプトにおいてロータリー・コネクションを参考にしたという。ステップニーは、モーリスにカリンバ、ラリー・ダンにモーグの使用を勧め、モーリスとフィリップ・ベイリーで歌を分け合うスタイルも提案したというから、まさにグループのメンター的な存在だった。そして、74年作『Open Our Eyes』でステップニーが共同アレンジャー/準プロデューサーとして公式にクレジットされるようになってからEW&Fは上昇気流に乗る。モーリスはステップニーとカリンバ・プロダクションズも設立。ここからエモーションズやデニース・ウィリアムズなどが飛び立った。まさに前途洋々……のはずが、『Spirit』(76年)の制作中に心臓発作で急逝してしまう。
しかし、ステップニーのスピリットやサウンドは多くの後進ミュージシャンたちに受け継がれている。ミニー・リパートンの“Les Fleur”をカヴァーした4ヒーローのほか、近年ではDJハリソンやマカヤ・マクレイヴン、またソランジュやヴィクトリア・モネイまでもがステップニーのアレンジにシンパシーを示していた。特にチェス時代の仕事はサム・ゲンデルのような音響を追求する奇才とも親和性が高く、インフローが手掛けた作品群にもステップニー的な美学が感じられる。その深遠な音世界は永遠なのだ。 *林
チャールズ・ステップニーの参加した作品を一部紹介。
左から、ラムゼイ・ルイスの68年作『Mother Nature’s Son』(Cadet)、アース・ウィンド&ファイアの74年作『Open Our Eyes』(Columbia)
現代に受け継がれるチャールズ・ステップニーの作法
今年に入ってChatGPTのキャンペーンCM動画で“Les Fleur”がドラマティックに使われていたりもしたが、やはり空気を変えるステップニーの音世界は誰が聴いてもスペシャルな響き方をするのだろうか。かつてはレアグルーヴ〜フリー・ソウル的な空気の中でロータリー・コネクションやミニー・リパートンの初作が再評価されたのを下地に、ニューヨリカン・ソウルや4ヒーローのカヴァーが脚光を浴びた時期もあったが、そうなる以前からヒップホップ方面のサンプリングを通じて彼の仕事は広く親しまれてきた。近年ではオーケストラを従えたバロック・ソウルを追求するエイドリアン・ヤングがいるし、その意味ではヒップホップやジャズに壮大なストリングス・アンサンブルを導入するLAのミゲル・アトウッド・ファーガソンも後継者的な面の持ち主だろう。他にもロータリー・コネクション222を率いるジュニウス・ポールやフローティング・ポインツ、オリンピアンズ、アヴァランチーズまで幅広い方面にその影響は及んでいる。 *出嶌
左から、エイドリアン・ヤングの2011年作『Something About April』(Wax Poetics/Linear Labs)、ミゲル・アトウッド・ファーガソンの2023年作『Les Jardins Mystiques Vol.1』(Brainfeeder)、アヴァランチーズの2016年作『Wildflower』(Modular)
ESSENTIALS
チャールズ・ステップニー、珠玉の名仕事
ステップニー流バロック・ソウルとサイケデリックに傾くカデット・コンセプトの構想を打ち出したユニットの初作。ローリング・ストーンズやボブ・ディランなどのカヴァーも含めて、壮麗なオーケストラや重層的なヴォーカルとともにストレンジな音遊びを聴かせる。シタールを鳴らし、ミニー・リパートンがスキャットする“Memory Band”はATCQネタとしてもお馴染み。 *林
ドゥワップで知られたグループがソウル路線での人気を確立した、ステップニー制作のシカゴ・ソウル名盤。壮麗なオーケストレーションで繊細かつ重厚なコーラスワークを際立たせたアレンジが見事で、時に前衛的な音使いも飛び出す。ヴィー・ジェイ時代に出していた名曲“Stay In My Corner”を6分台の長尺で再録音させたあたりにもステップニーの実験精神が溢れている。 *林
チェスの隆盛に貢献したブルースの巨人が、ロック・リスナーの支持を獲得したいレーベル側の狙いから、ファズやワウの効いたサイケデリック仕様のサウンドに挑んだ問題作。ロータリー・コネクションの演奏は直後のファンカデリックにも通じる骨太な重さがカッコ良い。ブラック・キーズのネタ使いで知られる“She’s Alright”をはじめ、サンプリング人気で再評価された楽曲も多い一枚だ。 *出嶌

フュージョン路線で人気を集めるブルーノート時代の前にカデットで吹き込んでいた2作目。チェスにおけるもうひとりの名匠リチャード・エヴァンスと制作/アレンジを分け合っているが、アシュフォード&シンプソン作のモータウン曲“California Soul”はステップニーの壮麗なオーケストラ・アレンジが光るカヴァーだ。ミニー・リパートンと思われるソプラノ声も登場する。 *林
こちらもチェスで活躍したブルース巨人のひとり、ハウリン・ウルフが『Electric Mud』路線に挑戦させられたアルバムで、これまた本人に嫌われていたのは刺激的なジャケの文言が示す通り。いずれも彼自身が50〜60年代に発表してきた過去曲をステップニーがリアレンジしたもので、冒頭の“Spoonful”や“Down In The Bottom”など、いま聴けば最高にグルーヴィーだが……。 *出嶌

チェスのハウス・ギタリストとしてロータリー・コネクションにも参加したシカゴの名匠。その時期に残したこのリーダー作も全編ステップニーのアレンジ/プロデュースで、ダニー・ハサウェイ(ピアノ)らを従えてS&Gやジミ・ヘンドリックスら同時代のロック曲カヴァーを中心に聴かせる。“I Am The Black Gold Of The Sun”の原型となる“Black Gold”などステップニーのオリジナルも収録。 *出嶌
ロータリー・コネクションではソプラノの美声を楽器として扱われていた彼女がステップニーの全面制作で録音した初ソロ作。グループ時代の曲を本格的な歌唱で再録した“Memory Band”を含め、ステップニーとの関係はバート・バカラックとディオンヌ・ワーウィックを思わせる。ドリーミーかつ壮麗な“Les Fleur”など、この年に結婚したリチャード・ルドルフも作詞で参加。 *林
名義にニューを加えた通算6作目にして、グループの最終作。フォーク色を強めた前作『Dinner Music』(70年)に続いてここではジャズの要素を増し、神秘的なサイケ感は後退したものの輪郭の整った名曲が揃っている。象徴的な“I Am The Black Gold Of The Sun”をはじめ、チャカ・カーンのカヴァーや同郷コモン×カニエのネタ使いで著名な“Love Has Fallen On Me”もここに収録。 *出嶌
フォーク・ソウルの旗手はカデット時代にステップニーの制作で3枚のアルバムを発表。表題曲が人気のこちらは2作目で、彼の素朴な歌とアコースティック・ギターの響きを損なうことなく、ステップニーが麗しいオーケストレーションを添えて優美で幻想的なムードを生み出している。相棒のラリー・ウェイドと共作した“You Don’t Care”などデルズで有名な曲の自演版も収録。 *林

カデット時代からステップニーとたびたび組んできたジャズ・ピアニストが、元ドラマーのモーリス・ホワイト率いるEW&F軍団らと作り上げたキャリア最大のヒット作。ソウル・チャート首位を獲得した表題曲でシンセを演奏し、“Hot Dawgit”の共作などでも貢献したステップニーは、本作に続く『Don’t It Feel Good』(75年)と『Sālongo』(76年)のプロデュースを担当することになる。 *出嶌
ステップニーも登場している同名映画のサントラとして作られた名盤。彼がモーリス・ホワイトの右腕として全編のアレンジとプロデュースに完全関与したEW&Fのアルバムとしては、実はこれが唯一となる。ステップニーは優美でスケールの大きい表題曲、当初はマクドナルドのCM用に作っていたが不採用になったという“Reasons”、ファンクの“Yearnin’ Learnin’”の3曲でペンも交えている。 *林
スタックスで活動していた3姉妹によるコロムビア移籍第1弾。カリンバ・プロダクションズを設立したばかりのモーリス・ホワイトとステップニーが共同プロデュースし、演奏やアレンジも含めて同時期のEW&F作品を踏襲している。麗しい美声が映える表題曲などでのオーケストレーションはステップニーの面目躍如。カデット時代のミニー・リパートンに通じるバラードも興味深い。 *林
“Can’t Hide Love”など『Gratitude』のスタジオ新録曲に続いてモーリスと共同プロデュースに取り組んでいた本作が、制作途中で急逝したステップニーの遺作になった。彼がアレンジを担当した6曲は神がかり的なド迫力で舞い降りる“Getaway”を筆頭に、ポップなヒット・チューン“Saturday Nite”や“On Your Face”など名曲揃い。EW&Fにとってもこの路線における最高傑作だろう。 *出嶌
ミニー・リパートンも所属していたワンダーラヴでの活動を経て、カリンバと契約した名シンガーのデビュー作で、こちらもモーリス・ホワイトとステップニーが共同プロデュースにあたっている。独特なソプラノと広い音域を活かした歌唱力の持ち主だけに、初期設定がカリンバ版ミニーだったのは明白で、至高の名曲“Free”を筆頭に洗練されたメロウ・グルーヴと可憐な歌声が楽しめる。 *出嶌
自宅地下のスタジオで試行錯誤していたステップニー自身の宅録デモなどを並べた作品集。70年前後から76年の急逝直前までに録られたとされる音源はモーグ・シンセなどを操って創作されたミニマルなグルーヴの実験精神溢れるもので、彼の脳内を覗いているかのよう。古い録音だが妙な新しさもある。ロータリー・コネクションやEW&Fで世に出た曲のデモと思しき音源も収録。 *林
リイシューが咲く季節の到来!
春はリイシューの花が満開!かどうかはさておき、いろいろ出ています。まずは昨年この世を去ったロバータ・フラックのボックスとなる『With Her Songs: The Atlantic Albums, 1969-1978』(Rhino)をご紹介。『First Take』に始まるアトランティック時代の名作8枚をセットにしたもので、そのまますぎる内容にやや物足りなさもありつつ、廃盤タイトルも含むのでこの機会にチェックするのもいいかも。
続くジョン・ルシアンの編集盤『Search For The Inner Self』(Kent)は激しくオススメ。70年代に活躍したカリビアンのダンディなシンガーが69年に録音していた楽曲集で、昨年ポール・ウェラー監修のコンピ収録で話題になった表題曲をはじめ、明朗な歌声で送る貴重な音源が存分に堪能できます。
最後は、リー・マクドナルドが81年に残したモダン・ソウル名盤『Sweet Magic』(Debbie/Pヴァイン)の何度目かのリイシューをご紹介。好事家なら惹かれるイラストのジャケに、エクスタシー・パッション&ペインやカーペンターズの絶品カヴァーなどが収められています。これも当然マスト! *出嶌孝次














