お茶の間でもすっかりお馴染み、クラシック音楽の伝道師にしてピアノの貴公子が、信頼を寄せる腕利きたちとまさかのインスト・バンドを結成。そのオリジナル・バンドで取り組んだ『SEEDING』が、去る7月にリリースされた。

『SEEDING』は、清塚が敬愛するベートーヴェンをテーマとした“Dearest "B"”や人気YouTuberのTEAM-2BRO.がナレーションを務めるメンバー紹介が挿入される変わり種“Members”などのヴァラエティに富んだ5曲に、ボーナス・トラックとしてMBSお天気部でこの春のテーマソングとなった“ハレナハレfeat.NAOTO”を収録した全6曲が収録。またこれらの楽曲は、8月16日(金)に行なわれる日本人男性のクラシック・ピアニストでは初となる日本武道館での単独公演〈清塚信也KENBANまつり〉にて、満を持して披露されるという。

この一大イヴェントを控えたご本人に、いまの心境を伺ってみた。

清塚信也 SEEDING ユニバーサル(2019)

 

〈クラシカルなピアニスト〉なイメージを裏切るアルバム

――『SEEDING』はミニ・アルバムということで曲数は少ないけれど、いつも以上に濃い内容で楽しめました!

「そう? それは良かったですが、寂しくなかった(笑)? まあ、最近はインストゥルメンタルのアルバムは6曲くらいでちょうどいいのかもと思ったりもしますよ」

――寂しいというより、むしろいい意味で〈騒がしい〉。クラシック・ピアノ界の貴公子が今回初めてバンドに挑戦されたということで、賑やかなアルバムになっています。

「実は10年くらい前からずっとインストのバンドをやりたくて温めていたんだけど、なかなか実現しなかった。でも、それはまだ時期じゃなかったのかもしれないです。僕は、ミュージシャンがどんな音楽をやるべきかというのは、その時の自身の背景でおのずと決まるものだと考えていて、いくら上手く歌を歌えたり楽器を弾けたりできても、それを表現する人に説得力がなければ成功しないと思うんだよね。そういう意味で、これまで自分でもバンド活動をするタイミングを見いだせないでいた。みんなにも〈クラシカルなピアニスト〉であることを期待されていたし。それを敢えて裏切るのなら、意味のある裏切りじゃないとだめだと思った。

それが今回、日本武道館の話が決まり、武道館でやるためなら大抵のことは許されるんじゃないかって(笑)。そうして〈清塚信也KENBANまつり〉を目指す形で、レコーディングが実現したというわけです」

――武道館のステージに立つにしても、今回はバンド仲間という強い味方がいます。それぞれの楽曲もメンバーの聴かせどころを意識して作られていますね。例えば、2曲目の“Drawing”はまるでヴァイオリンのために書かれた曲みたい。

「そうなんです、あの曲は吉田翔平を活躍させるために書きました。ヴァイオリンが主役でメロディーを弾くので、僕のピアノはその引き立て役。彼は僕の幼馴染みなんですよ。最近はサポート・ミュージシャンとして、J-Pop界の名だたるアーティストたちと一緒にライヴなどの仕事をしていて、それはそれで素晴らしいことなんだけど、やはり〈裏方〉。彼は華のある人だから、もっと人前に出て演奏してほしいとずっと思っていたんです。

それにサポート・ミュージシャンって不確かな仕事で、新陳代謝が激しい。うっかりしてると若くて使い勝手のいい、何でも言うこと聞く(笑)若手に仕事を奪われかねない。せっかく凄いアーティストと共演しているんだから、その経験を生かしてもっと前に出ろって、もう散々彼に言ってるのに、ちっとも動こうとしないので、今回は強制的にやらせました(笑)。インスト・バンドなので、ヴァイオリンはヴォーカリストに近い立ち位置だから」

――ギターの福原将宜さんもこのバンドをやると決まって、真っ先に声をかけたミュージシャンだったとか。

「そうなんです! 以前、同じ仕事で呼ばれた時にサウンド・チェックをしている彼を見ただけで、〈こいつ相当デキるな〉ってすぐにわかりました。サウンド・チェックをしている時って無防備だけに、その人の持ってるスキルが出ちゃうんですよ。第一声にどういう音を出すとかで。福ちゃんのことはそれ以来、目をつけていました」

――福原さんはボストンのバークリー音楽大学やLAのミュージシャンズ・インスティチュート(MI)で学んだ、いわばアメリカ仕込みのギタリストなんですよね。

「彼はとにかく話が早いんです、短時間で楽曲を理解してくれる。今回のアルバムはメンバーがみんなそれぞれ多忙なのでリハーサルの時間もなく、当日集まってサクっと録る、往年のアメリカのロック・バンドみたいなスタイルだったので、それができない人にはきっと地獄のようなレコーディングだったと思います。キーボードのシンセの高井羅人くんはそういうことがあまり得意じゃないので四苦八苦していましたね(笑)。そんな中で福ちゃんは特に最高でした、もうこっちが惚れ込んじゃうくらい。しかも人柄もたいへん素晴らしい!」