独創的なグルーヴを手に入れた8人が、人生を舞台に繰り広げる一大音楽絵巻。なんでもない日々をダンサブルに彩るビートに身体を委ね、ポップに生き残れ!
ポップに生き残る
メンバーの一人が銭湯を経営しているからというわけでもないけれど、片想いは銭湯みたいなバンドだ。ミュージシャン、主婦、社会人など、さまざまな背景を持つ8人が集まって、音楽で汗を流す。R&Bやファンクなどのダンス・ミュージックをベースにした、裸の付き合いならぬソウルの付き合い。そんな彼らの3年ぶりの新作『LIV TOWER』が完成した。ヴォーカルの片岡シンは、毎日、番台に立っている銭湯の休憩所のベンチに腰かけて、前作からの3年間をこう振り返る。
「前のアルバムを出してから、オラリー(ヴォーカル)が出産したり、伴瀬(朝彦、ベース)やあだち(麗三郎、ドラムス)がソロ・アルバム出したり、メンバーそれぞれにいろいろあって、ライヴがなかなかできない状況が続いて。でも、それはどうしようもないというか。僕も銭湯をやってるので自由に動けないところがあるし、自分たちのやり方でやっていくしかない。だから、今回も最初はミニ・アルバムにしようかと思ってたんです。とりあえず今できる曲をパッと出そうと思って。でも、やってるうちにアルバムに膨らんだんです」(片岡)。
メンバー同士がなかなか会えないなか、本作で主に曲作りを手掛けたのはMC.sirafu(ギター/キーボード/トランペット)。彼が持ってきた曲にメンバーが肉付けをしていった。
「フル・アルバムとして出すことが決まって、〈とにかく曲を増やさないと〉って作ってたんですけど、“お~い!生きてるぞ~!”っていう曲が出来た時、アルバムのコンセプトが固まった気がしました。これはタイトルありきの曲なんですけど、〈新人のマネージャーが、片想いがまだ生きてることを世間に伝えるために勝手に付けた失礼なタイトル〉というテイで、最初はイヴェントのタイトルとして考えたんです(笑)。そこからイメージを膨らませて曲を作ったんですけど、出来上がった時、〈今の時代、ポップに生き残ることが重要だ〉と思ったんですよね。パッと閃いた言葉に引っ張られながら、みんなで曲を作ると言葉に意味が生まれて広がっていく。そういうことが、このバンドには多いんです」(MC.sirafu)。
“お~い!生きてるぞ~!”は、コーラスのようなセリフ、歌詞、メロディー、ビートと様々な要素が緻密に組み立てられて独自のグルーヴを生み出している。そのユニークな構成といい、アルバムを代表する曲のひとつだ。
「うちらは歌詞とか歌でずっとやってきたようなものなので。それで踊らせてきた。でも、ダンス・ミュージックとしてのビートの拙さを、良い曲を書いて、ときに寸劇みたいな要素を入れたり、メンバーのキャラを立たせることで補ってきた部分もあって。でも、今のメンバーで長年現場で揉まれてきて、ようやく自分たちの演奏面でのグルーヴの部分も手に入れた感があります。そういった意味では、この曲は過多な情報量であっても、それぞれを良いバランスで配置することができたと思いますよ」(MC.sirafu)。
キャスティングのように
これまで以上にダンス・ミュージックとしての側面が打ち出された本作。リズム・セクションに関しては、どんなところにこだわったのか。
「うちのリズムの組み立て方は、ちょっと特殊なんです。リズム隊のあだち君も伴瀬君もシンガー・ソングライターなので、歌を大事にしているというか。歌詞を細かくチェックして〈ここはこういう言葉がくるから、この拍をちょっとズラそう〉とか、そういう地味な作業で構築していく。ビートにはすごくこだわっているんですけど、できるだけお客さんには片想いのビートがヘンだということを感じさせたくないんですよね。巧いバンドって〈どうだ!〉って聴かせるじゃないですか。それは絶対やりたくない」(MC.sirafu)。
そんななかでは、ヴォーカルのアプローチも大変だ。複雑に作り込まれたリズムを掴み、同時に聴き手に親しみやすさを感じさせながら、演奏と絡んで曲に生々しいグルーヴを生み出さなければならない。
「いつもだったら、ある程度ライヴで歌い込んでからレコーディングするんですけど、今回はライヴがほとんどできない状態だったので大変でしたね。どんなパッションで歌ったらいいのか、それを探っていくのが難しかった。いちばん苦労したのは“Dig Power”で、最初は地声で歌ってみたんですけど、〈違う〉ってsirafuに言われて。WWEにエルヴィス・プレスリーみたいな恰好して出てくるプロレスラーがいたんですけど、そのキャラのイメージで歌ったんです」(片岡)。
片岡をはじめ、多彩な声を持っているのも片想いの武器だ。浜野謙太主演のTVドラマ「面白南極料理人」のエンディング・テーマに起用された“2019年のサヨナラ(リリーへ)”では、メンバーのほとんどがヴォーカルやハーモニー、ラップなどで声を聴かせて、ミュージカルのような雰囲気もある。
「デモの段階で、誰がどこを歌うのかは頭に浮かんでます。さっきメインで歌った人は、このパートではコーラスだけどキャラは変えて……とか、キャスティングするような感じですね。あだち君はメインで歌うとシンガー・ソングライター的なところが出てくるし、歌割りは、メンバーが本来の10倍くらいいる感覚でキャスティングしています」(MC.sirafu)。
一大ダンス・ミュージカル
そんなふうに、さまざまなアイデアの詰まった曲が並ぶ新作だが、異色なのがシンセの不気味の音色で彩られたニューウェイヴ・ディスコ“Cryptic”だ。曲を書いたのは、2児の母として子育て中のオラリー。彼女が妊娠中に書いた曲で、「母性とか慈愛に満ちた曲が来ると思ったら、凶暴なのが来た(笑)。オラリーはレジデンツが大好きなんですけど、そんな狂気性が見えましたね」とは片岡の弁。また、 “ひのとり(フィードバック吋編)”は、Illicit Tsuboiのミックスが光るナンバーで、楽曲を覆い尽くすような鳥の鳴き声に圧倒される。
「Tsuboiさんはミックスで曲の構造を一回壊して再構築してくれるところが好きなんです。片想いのライヴの熱量はアルバムでは再現できないので、それくらい思い切って手を加えてもらったほうがおもしろくなる気がするんですよね。個人的には今回のアルバムでいちばん好きな曲です」(MC.sirafu)。
一方、片岡が特に気に入っているのは“(ToT)”だ。〈二十歳の頃観た映画 四十歳でも覚えてるぜ また観に行こう もう涙出そうで〉という泣かせる歌詞だが、それがアーノルド・シュワルツェネッガー主演のコメディー「キンダガートン・コップ」というオチがいかにも片想いらしい。
「しょーもない過去を懐古しているんですけど、それが哀しいけど美しいというか。感動の名作じゃなくて『キンダガートン・コップ』っていうのがパーソナルな感じで良いんですよね。僕ら甲子園とかで優勝してないから、人生はバカバカしいことの積み重ねなんです。でも、それが良いんじゃないかと思ってて」(片岡)。
そんな、しょーもないことを愛おしむ感覚は〈ポップに生きる〉ということにも通じるようにも思える。『LIV TOWER』というアルバム・タイトルは「人間や生活を表現したタイトルにしたいと思って考えた」(MC.sirafu)とか。本作を聴けば、彼らが音楽と生活を独自のスタイルで結び付けようとしていることがわかるはずだ。
「歌詞を読みながら曲を聴いてもらえると、僕らが誰もやったことがないことをやろうとしていることがわかってもらえると思います。〈演劇的〉と言われることもあるんですけど、僕らは音楽とか人生を舞台に例えた一大ダンス・ミュージカルをやろうとしてるのかもしれませんね。それが今回のアルバムで少しでもできたと思ってます」(MC.sirafu)。
なんでもない日々を照らし出し、音楽の喜びを、踊る楽しみを思い出させてくれる、オルタナティヴな盆踊りみたいなダンス・ミュージック。それが片想いの音楽なのかもしれない。さあ、『LIV TOWER』の周りで輪になって踊ろう!
片想いの作品。
片想いのメンバーが参加した近作を紹介。