3月21日、春分の日にタワーレコードによるアナログ専門店〈TOWER VINYL SHINJUKU〉がオープンした。場所は新宿駅東南口の改札を出てすぐ目の前にあるFlagsの10階、タワーレコード新宿店の最上フロアだ。
近年のアナログ熱の高まりを受けて各店のコーナーを拡張するなど、タワーレコードがアナログの販売に力を入れてきたことは明らか。だが、アナログ専門店をオープンするというニュースは、やはり大きな衝撃をもたらした。新品だけでなく、レコード市場で高い比率を占める中古盤も扱うというのだから、新品CDを主力商品としてきたタワーレコードにとっては大胆かつ挑戦的な試みだと言えるだろう。
そんな噂を聞きつけ、オープン初日のフラッグスの入口には行列が。そして、11時の開店と同時に小走りに10階へと駆け込んでいくお客さんたち。彼らが真っ先に向かったのはフロアの奥にある中古レコードのコーナーだ。開店後、あっという間に店内はディガーたちでごった返した。
TOWER VINYL SHINJUKUの中古盤は、なんと在庫数40,000枚を誇る。扱うジャンルはロックやソウルを中心に、ジャズや和モノも含むオール・ジャンル(クラシックを除く)。定番・名盤からバイヤーが海外で直接買い付けた希少盤まで、充実の品揃えだ。エスカレーターからの入り口すぐ右手の壁面にはレア盤や限定盤の数々が飾られている。
この店の売りは中古盤だけではない。新品のアナログは中古盤に劣らぬ30,000枚を在庫。新作や再発盤、限定盤などを幅広く取り揃えているが、なかでも輸入盤とインディーズを強化ジャンルとし、特にインディーズ作品は洋楽・邦楽問わずにしっかりと扱うという。ここまで新品にも力を入れているレコード店は国内になかなかないだろう。
圧倒的な在庫数もさることながら、レコード・ショップとしての雰囲気やたたずまいが良い意味で異質なのがTOWER VINYL SHINJUKUの特徴だろう。〈敷居は低く奥が深い〉というコンセプトのとおり、ガラス張りの壁から日が差し込む店内は明るく開放的。売場面積は約170坪で、棚は低く、天井は高く、通路は広い。新宿の街を10階という高さから見渡せる眺望の良さも〈日本のレコード店〉っぽくはない。その様子は、NYやロンドンといった他国の都市のレコード・ショップと比べても類を見ない、言うなれば〈レコード屋らしからぬレコード屋〉。実際、買い物に訪れたお客さんに話を訊くと、「(レコードを)探しやすい」と語ってくれた。クローズドで密室的で〈一見さんお断り〉な店とは真逆のムードだろう。
そういったコンセプトのため、TOWER VINYL SHINJUKUには〈レコード入門店〉としての機能もある。アクセサリー・コーナーではスピーカー付きのプレーヤーが売られており、〈これからアナログを聴きたい〉と考えている人にとっては入門機としてベストなはず。さらに、オリジナル・スリップマットやレコードが入れられるサイズのトートバッグ、世界一小さいレコード・プレーヤー〈RECORD RUNNER〉のタワーレコード・モデルなどなど、レコードを楽しむためのグッズが取り揃えられている。
先にインディーズを強化ジャンルとしていることは書いたが、この日は日本を代表するインディペンデント・レーベルであるカクバリズムのポップアップ・ストア〈カクバリズムデリヴァリー〉が出店。オープン直後は中古コーナーに負けず劣らず混雑していた。というのも、完売している鴨田潤 featuring 矢野顕子の“いい時間”12インチ・シングルのほか、蔵出しのレア盤が限定販売されたからだ(筆者個人としては、片想い“踊る理由”の7インチが売られていたので驚いた)。また、コラボTシャツやパーカーの販売とレーベル・グッズのガレージ・セールが行われており、買い逃したものや新たなグッズを手に入れようとするファンが多数いたようだった。
そして、その隣にはグレイトフル・デッドのショップも。ポスターやTシャツ、キュートなデッド・ベアーのぬいぐるみなど、コレクタブル・グッズを販売しており、そのほとんどが一点ものだとか。
さらにその隣には、大滝詠一初のライヴ・アルバム『NIAGARA CONCERT ’83』のリリースを記念して、なんと貴重なギターの展示が! しかも展示されているのは2台。タカミネのアコースティック・ギターとフェンダー・ストラトキャスターという大滝の愛器だ。ちなみに、アコギは『A LONG VACATION』リリースを記念した81年の新宿厚生年金会館公演で使用されたもの。そしてストラトは、ライヴ盤に収録された、83年に西武ライオンズ球場での〈ALL NIGHT NIPPON SUPER FES ‘83〉において大滝が弾いたギター。なお詳細は未定だが、『NIAGARA CONCERT ’83』はアナログ盤の発売も決定した。ナイアガラーのみなさまには、TOWER VINYL SHINJUKUでギターの展示を見てそのまま『NIAGARA CONCERT ’83』のアナログ盤を買うというルートをぜひおすすめしたい。
この日、店内でかかっていたのは大滝詠一の不朽の名盤『A LONG VACATION』(81年)だ。もちろんアナログ盤でプレイされていたのだが、音の出どころはALTECのA5という巨大な劇場用ヴィンテージ・スピーカー。アナログのサウンドを聴きながら買い物が楽しめるという寸法だが、単純にレコードの良い音を聴いてみたいという目的で店舗に足を運ぶのもいいだろう。またフォトジェニックな見た目は、思わず写真を撮りたくなる。もしかしたら、撮影スポットとして人気に火が付くかもしれない。
アナログ盤をA面からB面へとひっくり返す間の店内の静寂もまた心地良いTOWER VINYL SHINJUKU。レコードに興味を持ちはじめた人にとっても、レコード・マニアにとってもこの上ない、まさに〈アナログ一色〉のエンターテインメント空間だった。