COLUMN

ヴィキングル・オラフソンの来日迫る。万華鏡のように美しく変化するピアノの調べ

©Ari Magg

ただものではない!
万華鏡のようなピアニスト

 ヴィキングル・オラフソン。1984年アイスランドに生れたピアニストである。アイスランド人には、原則として苗字というものがない。ヴィキングルが名で、オラフソンは父の名をアレンジしたものにすぎない。だからここでは、ヴィキングル、とその名を呼ぶことにする。

 このピアニストの存在を知ったのは、2年前の2017年のことだった。ドイツ・グラモフォン(DG)から発売された、フィリップ・グラスの作品集「ピアノ・ワークス」のCDによってである。

 クラシックのCDというのは、正直に書くと、デビュー作の1枚や2枚だけでは、そこで演奏しているアーティストの真価をはかることは難しい。その後も継続してリリースできるかどうかがまず重要なポイントであり、その継続のなかでどのようなレパートリーで、どのような演奏をしていくかで、その姿が次第にみえてくるものである。

 しかし、まれにデビュー盤がそのまま「名盤」になり、その後の活躍が予言されてしまうような、強烈な演奏家というのも、たしかに存在している。現役のアーティストでいえば、ヴァイオリンのヒラリー・ハーンが、シャコンヌなどのバッハの無伴奏作品を演奏したディスクがそうだし、昔なら、グレン・グールドによるゴルトベルク変奏曲がそうだ(2枚ともバッハ作品だというのも、おそらく意味がある。逆に、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタでデビューする人は、どういうわけか、その後をあまり期待できないことが多い)。

 ヴィキングルに話を戻すと、そのグラス作品集が「名盤」になるかどうかは、今後の歴史が判断していくことだが、ともかくその演奏のセンス、技術は、これっきりで消えるようなピアニストではないということを、しっかりと感じさせた。

 その翌年にリリースされたのが、バッハの作品集である。これはもう、ヴィキングルというのがどのような存在のアーティストであるのかを、はっきりと示してくるディスクだった。

 バッハの鍵盤音楽をモダンピアノでひくというのは、音符をそのままにひくだけでも、すでに一種の「編曲」である。バッハは草創期のフォルテピアノという楽器を知ってはいたが、その作品はチェンバロのために書かれたとみて間違いない。楽器の構造も響きも音色も、モダンピアノとはまったく異なる楽器のために書かれているのだ。

 モダンピアノというのは、音符を音として再現する上で、非常に抽象性の高い楽器だ。19世紀の西洋音楽の発展は、ピアノの抽象性があればこそ、可能になった。ただそのぶん、無機的になりやすい危険もはらむ楽器である。

 ヴィキングルは、チェンバロだけでなくオルガンやヴァイオリンのためにバッハが書いた作品、そして後世の大ピアニストがピアノ用に編曲した作品をあつめ、ピアノでひくことで、高度に抽象化してみせた。

 そしてその響きは、まったく無機的ではない、クリスタルで、薄絹のように優雅で繊細な軽やかさと透明さをもった、美しいものだった。そして、「カレイドスコープ」という国内盤のタイトルのごとく、萬華鏡のように千変万化していくものだった。(輸入盤では、他のアーティストとバッハを素材にコラボレーションした、「リワークス」との2枚組も発売される)。

 これはどうも只者ではないなという思いは、このアルバムが出た直後、2018年10月の、ヴィキングルにとって2度目となる来日公演のリサイタルで実演を聴けたことで、確信に変わった。

 タッチとペダル操作の繊細な動き。鋭敏な感性と音への想像力を具現化するための、敏捷で若々しい肉体。霊と肉との幸福な、(永遠の時から思えば)束の間のものにすぎない結合。バッハのファンタジー、ベートーヴェンの天空を跳ねまわるエネルギー。モダンピアノでやるとただ騒々しく、せせこましいものになりやすいベートーヴェンの《悲愴》ソナタから、ただ抽象化されたマグマだけを取り出してくる、絶妙のコントロール。どれも見事なものだった。

 このヴィキングルが、12月に再び日本にやってくる。東京の紀尾井ホールなど全国4か所で予定されるリサイタルでは、ラモー、ドビュッシー、ムソルグスキーと、前回とはうって変わったレパートリーを披露してくれる。

 これらの作品の共通点は、視覚的な動きのイメージや、さまざまな景色を、音で描こうとしていることだろう。一方そこには、チェンバロのために書かれた軽快なラモーから、モダンピアノの強靱な構造を活用するのにぴったりのムソルグスキーまで、サウンド面に大きな幅がある。

 また、すみだトリフォニーで行なわれるコンサートでは、バッハの数曲とベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番に、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番。ベートーヴェンは前回のリサイタルで、第1番と合わせてひくはずだったのを《悲愴》に変更した、待望の最後のソナタが登場する。指揮も兼ねるという協奏曲でのオーケストラとの共演ぶりも、面白そうだ。

 ヴィキングルのイマジネーションと、それを現実の音にする演奏力。そのコンビネーションに再会できる。それから、前回のアンコールでもそうだったのだが、ヴィキングルはとてもトーク好きのピアニストである。その一面が今回はどのように発揮されるのかも、楽しみなところだ。

 


LIVE INFORMATION

ヴィキングル・オラフソン ピアノ・リサイタル
○12/4(水)18:30開場/19:00開演【会場】東京・紀尾井ホール
○12/6(金)18:30開場/19:00開演【会場】名古屋・電気文化会館 ザ・コンサートホール
○12/7(土)13:00開場/13:30開演【会場】大阪・あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
○12/13(金)18:30開場/19:00開演【会場】北海道・札幌コンサートホール Kitara 小ホール
avex.jp/classics/vikingur2019/

トリフォニーホール・グレイト・ピアニスト・シリーズ
トリフォニーホール《ゴルトベルク変奏曲》plusヴィキングル・オラフソン&新日本フィルハーモニー交響楽団

○12/11(水)18:30開場/19:00開演
【会場】すみだトリフォニーホール 大ホール
【出演】ヴィキングル・オラフソン[p、指揮] 新日本フィルハーモニー交響楽団
【曲目】J.S.バッハ/《ゴルトベルク変奏曲》BWV988よりアリア
トーク:ゴルトベルク変奏曲と他の作品への影響について
J.S.バッハ/イタリア風アリアと変奏 イ短調 BWV 989
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調
モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番 ハ短調
https://www.triphony.com/concert/detail/2019-01-003152.html

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