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R&Bの枠からはみ出し続けるブラッド・オレンジの音楽
by 近藤真弥

イギリスで生まれ育ち、現在はNY在住のデヴ・ハインズによるブラッド・オレンジの音楽を形容するうえで、〈インディーR&B〉なるジャンル名を持ち出す者も多い。しかし、そうした浅はかなレッテルは豊穣な音楽性のしっぽすら掴めていない。

そのことは、2013年の傑作セカンド・アルバム『Cupid Deluxe』を聴いても容易にわかるはずだ。艶やかな女性コーラス、ハインズの官能的なヴォーカルなど、確かに随所でR&B要素は際立つ。だが、4つ打ちのキックにカッティング・ギターとトライバルなパーカッションが交わる“Uncle Ace”は、トラブル・ファンク のようなゴーゴーの匂いを醸しているなど、インディーR&Bの一言で括れる内容ではない。

ブラッド・オレンジの2013年作『Cupid Deluxe』収録曲“Uncle Ace”

このような多彩さはブラッド・オレンジの軸でありつづけてきた。2016年のサード・アルバム『Freetown Sound』では、エンプレス・オブやカインドネスなど多くのゲストを迎え、R&B、ヒップホップ、ファンク、ロック、ディスコなどの要素が折り重なるサウンドを鳴らしている。2018年に発表された4枚目のアルバム『Negro Swan』も、よりオーセンティックなR&Bに接近しつつ、スモーキーなヒップホップ・ビートにたおやかなアコースティック・ギターの音色を乗せた“Runnin'”があるなど、やはりR&B一色とは言いきれない作品だ。もはやブラッド・オレンジの音楽は、何かしらの枠にはめようとする単一タグを必要としてない。

ブラッド・オレンジの2018年作『Negro Swan』収録曲“Runnin’”

もちろん、今年リリースの最新ミックステープ『Angel's Pulse』も例外ではない。オープニングの“I Wanna C U”からして、デモ音源と言われても疑わないシンプルなギター・ポップで驚かされる。そのミニマルな音作りは、ヤング・マーブル・ジャイアンツの『Colossal Youth』(80年)を想起させるものでおもしろい。

とはいえ、どこかぶっきらぼうな感じもあるアリソン・スタットンのヴォーカルが目立つヤング・マーブル・ジャイアンツに対し、ハインズの歌声は甘美でエモーショナルだ。おかげで、R&Bの残滓もうかがえる音に仕上がっている。そんな“I Wanna C U”を形容するなら、R&Bを通過したポスト・パンクといったところか。

『Angel's Pulse』収録曲“I Wanna C U”

ヤング・マーブル・ジャイアンツの80年作『Colossal Youth』収録曲“Brand - New - Life”

“Baby Florence (Figure)”にも惹かれた。けたたましいサイレンで幕を開けるこの曲は、アーサー・ラッセル“Me For Real”のビートをサンプリングし、NYのハウス・レーベル〈Scissor And Thread〉から出ていてもおかしくない幽玄なサウンドスケープを描いている。

ハインズといえば、たびたびラッセルからの影響を公言してきた。それがきっかけで、ラッセルのトリビュート・アルバム『Master Mix: Red Hot + Arthur Russell』(2014年)に参加したこともある。“Baby Florence (Figure)”は、そうした敬愛の念をあらためて感じられる曲だ。

『Angel's Pulse』収録曲“Baby Florence (Figure)”

アーサー・ラッセルの94年のコンピレーション『Another Thought』収録曲“Me For Real”

近年のハインズは、自らが生きる社会の状況を音楽に反映させてきた。『Freetown Sound』では、さまざまな黒人を撮ってきた写真家ディアナ・ローソンによる作品「Baby Sleep」をジャケで引用するなど、人種差別の問題に触れた。『Negro Swan』も、社会に対するセクシュアル・マイノリティーの失望を取りあげつつ、前向きな未来を導き出そうとしたアルバムだ。

これらの作品と比べれば、『Angel's Pulse』はシリアスな側面が少ない。一筆書きのように奏でられる曲たちは重厚な鎧を脇に置き、歌詞はいつも以上にパーソナルだ。ゆえにハインズの多様な音楽性と背景がより鮮明に表れている。昔から数多くの音楽に囲まれ、それがテスト・アイシクルズの一員としてダンス・パンクを鳴らし、その後ライトスピード・チャンピオン名義でフォーク・サウンドを追求する独特な音楽キャリアに繋がったという、そんな背景がちらつくのだ。そうした内容からは、ハインズが歩んできた人生の一端を垣間見られる。