考え抜いた演技でラッパーを体当たりで演じた主演作『花と雨』

 2006年に発表されて、日本のヒップホップ史に残る名盤と高い評価を得たSEEDAのアルバム『花と雨』。SEEDAが自分の生い立ちを、独自のリリックで赤裸々に綴ったこのアルバムを原案にした映画『花と雨』が完成した。監督を手掛けたのは、水曜日のカンパネラやビョークのミュージック・ビデオを手掛け、映像作家として注目を集める土屋貴史。そして、SEEDAこと吉田を演じるのは、テレビや映画で幅広く活躍する期待の若手、笠松将だ。今回、オーディションで主役を勝ち取った笠松は、以前からSEEDAの作品を聴いていて、SEEDAのラップは役者としての仕事に影響を与えているという。

 「SEEDAさんのラップを聴いて、『トラックの上でこんなに自由に言葉を走らせることが出来るのか』とすごく驚いたんです。ストレートな内容の歌詞ではないんですけど、聴き込めば聴き込むほどラップの内容が想像できる。しかも、ワードを音の上に不規則に並べて、他の人では考えられないような乗せ方をしてるんです。それが僕にとってはすごく新鮮だったし、自分がやる芝居もできる限り新鮮なものにしたいと思いました。単純に誰も見たことがないような演技をしたい。他の人がやらないような演技がしたいと思ったのは、SEEDAさんからの影響かなって思いますね」

©2019「花と雨」製作委員会

©2019「花と雨」製作委員会

 それほどの影響を与えたSEEDAを演じるのは、笠松にとってやり甲斐があると同時にプレッシャーだったに違いない。最初、笠松はSEEDAのクセや喋り方を取り入れようとしていたが、次第にSEEDAを追いかけるのではなく、映画に登場する「吉田」というキャラクターを掘り下げていくことが大切だということに気付いた。そして、SEEDAのマネをするのではなく「SEEDAさんが何で笑って、何で悔しがっているのか、そういう感覚的な部分を知りたい」と思うようになったという。撮影に入る前日、笠松はSEEDAから深夜のドライヴに誘われたが、その時のことを笠松はこんな風に振り返る。

 「そのドライヴで気付いたことがあったんです。SEEDAさんは才能を大事にしてるんですよ。それが本当かどうかわからないけど、僕はそう感じたんです。だから、この映画はSEEDAさんが才能を探す旅という側面もあると解釈しています。最初、周りのみんながラップを褒めてくれるんだけど、お金にならなくてドラッグのディールのほうに走ってしまう。そっちはすぐお金になって仕事ぶりも評価してもらえるけど、どんどん仲間が捕まって自分も捕まってしまう。『じゃあ、もう就職しよう』と思った時に、仲間たちがまたラップするきっかけを作ってくれるんです。そんな風にSEEDAさんは自分の才能を発揮できる場所を探し続けた。だから、SEEDAさんを理解するうえで〈才能〉というワードはすごい大切だと思ったんです」

©2019「花と雨」製作委員会

©2019「花と雨」製作委員会

 今回、笠松はラップに初挑戦。SEEDAのラップの才能を再現するのは至難のワザで、ラップのハードルはかなり高かったようだ。

 「本当に難しくて奥が深い世界だと思いました。ラップバトルでフリースタイルでやるのは、芝居に近かったのでわりと楽しくやらせてもらったんですけど、『花と雨』の曲を歌うのは大変でした。同じテンポで同じキーで歌ってるのに、ちょっとした強弱の違いで驚くくらいカッコ悪くなってしまう。今回、ラッパーの仙人掌さんに指導してもらったんですけど、今でも『何が違うんだろう』って考えますね」

 ラップのテクニックに関しては苦労したものの、自分の才能を発揮できる場所を探してもがく吉田の姿は、今の笠松自身とも重なるところもある。これまで自分の解釈で「誰も見たことがないような演技をしたい」と思い続けてきた笠松は、監督と衝突することも多かったという。しかし、笠松は衝突することを恐れなかった。本作の撮影現場では「監督は困ってたかもしれませんが、自分なりに何故そのような芝居をしたいかなど意見を言い貫き通しました。いま思うと頑なすぎたかもしれません」と振り返る笠松。それだけに、渾身の演技で吉田の生き様をスクリーンに刻み込んでいる。

 「今まで、ひと言の役でも自分なりに考えて、『だったら、こうしてみよう!』って思ったことをいろいろやってきました。そういう考え抜いた芝居を、一回まとめたような作品になったと思います。今まで監督やスタッフに見向きもされず散々悔しい思いをしてきたし、昔、演技の教室みたいなところに行ってた時、『お前なんか一生売れねえよ』って言った先生。そういう人達に『これが今の僕です』って堂々といえる、これまでで一番面白い演技をこの映画に詰め込んだつもりです」

 役者をやる理由を「これだったら、ご飯が食べられそうだから」と飄々と語り、その一方で「でも、一回足を踏み入れた限りは、納得するまでは止められない」と固い決意を覗かせる。その世界を睨みつけるような挑発的で自信に満ちた姿は、映画のなかの吉田のようにも見えた。役者としての、そして、男としての意地を賭けた本作は、間違いなく笠松の出世作であり、代表作になるだろう。

 


笠松将(Show Kasamatsu)

1992年11月4日生まれ。主な出演映画に2017年『デメキン』(山口義高監督)、『カランコエの花』(中川駿監督)、『リベンジgirl』(三木康一郎監督)。18年『このまちで暮らせば』(高橋秀綱監督)、『響-HIBIKI-』(月川翔監督)、『さかな』(神徳幸治監督)。19年は『デイアンドナイト』(藤井道人監督)、『ラ』(高橋朋広監督)、『CAST:』(林響太朗監督)、『おいしい家族』(ふくだももこ監督)、『羊とオオカミの恋と殺人』(朝倉加葉子監督)、『ドンテンタウン』(井上康平監督)。テレビ『ウチの夫は仕事ができない』(17/NTV)、『黄昏流星群~人生折り返し、恋をした~』(18/CX)、『平成物語~なんでもないけれど、かけがえのない瞬間~』(19/CX)、『向かいのバズる家族』(19/YTV)など。待機作に『カイジ ファイナルゲーム』(佐藤東弥監督)、『転がるビー玉』(宇賀那健一監督)、『ファンファーレが鳴り響く』(森田和樹監督)。

 

 


CINEMA INFORMATION

映画『花と雨』
監督:土屋貴史
原案:SEEDA・吉田理美
脚本:堀江貴大・土屋貴史
音楽プロデューサー:SEEDA・CALUMECS
出演:笠松将/ 大西礼芳/ 岡本智礼 /中村織央 /光根恭平/ 花沢将人/ MAX/ サンディー海 /木村圭作/紗羅マリー/西原誠吾/飯田基祐/つみきみほ/ 松尾貴史/ 高岡蒼佑
配給:ファントム・フィルム(2019年 日本 114分PG12)
©2019「花と雨」製作委員会
http://phantom-film.com/hanatoame/
◎2020/1/17(金)、ヒューマントラストシネマ渋谷 他、全国公開