SEEDAのクラシック・アルバムにインスパイアされた映画「花と雨」
音楽を通じてアイデンティティーを探求する青年のストーリー
ヒップホップ/ラップを題材にした映画ということで大雑把に思い出してみれば、カルチャーそのものを紹介する役割も果たした「ワイルド・スタイル」(82年)や「ビート・ストリート」(84年)といった古典は前提として、多くの人が思い浮かべるのはエミネムが主演を務めた彼の半自伝的な作品「8 Mile」(2002年)だろう。近年ではNWAの伝記映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」(2015年)や2パックの伝記映画「オール・アイズ・オン・ミー」(2017年)などが大きな話題になったものだし、日本産では評価の高い「SR サイタマノラッパー」シリーズ(2009年~)をはじめ、田我流が主演した「サウダーヂ」(2011年)、マンガを原作とするラップ・ミュージカル的な「TOKYO TRIBE」(2014年)、直近ではANARCHYが初監督した青春映画「WALKING MAN」(2019年)も記憶に新しいところだ。ただ、この「花と雨」はそれらのいずれとも違う雰囲気を備えている。
タイトルが示す通り、本作はラッパーのSEEDAが2016年末に発表したアルバム『花と雨』に着想を得た作品である。彼のキャリアにおいても極めてパーソナルな表題曲をはじめ、そのアルバム自体にSEEDA自身の思春期~青年期を振り返ったような側面があるため、そのまま伝記的な作品と捉えることも可能ではあるが、位置付けとしては〈SEEDAの伝記映画〉というより、あくまでも〈『花と雨』の映画化〉というニュアンスになっている。つまり、彼がどんなキャリアを歩んできたかのストーリーを語ること以上に、まだ何者でもない彼がその局面ごとに何を考えていたのか、それがどのように楽曲に落とし込まれたのか、という感情/心情の部分を映像化したような作品になっているのだ。
笠松将が演じる主人公の吉田(≒SEEDA)は、ロンドンで幼少期を過ごし、父母と姉に囲まれて帰国子女として東京の学校に通う高校生。周囲の空気に馴染めないままもどかしい日々を送るなか、聴き親しんでいたヒップホップを通じて仲間となる面々と出会い、自分を表現できる場所を見つけていく。大学に進んでからも唯一の理解者である姉との約束を胸にラッパーとして精進していく一方、その過程で彼が手を染めたのは危険なドラッグ・ディールだった。やがてCDデビューに漕ぎ着けるも思うような成功には至らず、現実の壁にぶち当たった吉田は、仲間や周囲との軋轢の中でもどかしい思いを抱えながら、後ろ暗いストリートに軸足を移していくことに。そんななか不安定な稼業にもトラブルが重なり、仲間の逮捕、そして自身の逮捕の果てに待ち受けていたのは、最愛の姉との別れだった……そんなドン底から吉田がもう一度立ち上がろうとするまでの物語が描かれている。

スキルに自信を持ちながらも周囲からは認められず、〈もっと日本語でラップしろ〉という声に反発しながら、やがて〈伝えること〉に開眼していく流れは、実際にSEEDAがアーティストとして経験した成長のプロセスでもある。いまでこそ不世出のラッパーとして認知を得ているものの、現実のSEEDAはまさに『花と雨』によってようやくシーンの確たる支持を掴み取ったわけで、それ以前、つまりこの映画「花と雨」に登場する〈彼〉はまだ何者でもない一人の若者だ。特殊能力を持つ天才ラッパーとして描かれているわけでもなければ、ハスラー生活が派手に描写されているわけでもないから(もっとも、SEEDAの詞世界において、そもそもハスラー稼業は決して華やかに賛美されてはいない)、一口に〈ヒップホップ映画〉と括った際にイメージされるような爆発的なパフォーマンスやクライム・サスペンス的な盛り上がりが用意されているわけではない。ただ周囲に認められたくて空回りする若者としての苛立ちや焦り、諦めと、裏稼業に付きまとう不安や猜疑心などが淡々と入り交じってスクリーンに鬱屈とした色合いを映し出している。
もっとも象徴的なのは、因縁の相手とMCバトルで対峙するシーンの表現だろうか。相手の達者なラップを受けて吉田のターンになった瞬間、場面は切り替わってしまうのだ。「8 Mile」終盤のカタルシスを思えば対照的な演出だが、これは受け手の不満足を経由して吉田の消化不良な気分を共有する采配のようでもあり、そうした寡黙な演出は作中の随所に窺える。監督の土屋貴史は、数多くのTVCMやMVなどを手掛ける傍ら、さまざまなアーティストとコラボレーションしてきた映像作家で、長編商業映画としてはこれがデビュー作。また、吉田を演じる笠松将は、2017年の「デメキン」をはじめ、2018年の「このまちで暮らせば」「響-HIBIKI-」「さかな」、2019年の「デイアンドナイト」などの映画やTVドラマに出演した経歴はあるものの主演はこれが初めて。両者の対象への深い理解が、そのまま作品の深みに繋がっているのは言うまでもないだろう。
なお、“DAYDREAMING”を想起させるロンドン時代のシーンのようにリリック内の描写を映像化したような場面も多いため、以前からSEEDAの曲に親しんできたリスナーなら不思議な感慨を覚えるはずだが、本作はSEEDAやヒップホップについて特段の予備知識などを要するものではない。もちろん記憶の積み重ねがある人のほうがより深く味わえるはずだが、不器用な青春を送る若者が葛藤しながら道を見定めていく物語は、純粋にジャンル映画を越えた普遍的なものとして楽しむべき作品だろう。 *出嶌孝次
2020年1月17日にLPでリイシューされるSEEDAの2006年作『花と雨』(CONCRETE GREEN)
「花と雨」
【出演】笠松将、大西礼芳、岡本智礼、中村織央、光根恭平、花沢将人、MAX、サンディー海、木村圭作、紗羅マリー、西原誠吾、飯田基祐、つみきみほ、松尾貴史、高岡蒼佑
【監督】土屋貴史 【原案】SEEDA、吉田理美
【脚本】堀江貴大、土屋貴史
【音楽プロデューサー】SEEDA、CALUMECS
【製作】藤田晋、中祖眞一郎
【エグゼクティブプロデューサー】藤田晋、SEEDA
【プロデューサー】松竹奈央、平賀大介
【制作プロダクション】P.I.C.S.
【配給】ファントム・フィルム
■2020年1月17日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにてロードショー
©2019「花と雨」製作委員会

主演の笠松将が語る「花と雨」とSEEDA
今回の映画「花と雨」で主人公の吉田=SEEDAを演じるのは、本作が初主演作となった笠松将だ。もともと笠松はラップが好きで、10代の頃に『花と雨』に出会って以来、SEEDAは特別な存在だったとか。今回は憧れのアーティストを演じるだけではなくラップにも初挑戦。ラップのコーチをしたのは仙人掌で、「仙人掌さんの歌う“花と雨”が最高でした」と笑顔を浮かべる笠松に、映画やラップについて話を訊いた。
――SEEDAさんの曲は以前から聴かれていたそうですね。
「『花と雨』が発売された時に親友が教えてくれたんです。その後、20歳くらいで愛知から東京に出てきて、いろいろ良くしてくれる先輩がいたんですけど、その人もSEEDAさんが大好きで、カーステレオには必ず『花と雨』が入ってるし、LINEは韻踏んで返してくるんですよ(笑)。その時期に『花と雨』はけっこう聴きました。カラオケでも一緒に歌いましたし」
――ということは、SEEDAさん役に決まった時はテンションあがったんじゃないですか?
「嬉しかったですね。マネージャーが僕がラップを好きだってことを知ってて、オーディションのことを教えてくれたんです。〈SEEDAっていうラッパーの映画をやるらしいよ〉って言われて、〈マジで? 書類出しといてよ〉ってお願いしたんですけど、興味がないラッパーだったらオーディションは受けてないと思います」
――実在する、しかも、好きなアーティストを演じるというのは、やってみてどうでした?
「最初はSEEDAさんのクセとかを探して、それを取り入れていこうと思ってたんですけど、だんだんそうじゃないな、と思ってきました。SEEDAさんというより、映画に登場する吉田というキャラクターをもっと知って、その人物を表現していこうと思ったんです。SEEDAさんに関しては、何で笑うのか、何で悔しがるのか、そういった感覚的なところを参考にしようと思って、SEEDAさんと話をしながらいろいろ探りました」
――撮影に入る日の前日にSEEDAさんから深夜のドライヴに誘われたそうですね。
「〈ちょっと二人で会いたい〉って言われたんです。車で走りながらいろいろ話をさせて頂きました。その時、話を聞いて自分なりにわかったことがあって。20代の頃、SEEDAさんはラップをやって、周りからは褒められるけどお金にはならなかった。それでドラッグのディールをやったら、それはお金になって〈自分の才能を活かせるのはこれじゃないか〉と思いはじめるんです。でも、逮捕されてしまって目が覚めて今度は就職をしようとする。そんな時に仲間が〈お前にはラップがあるだろ!〉って言ってくれて、全力でラップしたことでいまのSEEDAさんがある。SEEDAさんにとっていちばん重要なのは〈自分に才能があるかどうか〉なんです。この映画はラッパーになる夢を追いかける話じゃなくて、自分の才能を探す旅なんだって思いました」
――自分探しの旅。それはみんなが経験することかもしれないですね。
「SEEDAさんは全部に才能があったんだと思います。でも、才能を活かせるタイミングっていうのがあると思うんです。だから才能があっても、うまくいく時といかない時がある」
――ちなみに、SEEDAさんとのドライヴではどんなところに行ったんですか?
「SEEDAさんはどこに行くのか全然説明してくれなかったんです。例えば刺青を入れた人の家に行き、〈俺のツレを連れてきたんだよ〉って紹介されて握手するんですけど、その人が誰なのかわからない。相手の人がチラッと僕のほうを見て〈大丈夫なの?〉ってSEEDAさんに訊くと〈大丈夫だよ〉って。こっちは〈何が大丈夫なんだろう?〉って思うじゃないですか(笑)」
――ヒヤヒヤしますね(笑)。でも、そうやって自分がどんな世界に身を置いてきたのかを教えてくれたのかもしれませんね。
「そうですね。だから僕もドキドキしながら、その場の雰囲気とか、SEEDAさんの表情を観察したりしていました」
――ラップは仙人掌さんからコーチを受けたそうですね。どんな風に教えてもらったのでしょうか。
「最初は僕が歌ったのを録音して、それを一緒に聴いて〈どう思う?〉って訊かれて、また録音して……という繰り返しでした。仙人掌さんは優しい方で、どれを聴いても〈カッコいいね〉って言ってくれるんです。それで〈あ、大丈夫なのかな〉と思って家で聴き直すと全然良くないんです。単純になんか違うんですよね」
――ピンとこない?
「それで仙人掌さんのライヴを観に行った時、仙人掌さんが〈なんで俺が10年も最高のMCって言われるのか教えてやるよ〉ってラップをやったら、フロアの底が抜けるんじゃないかっていうくらいお客さんが沸いて。それを見た時、〈ステージに立つってこういうことだな〉って思って、〈自分との差って何だろう?〉って考えたんです。その後、仙人掌さんの前でラップした時から、〈ボソボソ言うんじゃなくて口を大きく開けながらやってみて〉とか〈SEEDA君はクセでここでキレるから〉とか、具体的に言ってくれるようになりました」
――仙人掌さんのライヴに影響を受けた笠松さんのラップを聴いて、何か変化を感じたんでしょうね。笠松さんにとってラップの難しさってどんなところですか。
「ラップっていろんな要素が詰まってるんですよ。言葉、音程、リズム感、聴き心地……。でも、〈誰が何を言うか〉っていうのがすごい大事だと思いました。僕がSEEDAさんの曲を自分の曲のように歌っても意味がない。曲を歌う覚悟みたいなものが必要なんだなって。とにかく“花と雨”は何度も練習しました。2018年にいちばん“花と雨”を歌ったのは僕だと思います(笑)。本番は一発OKで〈ホントに大丈夫なの?〉って思いました」
――それは練習の賜物でしょう。吉田は周りに認められたくて、いつも満たされない気持ちを抱えてます。笠松さん自身もそういう怒りや焦燥感を感じたりしますか?
「全然ありますよ。だから吉田にはすごく共感できたし、他のキャラクター全員に共感できました。映画やドラマって、どうしても無理して演じなきゃいけないところがあるんですよ。監督が〈こういう絵が撮りたいから〉って説明して、段取りで話し合いになったり。でも、この映画は自分の感情に嘘をつかないで演じることができました」
――ドラマも音楽もリアルさを追求した映画になりましたね。
「そうですね。この映画にはヒップホップというカルチャーに対する理解やリスペクトがある。これまで、ラップ映画はあったけど、これくらいちゃんとしたヒップホップ映画は日本にはなかったと思います。もちろん、ヒップホップ・ファンじゃなくても楽しめる作品で、自分がいまやってることが正しいのかどうかわからないっていう人が観て、〈みんなそうなんだ〉って思ってくれたら嬉しいですね」 *村尾泰郎
「花と雨」にてラップ指導を担当した仙人掌の2018年作『BOY MEETS WORLD』(Pヴァイン)

名盤『花と雨』の映画化をきっかけに、不世出のラッパーが歩んできた道程とその功績を改めて振り返ってみよう!
例えばお茶の間にまで浸透するような知名度はなくとも、その時代にそのジャンルやシーンに熱中した者なら誰もが知る別格的なアーティストというのは、どんなフィールドにも存在するものだと思う。2000年代半ば以降の日本のヒップホップ/日本語ラップの範疇におけるSEEDAはまさにそういう名前だ。もっとも、その時期は2000年代初頭のバブル的な状況への反動もあってヒップホップの扱い自体が冷え込んでいた時期でもあり(そもそも音楽産業自体の在りようが変わりはじめた時期でもあった)、客観的な言えばその熱は局地的なものだったのかもしれない。とはいえ、追い風のない状況下でフットワーク軽くアクションを起こし続け、好き嫌いは差し引いても注目せざるを得ないほどのうねりをシーンにもたらしていたのがSEEDAとその仲間たちだったのは確かだ。
そして、そんな彼がシーンの完全な信頼を獲得する決定打となったのが、2006年の暮れにリリースされたアルバム『花と雨』である。特に表題曲の認知度には絶大なものがあり、曲中で歌われる〈2002年9月3日〉の背景も当時から知られていたわけで、このたび同作が「花と雨」として映画化されるのを知った際に、〈あの題材〉をどう扱うのだろう?と感じた人も多かったかもしれない。
しかしながら一方では、『花と雨』はもう13年も前の作品だという事実もある。当然ながらSEEDAはいまも現役のアーティストであるからして、無造作に〈レジェンド〉扱いしてしまうのも違う気はするのだが、昨今のリスナーや映画公開をきっかけにした人への説明的な意味も含めて、ここでは簡単に彼のキャリアを紹介しておきたい。
SHIDAからSEEDAへ
東京出身、80年生まれのSEEDAは、映画の通りに幼少期をロンドンで過ごしている。後の“Nothing Change”(2003年)に〈96 Manewva 98 Da Gnome〉という一節があるように、TAMU(後にDOWN NORTH CAMP)、EGUOとMANEWVAなるユニットで活動を始めたのが96年。その後ソロに転身した彼は、99年にリリースしたSHIDA名義のデビュー作『DETONATOR』によってシーンの表舞台にエントリーしている。全曲のプロデュースは、D.O.Iに師事したエンジニア/トラックメイカーのI-DeAが担当。90年代末といえば日本語ラップ作品のタイトル数も限られていたため、当時のヘッズなら出ている作品をある程度はチェックしていたはずだが、『DETONATOR』が広く評判になることはなかった。まだ90年代半ば頃のブームの延長でメジャーなレコード会社がラッパーを引き上げる幸運な例も少なくなかった時期だけに、SEEDAも大きな挫折を感じたのかもしれない。
その後しばらく表舞台から消えていたSHIDAが、SEEDAと名を改めて再登場したのは2003年。〈BBOY PARK〉のMCバトルに出場する一方、ふたたびI-DeAの全面バックアップを受ける形で2作目『Flashsounds Presents ILL VIBE』をリリースしたのだ。同作では前作以上の高速フロウでバイリンガル・ラップを披露し、異様な気迫と圧倒的なスキルの面で注目を集めるも広がるには至らず。ただ、この時期のI-DeAはD.L(DEV LARGE)主宰のEL DORADO作品やMSCの音源に関わるなど裏方として着々と名を上げており、翌2004年にはI-DeA名義のリーダー作『self expression』も出している。そこでDEV LARGEや漢、FUSION CORE、降神らと並び立つことによって、“Whoa”と“Dayz(just like smokey)”の2曲にフィーチャーされたSEEDAにもスポットが当てられるようになったのだ。
その勢いのまま、2005年8月には3作目『GREEN』をリリース。オビに〈初の完全フルアルバム〉と記されているだけあって17曲に多彩なアイデアの詰め込まれたこの作品では、I-DeAと並んで大阪のBACHLOGICがプロデュースに初参加。主役のパフォーマンスも問答無用な高速ラップに止まらない広がりの片鱗を見せはじめ、客演もleccaやL-VOKAL、ESSENCIALなど多彩になったが、ここで重要なのはSEEDAが2003年に加入したSCARSの存在だ。川崎を拠点とするSCARSは、リーダーのA-THUGを中心にMCのMANNY、STICKY、bay4k、BES、トラックメイカーのSACとI-DeAが(当時)名を連ね、いわゆるハスリング~ストリート・ライフをリアルに歌う危険な存在感もあって、「実話ナックルズ」誌に特集が組まれるほどの話題を集めていたグループ。各メンバーは『GREEN』にも客演して期待を煽り、〈ハスラー・ラップ〉のトレンドを創出していくことになるが、ここで撒かれた種子は翌年の動きで一気に芽吹くことになる。
花のち晴れ
そんな発芽を迎えた2006年。まず1月にI-DeAが2作目『Da FRONT and BACK』でメジャー・デビューし、SEEDAもソロ及びSCARSで登場している。続いて9月にはSCARSが初のアルバム『THE ALBUM』をリリース(最近やっとリイシューされたばかり!)。個性的なメンバーたちの振る舞いが不穏でユーモラスでかっこいい名盤となっているが、ここでのSEEDAが以前のスピード上等なマイク捌きから離れ、柔軟なフロウと共に日本語のパンチラインをしっかり聴かせる新たなラップ・スタイルに辿り着いているのも重要だ。そこから11月にはBESの率いるSWANKY SWIPEの『Bunks Marmalade』も登場して周辺が大いに盛り上がるという相乗効果のなか、実り多き年の締め括りとして12月23日にリリースされたのが『花と雨』というわけである。
BACHLOGICが全面プロデュースしたこのアルバムでは、SCARS作品でも表面化したフロウの変化も踏まえ、その語り口はよりリリカルな形に進化している。ビートとラップのしっくり噛み合った耳馴染みの良さは幕開けの“ADRENALIN”から顕著で、ハスラー暮らしをユニークに表現した“不定職者”やOKI(GEEK)と都会の園芸模様を歌った“Sai Bai Man”など過去のライフスタイルに根差したものもあれば、思い出をメランコリックに振り返る側面もあって内容は実に多彩。“ILL WHEELS”でスキルを競うBESをはじめ、STICKYやK-NERO(NORIKIYO)、GANGSTA TAKA(林鷹)の客演も効果的だ。なお、ラストに控えるメロウな表題曲にヴォーカルを挿入したEMI MARIAは後にSEEDAと結婚している。
シーンを背負う存在として
同作の高い評価によって、SEEDAは次代のリーダー/トレンドセッター的な存在として一気に認識を新たにすることになった。2017年4月にヒップホップ専門誌の「blast」が終刊した際には〈日本のヒップホップの未来〉を担う一人に選出され、ANARCHY、サイプレス上野、COMA-CHI、SIMONとのエクスクルーシヴ曲に参加。一方で、時期は前後するものの、DJ ISSO(SD JUNKSTA)との共同で『CONCRETE GREEN.1(改)』(2016年)を皮切りに始まったミックスCD〈CONCRETE GREEN〉シリーズの精力的な動きは、当時の界隈において大きなムーヴメントとなった。その中身はSCARSやSD JUNKSTAのメンバーを中心に仲間や気に入った顔ぶれの楽曲やフリースタイル音源をコンパイルしたもので、MONJU(ISSUGI、Mr. PUG、仙人掌)やSIMON、神戸薔薇尻、THUG FAMILY、4WD、田我流、鬼、PUNPEE、YAMANE、RAU DEF、呂布カルマ、KLOOZ……と、ここでのフックアップを足がかりに飛躍していった面々は数知れない。そのようにインディペンデントなスタンスによってシーン全体に動きを与えようとする姿は、もはや大手のフックアップに期待できなくなった時代にあって、同世代や下の世代のラッパーたちに大きな希望を与えたはずだ。
そうやって〈シーンを背負う〉ような意識があったかどうかはさておき、当人はKREVAやILL BOSSTINOとのコラボを含む『街風』(2007年)をメジャー流通で発表したり、またインディーに戻ったりしながら身軽にリリースを続けていく。2009年には界隈を騒がせた“TERIYAKI BEEF”やそこから派生したGUINNESSとのビーフが話題を集め、裏方に専念すべく『SEEDA』リリースをもって引退を宣言するも、年末にはILL BOSSTINO、EMI MARIAとのシングル“WISDOM”(オリコン週間チャートで8位を記録)で復帰。AKLOやSQUASH SQUADらを抜擢した“NO ONE BUT US”(2010年)など当時は珍しかったフリーダウンロードの音源をたびたび投下するなど、まだSNSがポピュラーではなかった時代に強い求心力を発揮しながら自由に活動を展開していった。
そうした濃密な時期の反動か、2011年にメジャー発の『瞬間 IN THE MOMENT』(ここではSALUをフックアップしている)を出した頃から作風はさらにパーソナルなものとなり、現時点で一般流通のアルバムは続く『23edge』(2012年)以降リリースされていない。Chaki Zuluの手掛けた“Come Back”を含む限定流通作『8 SEEDS』(2016年)は聴いたことのない人がほとんどだろう。2017年からはヒップホップ関連のインタヴュー動画をアップするYouTubeの人気チャンネル〈ニートtokyo〉を主宰して裏方として活躍する一方、タイプライター & YMGの“BOSS UP”でMACCHOと手合わせしたり、あるいはMall BoyzやLil YamaGucci、Showyら若手とのコラボも繰り広げているが、やはり本人作品にも期待したいところ……と思っていたら、この12月にはKAMIYADA+とJIN DOGGを迎えたトラップ・メタル調の新曲“Roppongini”を発表したばかり。やはり、この不世出のラッパーを安易にレジェンド扱いしたくはない。 *出嶌孝次
SEEDAの参加したI-DeAの作品。
SEEDAが参加した近年の作品を一部紹介。
「花と雨」をもっと楽しむための、SEEDA作品の一部を紹介!

SHIDA名義の初作から約4年を経て、I-DeAの後見で登場した再チャレンジの2作目。前作よりも英詞の割合を増し、脇目も振らぬ速射フロウの刺々しさも相まって雰囲気は攻撃的だ。“外角低目”を引用した“Nothing Change”や当時のサウスっぽい“Money”が印象的。

I-DeAに加えてBACHLOGICが4曲を手掛けた3作目。不穏なSCARS作法から和み系の“U Send Me”、L-VOKALとの真摯な“Life”、leccaとの“Azure”まで、ギアを切り替えたフロウの多彩さが多様な曲調を呼び込んでいる。燻った日々を顧みる“Think Back”は次作へ繋がるものだ。

SCARS 『THE ALBUM』 Flashsounds/Pヴァイン(2006)
唯一無二なスキルの持ち主たちが織り成すグループの初作にして、控えめに言っても2000年代を代表する日本語ラップ作品のひとつ。ソウルフルなネタ使いの佳曲が揃い、重心の低いビートにアプローチすることで、SEEDAも歌うようなフロウの独創性を獲得している。

SEEDA 『花と雨』 KSR/CONCRETE GREEN(2006)
今回の映画の元になったBACHLOGIC全面制作の名盤。冒頭の“ADRENALIN”からビートとラップの一体感が完璧で、言葉を届けることを意識したマイク捌きで最後まで一気に聴かせる。ユーモラスな“不定職者”“Sai Bai Man”から後半のリリカルな展開まで隙のない傑作だ。

メジャー流通の『街風』を経て、改めて自主で作った大傑作。BACHLOGICとI-DeAが半分ずつを手掛け、A-THUGとの“自由の詩”やブルージーな“Son gotta see tomorrow”などどこを切っても名曲揃い。ORITOやLUNAの歌声も全体のソウルフルなムードを彩る。

A-THUGやBESも不在の状況下で作り上げ、メンバー間の不和までも曲に落とし込んだ2作目。SEEDAは計5曲に登場し、タフなマイクリレーの“Come back”や緩急自在なソロ曲“万券Hits”、BRON-Kを招いた“ONEWAY LOVE”などでフレキシブルな技量を見せる。

リリース前後の諸々も話題になったセルフ・タイトル作。鮮烈な“GET THAT JOB DONE”を手掛けたOHLDを筆頭に多数のプロデューサーを起用し、政治から路上まで多様なトピックを余裕の語り口で放つラップの敏捷性が凄まじい。余韻を残す“夢からさめたら”が聴きもの。

復帰後の初アルバム。ハウシーな“SET ME FREE”からアコギ系ループの“alien me”、重厚な“DREAMIN'”まで振り幅を広げたBACHLOGICのビートに芯のあるラップで呼応し、クレイダやデヴィッド・バナーとの手合わせも実現。この後にはメジャーで2作品を発表している。

限定リリースの『8 SEEDS』を除けばアルバムからしばらく遠ざかっている彼だが、こちらはDJ ISSOと取り組んできた名シリーズの現時点での最新弾。Chaki ZuluのトラックでJunkmanとkZmと組むというYENTOWN仕様の“BUSSIN”で荒々しく気を吐いている。