穏やかに流れていく生活のなかでマイペースに創作活動を続けてきた孤高の才人が、多くの人々との関わりを織り重ねた『PEOPLE』。そこに息づく情感とヒントとは
生きるうえでの知恵やヒント
「民家をDIYで改装しながら、草刈りしたり薪を運んだり、子どもの送り迎えとか村の集まりに参加したりして、おじいちゃんみたいな生活です。音楽は自宅スタジオで前田和彦さんやMICHEL☆PUNCH君とかとセッションしたり、気が乗ったとき、依頼の仕事を締め切り間際に作るくらいです」。
音楽を生業とする者にとって、その生活をやめるでもしない限り音楽はいわば〈一生ごと〉なわけだけど、向き合い方、接し方はもちろん人それぞれあって。いまここで発言を引いたEVISBEATSの音楽との関わり方もその一つということだが、和歌山での山暮らしに慣れ親しむと共にというべきか、彼の楽曲は昨今言うところのローファイ・ヒップホップ的な穏やかな作風が作品を追うごとに強まっている。その意味でも発表から8年余りを経てなお人気の“ゆれる”は、いまも変わらぬ彼の名刺代わりの一曲だろう。ただ、本人いわく〈ZARDスタイル〉とする自称〈引きこもり〉な活動には、ここに来てやや変化の兆しが見えてきたようだ。6年ぶりのアルバムとなった『ムスヒ』と、近年の録音を中心とした楽曲集『HOLIDAY』という2タイトルをリリースする傍ら、Instagramを通じたビート発表やCM、映像作家らとのコラボ企画でも音を聴かせるなど、2018年来の彼はこれまでの寡作ぶりを返上するような動きを見せている。その原動力はどこにあるのか。
「夏くらいにフランスに行った時にピカソ美術館に行って作品を見てたら、〈もう何でもありなんだな〉と刺激を受けて、そこから人の目は気にせずスケッチでもなんでもいいから数多く作るようになりました。あとは子どもたちが学校に通い出して、単純に自由に使える時間が増えたので、制作の時間が増えました」。

前作からほぼ1年でリリースされたニュー・アルバム『PEOPLE』もまた、大きく見ればそうした身軽さから生まれたアルバムとも言えよう。今回の制作は共演アーティストをSNSで募ることから始まった。
「人気のあるアーティストとコラボするみたいなのはよくあるし、おんなじことやってもおもしろくないから、 奥さんと話してたら、〈SNSで募集してみたらええんちゃう?〉ってアイデアをくれたのが発端で、(Twitterで)すぐ呟きました」。
一週間の募集で届いた500近くもの音源から30人ほどに絞り、さらにその中から最終的に参加アーティストの多くを決定して、アルバムの曲作りは本格的にスタート。もっとも、彼らとのやりとりはメールでトラックを送り、録音ファイルを返信してもらう形でなされ、それぞれと顔を突き合わせることはなかったそう。
「とりあえず、何となしにトラックを作っていって、そこに誰がハマるか考えていった感じです。前田和彦さんとも何曲か作っていますが、MICHEL☆PUNCH君とはアルバム全体のバランスを考えて作っていきました。いろいろなアーティストがいて、いろいろな色や特徴があるので、どういうふうに魅力を活かすかは慎重に考えました」。
一つ一つの音を愛おしむかのような温もり溢れる音に、自身はもちろん共演者の色を溶け込ませた楽曲の揺るぎなさは、まさにその考え抜いた末の成果だ。サビを中心に歌への傾斜を強めるその世界は、終始聴き手を優しく包む。
「ラップとか歌詞の表現は、自分も含めて人が現代を生きるうえでの知恵やヒントがあればいいなとは思ってます。作品を作るうえでの葛藤はどんな仕事にも共通するものがあると思うので、自分が作品作りに向かう姿勢なんかが主に多いです」。
すごい才能がたくさんある
「演技派でとてもユーモラスで感情がこもってる」とEVISBEATSが評するドイツ育ちの日本人ラッパー・Blumioが、友人同士で互いを羨む両極端な2人の女性の満たされぬ思いを演じ分けるヴァースに、みずから歌サビを寄せた“Taru Wo Shiru”は、彼が言うところの生きるヒントたる曲の一つか。また、「遊びに来て自然な流れで」参加したJambo Lacquer(MICHEL☆ PUNCHの実弟)を道連れに、何物にも囚われぬ心のありかを歌った“Rhythm”には彼の姿勢が覗く。さらにアルバムには、ラップのみならずハーモニーでもサビに貢献し2曲で才を見せるJ.B.POEとの楽曲や、しなやかな英詞の歌い回しがクールな女性シンガーのASAを配した2曲、EVISBEATSをして「このグルーヴは天性のもんだと思います」と言わしめるQugoとの共演や、日々の憂いが影さすリリックと情感こぼれる歌声にSUKISHAの好演が光る“花びらが散る頃に”などが収められている。
「J.B.POEは韓国のラッパーで、フックの作り方に才能を感じます。歌詞の内容も間違いない。日韓関係悪化みたいな時期に韓国に遊びに行ったんですが、その時に日韓関係のことをメールで話してたら、かなり明確で洞察が深いし、そのメールの文も歌詞みたいで、〈この人はラッパーだな〉って思いました。ASAは可愛らしくて妖艶な雰囲気があって、ファッションのセンスも良くて、モデルとしても活躍してるみたいです。SUKISHAは演奏や作曲やアレンジもするしマルチな才能があってセンスえげつないです。歌っても素晴らしくて、演奏ももちろんですが、歌詞が特におもしろい」。
初共演となった彼らに加え、『HOLIDAY』収録曲にも参加していたWHALE TALXとannie the clumsy、高橋飛夢との再共演も。彼らについてはこう説明する。
「annie the clumsyは声が綺麗で可愛らしくて、人としても可愛らしい魅力ある人です。CMの音楽とかナレーションもやってて幅広い人に届く良い声だと思います。WHALE TALXは音楽のセンスがおもしろくてラップも変わってるし、たまに禅問答みたいなことを言うところとかが好きです。高橋飛夢は声の雰囲気が良くて、トラック渡して次の日に上がってきました。それくらい曲作りが早いし、自分の意図も汲んでくれてました」。
ラッパー/シンガーのみならず、彼自身には稀なライヴの機会に録音されたオーディエンスの歌声までも楽曲に取り込んだ『PEOPLE』の制作を終え、現在の素直な気持ちは「とにかくすごい才能がたくさんあるもんだなと驚きました」というもの。自然の中の暮らしを澄み切った空のような心と音、歌唱で表現するラストの“Remember Me”を一人で見せきった彼自身にも、その言葉は改めて向けられていいだろう。今後は世界に自身の音楽を届けることも視野に入れているという彼は、一時はTwitterでドイツへの移住プランを呟いていたこともあった。もっとも、そのプランが現実となるかはこれからの話のようで。
「今後は海外のアーティストと曲を作って、世界中の人にも聴いてもらえて、海外のアーティストとも対等にやりあえるようにしたいと思ってます。ドイツ移住は、海外移住への憧れや子どもの教育面、ローファイ・ヒップホップやチル・ヒップホップな人が多そうでいいなと思って考えてました。それで実際に家族でドイツを訪れたこともあるんですが、結局いまの暮らしを見つめ直すいいきっかけになりましたね。いまのところ日本の山暮らしのほうが家族にとって心地良いので……新庄剛みたいに朝起きて2秒で決断できたらいいんですが、まだ検討中です」。
EVISBEATSが参加した近作を一部紹介。
関連盤を紹介。
EVISBEATSの穏やかな美しさに通じる、チルでメロウなヒップホップの2019年

前年の好調を継続し、15MUSやケンチンミンのアルバムが出たChilly Source。こちらはタワレコ限定リリースとなるチルいレーベル・コンピの第2弾で、新年にアルバムを控えるpinokoやニューリー、Akusaらクルー所属の面々が集まったほか、BASIやkojikojiも登場。

DJ KRO Tokyo Chilly Journey mixed by DJ KRO Manhattan/LEXINGTON(2019)
Chilly Sourceを主宰するDJ KROの公式ミックスで、さまざまな楽曲を一本の流れに紡いでいる。YonYonやJIVA Nel MONDOらを迎えたKRO自身の“TRIP”で始まり、Daichi YamamotoやVaVa、空音らの楽曲がチルでアーバンな旅へ誘う。EVISBEATS絡みの曲も登場!

VARIOUS ARTISTS Mellow Mellow〜GeG's PLAYLIST〜 GeG2019(2019)
変態紳士クラブのプロデューサー、GeGが演奏陣も従えて全曲をプロデュースしたリーダー作。ジャケの色味通りの酩酊したビートがメロウネスを醸し出し、盟友WILYWNKAとVIGORMANや、Young CocoとShurkin Pupらを迎えた気持ち良い空間を演出してくれる。

ビートメイカーのKazBubble(WARAJI)とMCのチプルソが組んだプロジェクトの2作目。主張しすぎないリリカルなラップとチルで叙情的なトラックが物語をさりげなくメロウな色味を乗せていく。唯一のゲストとして、『PEOPLE』にも参加したJambo Lacquerが登場。

ヒップホップ・リスナーとはまったく別の層へリーチした2000年代半ばの〈ジャジー・ヒップホップ〉興隆期に、〈ポストNujabes〉の筆頭として活躍した才人。偶然ローファイ・ヒップホップの流行に呼応したような12年ぶりの新作も、和の情緒が日常に溶け込んでループする。