特攻隊の飛行機を想起させるカヴァー・アート、タイラー・ザ・クリエイターなどのラッパーや批評家をディスりまくったリリック、ホモフォビア(同性愛者嫌悪)的な表現などが議論を呼び、賛否両論(どちらかといえば、〈否〉のほうが多い)だったアルバム『Kamikaze』(2018年)。あれから約1年5か月、その間には正直に言って、うんざりするような話題も多かった(それこそが彼のキャラクターだと言われたら、そのとおりなのだが)。そんなエミネムから20曲入りの大作『Music To Be Murdered By』がサプライズで届けられた。

ジャケットとアルバム・タイトルは言わずと知れた名映画監督、アルフレッド・ヒッチコックの同名アルバム(58年)から引用。イントロやインタールード、アウトロなどではヒッチコックの声をサンプリングしている。〈殺される音楽〉……なんとも物騒なタイトルのとおり、叫び声とスコップで何かを埋める音、というホラー映画めいたイントロからアルバムはスタートする。

〈弱い〉〈ポップすぎる〉〈日和った〉など、批判にも遭った復帰作『Revival』(2017年)から一転、反撃モードとなった『Kamikaze』に引き続き、エミネムは今回も恐ろしくアグレッシヴに暴れ回る。〈スリムに注意しな、俺が再びトップに立ったらシャンパンの栓を抜くんだな〉(“Unaccommodating”)――前作で蘇ったエミネムの別人格スリム・シェイディは、本作でも健在のようだ。ニック・キャノンとマシーン・ガン・ケリーという目下の敵からタイラーとその友人アール・スウェットシャート、若手のティー・グリズリーまで、ディスの標的はさまざま。早口でまくし立てるフロウは、どこか〈重たさ〉を感じさせた『Revival』のそれとは比べ物にならないほど。デビュー当時のキレのよさを取り戻した、と思わせる瞬間も多い。

エド・シーランやスカイラー・グレイといった親交のあるポップ・アーティストやアンダーソン・パークが参加してはいるが、全体的なムードは至ってハードでダークで攻撃的。盟友のロイス・ダ・5'9"とデナウン、ヴェテランのQ・ティップとブラック・ソート(ルーツ)、注目の若手ラッパーと言っていいヤング・M.Aに、2019年に急逝したジュース・ワールド、そしてトラヴィス・スコットのレーベルに所属するドン・トリヴァー(彼のことは〈2020年期待の洋楽アーティスト50!〉の記事で紹介した)など、人選の迷いのなさにもその姿勢は表れている。前作ではエグゼクティヴ・プロデューサーとしてクレジットされていたドクター・ドレーが、今回は複数の曲で直接関わっている点も見逃せない。

アルバムのなかでも、リリースと同時にビデオが公開された“Darkness”は異色だ。ここでエミネムは、2017年に起きたラスベガス・ストリップ銃乱射事件の容疑者であるスティーヴン・パドックの視点でラップしている。ビデオの最後に現れるのは、〈いつになったらこんなことが終わる? 多くの人々が問題について関心を持ったときだ。投票のために登録を。声を届けよう、そしてアメリカの銃規制を変えよう〉という真摯なメッセージ。実にコンシャスな内容となっている一方、別の曲でアリアナ・グランデのマンチェスター公演での自爆テロについてラップして批判を受けているあたり、なんとも彼らしいというか……。

ロジックやNFといった後継に強い影響を与えながら勢いのある作品を発表し続けるエミネム。2000年代の黄金期を思わせなくもない。