人間、頑張れば機械に勝てるんじゃね?
――改めて、ミトさんの思う『Ultravisitor』の魅力についてお伺いしたいです。
「あれで彼のやりたいことが何となく見えたんです。イクイップメントを使って、(ジャコ・パストリアスの81年作)『Word Of Mouth』を作ろうとしてるようにも感じたし、カオティックな、ハーシュ・ノイズ的な側面もあるし、非常にプログレッシヴでもあって、いろんなものがグチャグチャになってる。それを彼が元来持ってるアシッド(・ハウス)や、ジャズ的というか、プレイヤビリティー的なアプローチで表現していて、そこが一番合致した感じというか。
私が聴いて興味があると思うすべてを彼も好きなんじゃないかって、そう思わせてくれたんですよね」

――〈ドリルンベース〉や〈ジャズ/フュージョン〉といった構成要素だけでは語れない、もっと全方位的に広がっている彼の音楽家としてのベーシックな部分が見えたというか。
「当時はポスト・ロック周りも成熟し始めて、レディオヘッドは『Hail To The Thief』(2003年)を出していました。
私が何でそういう人たちをずっと好きかって、やっぱりどこかに70年代のプログレ的発想を感じるからなんです。つまり、変拍子や転調といった、技巧的かつ革新的なもの。
テクノの人たちは人力ではできないことを録音に残すイメージですけど、トム・ジェンキンソンの場合は、機械以上に自分のプレイの方が上手かったりするので、余計にカオスを生む。その混沌に次ぐ混沌が僕らを混乱させるんだけど、その混乱の心地よさみたいなものが、僕が彼から受けた影響だったりするのかな。〈人間頑張れば機械に勝てるんじゃね?〉って(笑)」
――〈自分と似た部分を感じた〉ということでもある?
「自分がフェイヴァリットとしてる音楽をアップデートして、今の時代にちゃんと見せてくれてる人なんじゃないかなって。〈似てる〉とはおこがましくて言えないですし、本来やってることも違いますしね。
ただ、〈もし自分が一人のコンポーザーとして、あの時代に成熟できていたとするなら、こういうものを作りたかった〉という作品を作ってくれたのが、あの時代のトムさんだった。そういうシンパシーを感じさせてくれた衝撃はすごく残ってますね。〈こういう世界が見たかった〉というものを、ドンピシャに出してくれた気がしたんです」
究極のアンセム“Iambic 9 Poetry”
――昨年のワープ30周年でのプレイリスト企画では、『Ultravisitor』から“Iambic 9 Poetry”を挙げていました。
「あれは究極のアンセムですね。リチャードで言う“Flim”みたいな、テクノがどうこうとか、バンドがどうこうとかは全部飛び越えて、楽曲としてのスタンダードであり、アンセム。
新作もそうですけど、やっぱりあの人は非常にメランコリックに過敏というか、メランコリックなものをもともと持ってるし、〈ずっとメランコリックなことをやってくれ〉と言われたら、全然できる人だと思うんです。でもそこは断固として拒否する。相当な理由がない限り、そこは見えないように、マスキングしたがる人だと思う。
私の場合は、彼のアルバムを買う度に、何かしらメランコリックなものを求めてしまう自分がいるんだけど」
――“Iambic 9 Poerty”は彼のメランコリーが明確に表出した一曲ですよね。
「あの曲のベースは特別テクニカルじゃないし、彼の全部を内包した曲ではないんだけど、作家として完璧というか。技術的なテクスチャーだけで押し切るような人ではなくて、いい曲を作るトラックメイカーなんだってことを証明してくれた気がしました。他の曲は〈これは苦手な人もいるだろう〉と思うけど、“Iambic 9 Poetry”は誰が聴いてもいいと思える。
求道していく中で、突然産み落とされた何かなのか……わからないですけど、ちょっとミステリアスなところもありますよね。私はブリーピーな曲やノイジーな曲も全然ウェルカムなんですけど、スクエアプッシャーであり、トム・ジェンキンソンという人をプレゼンするなら、ここからスタートするのが一番わかりやすいと思います」

――ちなみに、クラムボンの“バイタルサイン”は“Iambic 9 Poetry”に対するオマージュなのでしょうか?
「最初“Iambic 9 Poetry”のフレーズをそのまま使おうとしたんだけど、〈さすがにそれはどうなの?〉って止められて(笑)。あの曲はセッションで作って、たまたまコード進行が近くて、最初から寄せて作ったわけじゃなかったから、あえてそのまま入れちゃおうと思ったんです。それによって、あの曲を潜在的に好き過ぎるってことを出し切っちゃった方が嘘がないと思ったんですけど……嘘もへったくれもないって話になりそうだったんで(笑)。
まあ、自分の作品でオマージュは山のようにあるし、そもそもトムさんがあんなに手数多くベースを弾いてなかったら、自分も今みたいには弾いてなかったかもしれないです。
私、ジャコってそんなに好きではないんですよ。『Word Of Mouth』はコンセプト・アルバムとして完成されてると思うんですけど、技術的なところで音楽が形成されることに対しては、若干アレルギー反応があって」
――ジャコがそんなに好きじゃないのは意外な気もしますが、技術押しになっちゃうと苦手っていう感覚はわかります。
「自分もジャズ科上がりの人間だからか、技巧的な人が技巧的なことをして〈ドヤ〉ってしてたり、技術を武器にして音楽をビルドアップさせたりしてるものって、あんまり好きじゃなくて。〈筋トレのみ〉みたいになっちゃうのが嫌っていうかね。
やっぱり私はメロディーがあるものが好きで、全部のバランスの中で必要なものとして技巧的な部分があるのはいいけど、そうじゃなかったらエゴだと感じてしまう。
それこそトムさんを最初に聴いて、とっつきにくいと思ったのもそこだったのかも。〈技術で押し切る人なのかな?〉って思ったけど、でも全然そういうタイプではなかったんですよね」