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エイフェックス・ツインのアンビエント名作が30周年!

 94年に弱冠22歳のエイフェックス・ツインことリチャードD・ジェイムズが発表したアンビエントの大名盤『Selected Ambient Works Volume II』が、このたびリリース30周年を記念して装いも新たに〈エクスパンデッド・エディション〉として登場する。

 92年にR&S発の『Selected Ambient Works 85-92』で鮮烈なデビューを果たし、当時の音楽シーンに強烈な自己紹介を済ませたエイフェックス・ツインは、翌93年のポリゴン・ウィンドウ名義作から現在も所属するワープへとレーベルを移籍。それに続けて届いたのが本作である。

APHEX TWIN 『Selected Ambient Works Volume II (Expanded Edition)』 Warp/BEAT(2024)

 タイトル通りに受け取れば、初作の続編、あるいは初作に収まりきらなかった曲を集めた作品と位置付けることもできるが、蓋を開けてみれば、前作にひしめいていた派手なリズム・パターンやエフェクトはすっかり姿を消し、ビートレスで静寂な音空間がCD2枚分にわたって延々と続いていく。高まりつつあった周囲の喧騒や過剰な期待感を見事にスカしたと考えると実に彼らしいし、同時期にダンス・オリエンテッドなビート・トラックは〈Analogue Bubblebath〉シリーズや『On』(93年)のようなEPサイズの作品で散発されてもいたから、よりリスニング向けのトラックをこちらにまとめたのだとしても不思議ではないが、実際のところは本人のみぞ知る。どうあれ、その後の長い音楽の歴史において、本作は90年代が誇る珠玉のアート作品として、アンビエントの名盤と評価されるアルバムとなっていった。

 ナンバリングされただけの曲名や相変わらずシンプルながら強靭なアートワーク、もちろん当時の情報の少なさもあって、いまにして思えば、このアルバムは続く『...I Care Because You Do』(95年)や『Richard D. James Album』(96年)といった諸作で世界を舞台に縦横無尽に暴れ回る前の地ならしを十二分に行った作品であったように思う。その〈フリ〉が十分効いていたからこそ、休眠期間を経て、13年ぶりに帰還した『Syro』(2014年)リリース時における世界規模の大きなバズに繋がったとも言えるだろう。何をやってくるかわからない、予測不能な存在であり続け、その印象はいまなお変わらないままなのだ。

 また、ブライアン・イーノが提唱した環境音楽としてのアンビエント・ミュージックとジャンルとしては地続きにあるように見えながら、どこか不穏で狂気を孕んだその音楽性はまったくの対極に位置している。CDにして2枚分の収録時間にみっちり収録されていても退屈とは無縁で、ヒリヒリとした緊張感が隅々まで漲り、いつ何が起きてもおかしくないようなムードが充満しているのだ。エレクトロニカ、ドローン、インダストリアル……などなど、時代の変化を経て、さまざまなものがより細分化して語られることが多くなった現在の耳で聴くと新たな発見があるかもしれない。

 なお、今回のリイシューにあたっては、これまでLP盤のみでしか聴けなかった“#19”、初めてフィジカル化される“th1 [evnslower]”、さらに今回初めて公式リリースされる“Rhubarb Orc. 19.53 Rev”といった音源が追加収録。これらの追加を以てようやく〈完全版〉と捉えることもできるわけで、当時この若かりし天才にすっかり置いてきぼりにされてしまったテクノ専門学校生たちには各々30年の時を経た答え合わせをしていただきたい(きっとこの30年間に何を聴いてきたかも各人が問われてしまうことだろう)。そして、これを機に初めて彼の音楽に触れるガール/ボーイが増える格好の機会にもなって欲しいと切に願う。それでこそ新装版というエイフェックスらしからぬ今回のリリースに意味を持たせられるというものだからだ。

エイフェックス・ツインの初期作。
左から、92年作『Selected Ambient Works 85-92』(R&S)、ポリゴン・ウインドウ名義の93年作『Surfing On Sine Waves』、95年作『...I Care Because You Do』、 96年作『Richard D. James Album』(すべてWarp)

エイフェックス・ツインの最近の作品を一部紹介。
左から、2014年のアルバム『Syro』、 2018年のEP『Collapse EP』、2023年作『Blackbox Life Recorder 21f/In A Room7 F760』(すべてWarp)