これを終わらせなければ次に進めなかった――新時代のポップ・サウンドを撹乱する恐るべき才能がブレインフィーダーから届けた『魔法学校』は、音楽の現在と未来を圧倒的な刺激で輝かせる!
予期していなかった新たな可能性
ポップでカオティック、緻密にして奔放、複雑かつ刺激的なサウンドと自由で美しいメロディーの邂逅。エレクトロニカからジャズ、ロック、現代音楽に至るまで、多様なジャンルを攪拌する独創的な作風で支持を広げ、いまやポップ・ミュージックの未来をリードする存在となった長谷川白紙が、ニュー・アルバム『魔法学校』を完成させた。『エアにに』(2019年)から約5年ぶりのオリジナル・アルバムとなる本作は、フライング・ロータスが主宰するブレインフィーダーからのリリース。LAビートのシーンを起点に世界各地の先鋭的な顔ぶれをフックアップしてきた人気レーベルなだけに、長谷川としてもこの巡り合わせは創作への刺激になったようだ。
「ブレインフィーダーはフライング・ロータスやサンダーキャットの印象が強い一方で、ジェイムスズーからDJペイパルまで全然異なる音楽性のアーティストが所属していて、音像を聴いただけではレーベル・カラーや印象が一意に定まらない。そのようなレーベルで私が何をすべきかを考えたら、それは個人にも隠されたコンテクストや矛盾、予期していなかった新たな可能性がすでに備わっていることの提示、つまりは私の声や身体といったものがどういった可能性や撹乱的な力をすでに備えているかを提示することだと、直感的に感じたんです」。
その意味において、長谷川が自分自身の持つ〈身体〉というコンテクストを見つめ直し、解釈し直す作業を経て生まれた『魔法学校』。本人が「前2作の『草木萌動』『エアにに』は混沌の渦中で制作したので、言ってしまえば今回のアルバムで初めてそういった特性が現れたと言えるかもしれないです」と語るなかでも、特に新しい実践となるのが〈声〉に関するアプローチだ。これまでもファルセットを交えた軽やかな歌唱を中心に自身の〈声〉をも音楽の一素材として扱ってきた長谷川だが、今作では新たな発声や手法を積極的に試みることで、さらにカラフルなサウンド・テクスチャーを手にしている。
「例えば花譜さんに提供した“蕾に雷”のセルフ・カヴァーは、花譜さんのために作ったデモの仮歌のピッチを変えて、それをそのまま自分で真似して歌うところから始まったのですが、電子的な変調を加えた自分の声をリファレンスすることによって、意外な音色を自分の喉で作れることに気付いたんですね。その手法を意識的に取り入れた曲が何曲かあります。あとは“口の花火”や“ボーイズ・テクスチャー”“行っちゃった”では自分の声をサンプリングしてパーカッシヴに使用していて、自分の声を打楽器的な発想で捉え直す実践をしています。他にも“行っちゃった”の冒頭に私のうがいの音をマテリアルとして入れるなど、自分の〈身体〉とテクスチャーについて、かなりグラデーションのある作品になりました」。