©Sam Robinson

アンビエントを刷新した歴史的名盤、その古びない異端ぶり

 イーノにはじまり拡散する傾向にあった〈Ambient〉なる用語に新たな方法論をもちこみ、攪拌するとともに賦活した点にエイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェームスの画期も閃きもあった。本作のリリースは1994年で、今回は30周年を記念した集成だが、前段には1992年の『Selected Ambient Works 85-92』があり、こんこんと湧き出るアイデアをスケッチしつづけたアンファンテリブル時代の選り抜きであるファーストアルバムをアンビエントと名指した時点で今日にいたる語の多義性はすでに約束されていたといっていい。むろん遡れば、KLFの『Chill Out』やオーブのファーストもあり、AFXの諸作はそれらの系譜を継ぎ、アンビエント・ハウスからテクノへ、さらにはエレクトロニカへの橋渡し役も担った、いわば歴史的名盤であり、そのような冠を戴く作品は歴史的であるがゆえに往々にして陳腐化するものなのにいまなお革新性を失わないのは比類ないといわねばなるまい。

APHEX TWIN 『Selected Ambient Works Volume II (Expanded Edition)』 Warp/BEAT(2024)

 ずいぶんひさしぶりだったのは割り引くとしても、30年というポピュラー音楽にとってけっして短くない時間の経過のなかで、本作がいまも聴くものの耳をそばだたせるのはなぜか。ひとつには構造のシンプルさがある。むろん複雑巧緻なビートが売りの作者だけにシンプルさとは単純さの謂ではなく、和声的な、譜面でいう縦の線の響きの複雑さに拘泥しないというほどの意味ととらえていただきたい。そうすることであの特長的な楽想と旋律、構想の独創性がいやましにましてくる。フィジカル初収録の3曲を加えた30周年記念盤を聴き直してあらためてそう思った。いわゆる“アンビエント”に馴れた耳にはもやもやした印象をのこすかもしれないが、わかりやすい感情がのさばりがちないまこそむしろ再訪の価値がある。その点でも30年はちょうどよい寝かせごろだったというべきか。原点に存在する、古びることない異端ぶりを証明する一枚でもある。