photo:Jimmy Katz

新作『From This Place』に見るパット・メセニーの音楽観

 パット・メセニーが6年ぶりにスタジオ録音の新作『フロム・ディス・プレイス』を発表した。ロン・カーターとのデュオでツアーしている時にロンから聞いた、60年代のマイルス・デイヴィス・クインテットの音楽作りに関する話がきっかけで、同じ頃にパットがツアーで数百回ものコンサートで一緒に演奏していたグウィリム・シムコック(ピアノ)やアントニオ・サンチェス(ドラムス)、リンダ・オー(ベース)とのカルテットを中心に書下ろしの音楽を録音することにした云々……という新作の背景については、パットの公式ウェブサイトに詳述されている。そこで、今回の電話取材で与えられた30分間は、おそらく彼の代表作のひとつとなるであろうこの新作をめぐる会話を通じて、改めて彼の音楽観やその背景を探ってみることにした。

PAT METHENY From This Place NONESUCH/ワーナー(2020)

 

 まず、パット自身が「今までずっと作る機会を待っていた」という新作の冒頭を飾る、演奏時間13分を超える重要な大曲”アメリカ・アンディファインド”だが、その終盤には列車の音がSEとして加えられている。列車と言えば、ファンの脳裏には名曲“ラスト・トレイン・ホーム”が思い浮かぶだろう。彼にとって、列車は何を象徴しているのか。

 「列車は、アルバム・カヴァーの竜巻と合わせて、僕の生まれ育ったミズーリという場所と深く関わっているんだ。アルバムのタイトルもね。僕が最初に住んでいた家から10メートルぐらいの所にはミズーリ・パシフィック鉄道の線路が走っていて、生まれてから6歳ぐらいまではずっと、20分に1度はこのSEと同じ音を聴いていた。ニューヨークとサンフランシスコを結ぶ主要な路線の一部でもあって、今もそうだけれど、長さが2マイルもある列車が通ることもあるんだ。そして、子どもの頃の最初の記憶は、父親に肩車をされて見た、隣町のラスキンを破壊する竜巻だった。僕にとって竜巻は、破壊の象徴であると同時に、ある種の浄化の象徴でもある。そんなわけで、列車と竜巻は、僕の人生にとってはとても重要な意味を持っているんだ」

 アルバムには列車以外にも、彼の人生において重要な要素が音楽的な手法で盛り込まれていると思われる瞬間がいくつもある。

 「これまでには、スタジオにミュージシャンを集めて3回か4回演奏した中から良いものを選ぶという、ドキュメンタリー的なアルバムも作ってきた。でも、新作がそういうものとは違う性格のアルバムなのは間違いない。どちらかと言えば『シークレット・ストーリー』に通じるような、スピルバーグ映画みたいな作品だね。ギターだけじゃなく、全ての楽器や楽曲、アレンジが、物語を伝えるための要素になっているんだ」

 

 アルバムの作業は、上記のカルテットでのツアーの合間を縫って行われたので、完成するまでにはかなりの時間を要したそうだが、それぞれの曲にとって自然な形で完成するように心がけたという。

 「とにかくたくさんの要素をまとめ上げる必要があって、それこそ映画の編集作業みたいだった。列車のSEをあの形にするだけでも何週間もかかったからね(笑)。楽器を演奏する作業には慣れていたけれど、サウンドで物語を組み立てる作業は、それとは勝手が全然違う、今までにやったことのないものだった」

 物語の要素としては列車のSEばかりでなく、“セイム・リヴァー”で聴かれるシタール・ギターやギター・シンセサイザーなども、パットの音楽では耳慣れたサウンドだ。昔から〈愛用〉するサウンドも使いながら新しい物語を紡ぐことで、作品が時を超えたものになる。

 「僕は音楽を始めてからずっと、曲を書く時には身近な人やギタリスト仲間をとくに意識してはいない。僕が常に基準にしてきたのは、バッハなんだ(笑)。ウェス・モンゴメリーもそうだな。つまり、バッハやウェスの音楽が何度も繰り返し聴くに値するのはなぜかということを、常に考えているんだ。肝腎なのはそれが信頼できるもの、つまり、それを作った人にとっての真実だということだと思う。思い返してみれば、僕の好きな音楽はどれもそういう性質のものなんだけれど、必ずしもバッハやウェスのようにミュージシャンとして完成された人たちの音楽とは限らない。たとえばキンクスの“ユー・リアリー・ガット・ミー”なんかも、同じような価値を持っている。あの曲は世に出て以来、たくさんの人たちが取り上げてきたけれど、キンクスのオリジナルの演奏の域に達しているものはない。なぜかと言えば、彼らの演奏には、あの曲を作った時に発見した真実があるからだと思うんだ。僕はそういう真実を見出す方法は無限にあると考えているし、常にそれを探っている。コード進行やものの考え方、共演するミュージシャンの中に、その瞬間でなければ二度と発見できない真実は何なのか、ということをね。あと、もうひとつ重要なのは、そうした音楽の価値を見出す聴衆の多くは、その音楽が作られた時には生まれていなかったということなんだ。だから、この音楽の価値を見出してくれる人が出てくる頃には、僕はもう死んでいるかもしれない(笑)」

 現に、パットの記念すべきソロ・デビュー・アルバム『ブライト・サイズ・ライフ』(1976年)は近年、スミソニアン大学で〈20世紀に作られた最も影響力のあるジャズ・アルバム20枚〉のうちの1枚に選ばれたが、この画期的なアルバムも、発売以後少なくとも20年以上は、ほとんど顧みられることがなかったという。制作時には可能な限り最高の、真実味のある作品を作ろうと努力していたに違いないにもかかわらず、である。

 

 アルバムに話を戻すと、今回はパットの音楽ではお馴染みのグレゴア・マレ(ハーモニカ)や、「やることなすこと全てがピタリとハマる」と絶賛するルイス・コンテ(パーカッション)に加えて、ミシェル・ンデゲオチェロがゲスト参加している。ミシェルは人種差別や虐げられた女性、人間関係における様々なトラブルといった社会の暗部を、ある時は歯に衣着せぬ表現で、またある時は痛烈な皮肉をこめて歌にしてきたが、新作の『フロム・ディス・プレイス』では、あたかも讃美歌のように、包み込むような優しい歌を聴かせている。「あの曲を書いた時にはもう、これを歌うのは彼女しかいない、あの曲で僕が言いたいことを理解してくれるのは彼女しかいないと思ったんだ。彼女に歌ってもらえなければ、録音もしなかっただろう。僕は彼女が世に出て以来の大ファンで、本物のアーティストだと思っている。それに加えて、これはあまり知られていないのかもしれないけれど、僕はずっと前から、彼女が歴史を通じて最も偉大なバラード・シンガーのひとりだと思っているんだ。彼女はメロディの歌い方が素晴らしいからね。僕にとってメロディはものすごく重要で、そのことを理解してくれるミュージシャンはなかなかいない。彼女は、歌ってほしいと僕に声をかけられてびっくりしていたけれど(笑)、僕は〈君は自分がどれほど歌うことに長けているか、わかっていない〉と言って、お願いしたんだ。バラードは彼女がこれまでにあまり追求してこなかった分野だろうから、今後は彼女と一緒にもっとやりたいと思っているよ」

 メロディと言えば、パットは1年半ほど前に開催された、神経科学学会の会合で基調講演を行った後のスペシャル対談で、ハーモニーやリズムは学問的解釈が可能なのに対して、メロディには理解不能な部分があると語っている(その模様の動画は、彼のウェブサイトで閲覧できる)。

 「メロディというのは、音楽の中でも分析を拒む部分なんだ。そこがまた面白いところなんだけれどね。あるフレーズがなぜメロディアスなのかは、音程の使い方やコード・トーンの扱いといった点から分析可能だけれど、メロディアスなフレーズを作る方法は分析できない。今のジャズでは、メロディアスなプレイというのは流行から外れているみたいだけれどね(笑)。若い連中はプレイヤーとしては素晴らしいけれど、僕は演奏を聴いて5分も経つともう、どんな内容だったか全く憶えていない。なぜかはわからないけれど、素晴らしい演奏だと思ったのは間違いないのに、内容が全く記憶に残らないんだ。その理由は多分、今話したメロディの〈謎〉と深く関係しているんだと思う。あとは、さっき話した〈真実〉とも関わっているのかもしれない。何が真実で何が真実じゃないのか、区別するのは難しいけれどね(笑)。かなり謎めいた話だけれど、僕としては謎は謎として、わからないままにしておくのも良いんじゃないかと思っているんだ」

 


Pat Metheny(パット・メセニー)
1954年8月12日カンザス・シティ生まれ。13歳から独学でギターを始め、72年にゲイリー・バートンの推薦でジャズ系最大権威の、バークリー音楽院の講師を18歳の若さで努めた。その後ゲイリー・バートンのグループで活躍、75年に初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』でソロ・キャリアをスタート。77年には、ソングライティングのパートナーとして長きに渡り一緒に活躍することになる、キーボードのライル・メイズと出会い、〈パット・メセニー・グループ〉を結成、数多くのヒット作を生み出し、94年リリースの『ウィ・リヴ・ヒア』が全世界的ヒット・アルバムとなった。2002年2月、新生パット・メセニー・グループには、アントニオ・サンチェス(ドラムス)、リチャード・ボナ(ヴォーカル/パーカッション)、クォン・ヴー(トランペット/ヴォーカル)が新メンバーとして加わり、アルバム『スピーキング・オブ・ナウ』を発売。その後もソロ名義の『ワン・クワイエット・ナイト』、グループ名義の『ザ・ウェイ・アップ』をリリースしファンの熱い支持を集めた。幅広い音楽性を内包する現代ジャズ・ギターの最高峰。