アナログ盤に特化した専門店〈TOWER VINYL SHINJUKU〉。タワーレコード新宿店10階というロケーションで、都心を一望できる眺めのよさも売りの一つです。
そんな同店のスタッフがお客様におすすめしたい〈太鼓盤〉をご紹介するこの連載、今回はヴェテランの矢藤一夫さんに話を訊きました。まさに人生の物語が溝に刻まれた5枚の盤。ぜひ最後の素敵なエピソードまでお楽しみください。
――まず、矢藤さんの経歴を教えてもらえますか?
「僕はやたら長くて(笑)。ここで9店舗目です。もともと大学生の頃は地元の小さいレコード店でバイトしていました。その後、大学卒業後の就職先を半年で辞めて、ちょうど募集があった広島店で働きはじめたんです。
当時は接客もみんな下手で(笑)。ただ、店員は音楽マニアばかりが集まっていたので、〈訊いたらなんでも答えてくれるな、この人たち〉って思っていました。だから、働くにしてもハードルが高かったんです」
――どんな音楽がお好きなんですか?
「学生時代の友だちからの影響もあって、いろいろなジャンルを聴きます。お金がなかったので、中古屋さんで売ってはまた買う、という感じで(笑)。
友人はまあまあお金があったので、上から目線で〈お前こんなのも知らないの?〉って僕に聴かせてきたり。それから対抗戦のように〈今日はこんなの買ってきたぜ〉なんてやりあって。それが高じていろいろ聴くようになりました」
――僕も似たような経験があるのでわかります。
「あと、家が商売をやっていてずっとAMラジオがかかっている環境で育ったので、自分の根っこにはいまもどこかに昭和歌謡があるんですよね。それも含めて、ジャンルはごちゃまぜ。苦手なものなく聴けます。あとは9店舗も働いているので、全ジャンルを担当したと思います」
――それはすごい!
「自分が勉強していないと、お客様に訊かれたときに答えられないんです。担当ジャンルを研究していくなかで好きになっていった感覚ですが、やっぱりタワーレコードで働く前に聴いたり買ったりしたものが根底にあります。今日ご紹介するのは再発が中心ですが、僕が何回も聴いたものです」
――では、矢藤さんの愛聴盤を教えてもらいましょう。1枚目はネッド・ドヒニーの『Life After Romance』(88年)。こちらは初のアナログ・リイシューだとか。
「これは僕がちょうど大学に入った頃の作品です。お金がなかったこともあって何回も聴いていたので、愛聴盤の一つです。
働いていたCD店の店長がよくかけていたんですが、流行りの洋楽と比べて〈大人だなあ〉と。そのお店はタワーレコードから歩いて10分くらいのところにあったんです。小さいお店ながら対抗しようとしたのか、ネッド・ドヒニーや山下達郎さんといった、いまで言うシティ・ポップ系の盤をかけていて。それは刷り込まれています」
――ネッド・ドヒニーは再評価著しいですね。
「当時海外ではまったくウケていなかったらしいんですが、いまでは〈ヨット・ロック〉といった名前が付けられて。ただ、日本でもごく一部のリスナーに聴かれていた感じでした。だから、ここ最近で本当に評価がグッと上がりましたね。有名な『Hard Candy』(76年)の中古盤はTOWER VINYLがオープンしてから何回か入ってきましたが、毎回速攻で売れました」
――へー! このレコードには名曲“Whatcha Gonna Do For Me”が入っているんですね。矢藤さんは彼の音楽のどこが好きなんですか?
「声の甘さとシンガー・ソングライター的なところでしょうか。“Whatcha Gonna Do For Me”のようにファンキーな曲もいいんですが、純粋にバラードがいいなあと思います。帯に書いてあるように〈ロマンティック〉という言葉がぴったりなアーティストで、聴いていて癒されますね」
――2枚目はCSNことクロスビー、スティルス&ナッシュの『Crosby, Stills & Nash』(69年)です。
「ちょうど〈ウッドストック・フェスティバル〉の50周年キャンペーンがあって、映画のサウンドトラックと〈サマー・オブ・69〉というシリーズの再発がありました。これはそのなかの一枚ですね。
これを聴いたきっかけは、僕が木造の安いアパートに一人暮らしをしていた頃のことです。そこで洗濯をしていたときにラジオから“Wooden Ships”が流れてきて、ちょうど夕日がバーッて差し込んできたんです。その瞬間〈沁みるな~!〉って(笑)。
それでもう、名前をパッとメモって中古レコード屋さんに探しに行ったら、ちょうどこの盤があったんですよ。それで買って、よく聴いていました。
土臭い音楽っていうのはまだ自分には早いなって思っていたんですけど、こういうのもいいなと思いはじめたきっかけの一枚ですね」
――ニール・ヤングが参加した次作『Déjà Vu』(70年)ではなくこっち、というのが渋くていいですね。僕も好きな作品です。
「そうですね。ここから『Déjà Vu』やバッファロー・スプリングフィールドを聴くようになりました。何十年も前にこれほど完成された音楽があったんだなっていう感動がありますね」
――レコードとの出会いに物語がありますね。
「当時流行っていたユニコーンやBOØWY、レベッカのCDを売って、これを買ったんです(笑)」
――その選択と決断はすごい(笑)!
「バイト先の店長さんに〈こういうのも聴くようになったんだねえ〉って驚かれたのは覚えていますね。20代前半にそういう出会いがあってよかったなって思います」
――確かに、そのタイミングで聴かないと一生聴かない音楽ってあるかも。最近、ボーイジーニアス(ジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ&ルーシー・デイカス)がジャケットでCSNにオマージュを捧げていて、アメリカ音楽が連綿と続いているのを感じます。さて、次は7インチ・シングルですね。
「これはタワーレコードが徳間ジャパンと組んで、自主的に再発したスクーターズの『東京ディスコナイト/恋のバカンス』(83年)です。
20代前半は渋谷系がまあまあ流行っていた時代で、フリッパーズ・ギターがデビューする頃、バイト先の店長さんに〈矢藤くん、この人たち売れると思う?〉って訊かれたのをよく覚えています。
スクーターズは元ピチカート・ファイヴの小西康陽さんが何かの記事でコメントしていたのを見て知りました。デザイナーの信藤三雄さんのグループで、演奏がむちゃくちゃ上手いわけではないんですが、味があります。60年代の日本の音楽の良さと、フィル・スペクター・サウンドやガール・ポップがミックスされているというか。芸術的な人たちはやることが違うなと思いました。
20代前半くらいに聴いた特に思い出深いものがちょうど再発されたので、この3枚を選んでみました」
――レコードから矢藤さんの人生の物語が聴こえてくるかのようです。あとの2枚は?
「あとは中古のプレミア盤。こちらはザ・キングトーンズ&マリエ『RESURRECT(銀河からの帰還)』(78年)です」
――山下達郎さんが3曲を提供している隠れ名盤。ザ・キングトーンズは2月にリーダーの内田正人さんが亡くなったばかりですね。
「ザ・キングトーンズは“グッド・ナイト・ベイビー”というドゥーワップが代表曲で、TVでその曲を歌っていた印象しかなかったんです。
学生時代に働いていたお店の店長は山下達郎さんのことが大好きで、当時の僕はそこまで興味がなかったんですが、店であまりにも聴かされるので刷り込まれて(笑)。達郎さんの『JOY』(89年)というライヴ・アルバムに入っている“LET'S DANCE BABY”はザ・キングトーンズへの提供曲のセルフ・カヴァーなんだと教えてもらい、まずは達郎さん関係の作品を聴いてみようというところから始まって、このアルバムに行き当たりました。
いまではCDで聴けますけど、もともとアナログで発売されたものなので、これはレコードで聴きたいですね。見本盤で、ジャケットも綺麗です。達郎さん関係はいろいろと紹介したかったんですけど、いま在庫があるのはこれ。ブームだから、〈達郎さん〉というだけですぐに売れますね」
――矢藤さんが山下達郎ワークスで好きなのはなんですか? もしTOWER VINYLに在庫があったら紹介したかった盤は?
「うーん……難しいですね。また聴きたいなあって何度も思えるのは、フランク永井さんの“WOMAN”(82年)でしょうか。それ以前のムード歌謡みたいな感じと違い、リアルタイムで聴いた“WOMAN”はポップスに近い音で、だいぶ毛色が違ったんです。達郎さんが作詞作曲をされているのは後から知りました」
――最後はパット・メセニー・グループ『Live In Concert』(77年)です。
「また音楽性が全然違うんですが、20代の頃にめちゃくちゃ聴いていたアーティストです。ちょうどユーミンが『オールナイトニッポン』で紹介して人気が出た頃で、店頭でも必ずかけていました。これはそれよりも前の時代、ECMでの作品で、CDになっていないものです※」
――ECMのロゴが古いですね。
「パット・メセニー・グループは僕も中古盤を探しまくったんですが、いまだにあんまり中古盤で出てこないんですよね。特にECMの頃の作品は本当に好きな方が聴いている印象で、あんまり手放さないのかも。
実は、さっきお話ししたのとはまた別の友だちが大学の頃にいて、そいつは呉市から来ていたんです」
――「この世界の片隅に」の。
「そうです。〈一人暮らしがうらやましい〉って言っていた彼と家族向けのマンションを2人で借りることになり、ふすまで仕切って〈ここからここが俺の部屋な〉とか言って共同生活を始めて」
――(笑)。
「そいつとは音楽の趣味が全然合わなくて。彼はフュージョンのドラムを叩きたいってやつで、僕が寝たいときに限って、ヘッドホンを付けてT-SQUAREやカシオペアのコピーをパタパタとやりはじめるんです(笑)。そいつが先輩に借りてきたもののなかにパット・メセニー・グループのレコードがあった。それを、彼が聴く前に僕が〈貸して〉って言って聴いたんです。
最初は〈BGMみたいなのを聴いて何がいいの?〉って思っていて、歌が入ってない音楽のよさがわからなかったんです。でもその友だちに教わりながら、メロディーがいいとか、ギターやドラムのテクニックがすごいとか、目に見えないものを音を聴いて感じる、ということが少しずつわかってきた。なので、パット・メセニー・グループはジャズやフュージョンを聴くきっかけになったアーティストなんです」
――矢藤さんのパーソナルな思い入れを強く感じる5枚ですね。
「そうですね。アーティストについて質問されたとき、お客さんにもこの先ずっとそのアーティストにハマって聴いてほしいという思いがあるんです。接客はいつも頑張っていますね(笑)」
――すばらしいですね。店員の鑑!
「TOWER VINYLは、いままででいちばん外国の方と触れ合う機会が多くて、心に残るような接客が増えました。
先日、ご夫婦とお子さん3人連れの、海外からのお客様がいて。お子さんが店内を走り回っていたので気にしていたんですが、奥様がなぜか僕をじっと見ていて、お金をこう、下のほうで持ってこっちに見せるんです。なんだろう、危ない話だったらどうしようって思って(笑)」
――怖いですね(笑)。
「よく見ると、TOWER VINYLのトートバッグを持って僕にサインを送っているんです。〈彼に黙ってプレゼントしたいから、ラッピングしてほしい〉ということでした。旦那さんがレコードを観ている間、包装や会計を2人だけでこそこそとやって。〈粋なことするなあ〉って思いましたね。
旦那さんは普通にレコードを購入されて、3人はエレベーターで帰ったんです。しばらくしてプレゼント受け取った旦那さんが、彼も奥様に何か返したいって戻ってきたんです」
――(笑)。
「旦那さんはTOWER VINYLのTシャツを買っていったので、結局プレゼント交換になった。なんて心温まる接客をしたんだろうと思って、こちらもいい気持ちを味わわせてもらって。レコードや音楽を通じた結びつきというか、そんなエピソードがありましたね」
――TOWER VINYLというリアルなお店ならではの、いいお話ですね。
「20代の貧乏な頃の体験があってこそ当時聴いた音楽が自分のなかに残っているので、そういう一期一会をお客様にも体験してほしいなと思います」
INFORMATION
TOWER VINYL SHINJUKU
東京都新宿区新宿3-37-1 フラッグス10F
営業時間:11:00~23:00
定休日:不定休(フラッグスの休業日に準じる)
電話番号:03-5360-7811