天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。毎週この話題ですけど、新型コロナウイルス感染症の拡大が止まりません。さまざまな産業、企業がダメージを受けていますが、音楽の世界も本当に大変なことになっていますね」
田中亮太「海外の音楽メディアを見ると、その話題で一色ですからね。いまBillboardのウェブサイトを開くと、トップに〈CORONAVIRUS〉というコーナーがどーんと出てきます。アメリカ最大のフェスの一つ〈コーチェラ〉は、開催を10月に延期すると発表しました。その〈コーチェラ〉を運営するAEG、そしてLive Nationという世界最大手プロモーターの2社は、3月末までのアリーナ・ツアーの中止を発表し、〈3月中の大規模イベントはすべて延期したほうがよい〉と勧告。すごいことになってきました」
天野「いちばん辛かったのは、〈SXSW〉が中止になり、スタッフの約3分の1を解雇した、というニュースです。今後こうしたことが他の企業でも行われていくとしたら……と考えると、恐ろしくて。ただ、日本国内でもアーティストたちがライブ配信を盛んに行うなど、ポジティヴな動きも見られます」
田中「なんとかこの難局を乗り切りたいですね……。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
1. Demi Lovato “I Love Me”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉は、デミ・ロヴァートの“I Love Me”! 彼女は今年のグラミー賞でのパフォーマンスがめちゃくちゃ素晴らしかったですね」
田中「僕も号泣しちゃいましたよ。グラミーでの歌唱がなぜ感動的だったかを説明するために、まずは彼女のキャリアを振り返っておきましょう。ロヴァ―トは、もともとディズニー・チャンネルなどに出演していたティーン・アイドルの時代を経て歌手になったんですが、10代の頃にいじめを受けていた結果、摂食障害やうつ病を患い、ドラッグにも手を出すようになります。2010年にリハビリ施設に入ったものの、以降も彼女はアルコールと薬物への依存に悩まされ続けていました。そして、2018年にオピオイドの過剰摂取により自宅で意識不明になり、病院に緊急搬送。以降は治療とリハビリに努め、再起のパフォーマンスが件のグラミーの舞台だったわけです」
天野「この“I Love Me”は、グラミーで歌われた“Anyone”に続く復帰第2弾シングル。 “Anyone”は救いの手を求める心境を歌いあげた美しいバラードでしたが、今回の楽曲はパワフルなポップ・ナンバーですね。軽やかでキュートなパートと、エモくてアンセミックなパートが交互に繰り返されていく構成も最高です」
田中「過食や自傷行為に悩んでいた過去をリリックに差し込みつつ、重たくなりすぎないライトなタッチで描かれていることに、彼女の成長が窺えます。コーラスでは〈いつか自分を愛せるようになるのかな〉と繰り返したうえで、終盤では〈私は10点中の10点 そう思えないときだってね〉と断言するところがとてもエモーショナル。自信をなくしていたり、自分を愛せなくなっていたりする多くの人を勇気づけてくれる楽曲だと思います!」
2. Lil Yachty & DaBaby feat. Drake “Oprah’s Bank Account”
天野「2位はリル・ヨッティ、ダベイビー、ドレイクという、ラップ・スター3人による“Oprah’s Bank Account”。今週いちばん話題になっていた曲だと言っていいでしょう! 組み合わせもすごいけど、〈オプラ・ウィンフリーの銀行口座〉って曲名もすごい(笑)」
田中「日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、オプラは看板番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』というトーク・ショーで有名な司会者で、アメリカで一二を争うセレブ。なので、ラップのリリックにもたまに出てきます。ラプソディ(Rapsody)には“Oprah”(2019年)という、そのものずばりな曲がありますね。この曲では、〈君はオプラの銀行口座くらい素晴らしいよ〉というフレーズなどで言及されています」
天野「身も蓋もない歌詞(笑)! さすがリル・ヨッティです。ドレイクやダベイビーはこの連載で何度も登場していますが、リル・ヨッティは意外にも初登場。なので、ちょっと説明します。彼は97年生まれ、いまやラップの聖地となった米ジョージア州アトランタのラッパーで、2016年に発表したミックステープ『Lil Boat』で一躍有名に。SoundCloudやミックステープといった、フリーのプラットフォームにおけるゲームの勝者としては、結構最後のほうの世代というか。彼のチルでふわふわとしたトラップ・サウンドや、〈マンブル・ラップ〉と呼ばれるむにゃむにゃとした発音のスタイルは、かなりユニーク。馬鹿にされがちですけど、意外と重要なアーティストだと思います。そんな彼のスタイルは、この曲でも存分に聴けるはず」
田中「彼が所属しているレーベルはアトランタのクォリティ・コントロール(Quality Control)ですね。ミーゴス(Migos)やリル・ベイビー(Lil Baby)がいることで有名です。ちなみにこの“Oprah’s Bank Account”は、ミュージック・ビデオがかなり楽しいので、ぜひ観てほしいです。〈Boprah〉に扮したヨッティがダベイビーとドレイクにインタビューしている、という映像で」
天野「〈売れるためにドレスなんか着やがって〉という、くだらない批判も多いようです。ヨッティは〈まあ、落ち着けよ〉と、気にも留めていないようですけど。まあ、服装倒錯の文脈もあるので、なんとも言えませんけどね……。この曲は新作『Lil Boat 3』に収録される、と噂されています」
3. The Killers “Caution”
天野「3位はキラーズの待望の新曲“Caution“です。めちゃくちゃ良い曲なので、これが〈SOTW〉でもいいくらい!」
田中「キラーズについては説明不要かもしれませんね。ネバダ州ラスベガス出身の4人組で、フロントマンはヴォーカリストのブランドン・フラワーズ。2003、2004年のデビュー当時はニューウェイヴ/ポスト・パンク・リヴァイヴァルの文脈から登場した印象でしたけど、ポップな曲とパワフルなライブ・パフォーマンスで、あっという間にアメリカを代表するスタジアム・バンドへと成長しました」
天野「日本にもファンは多いですよね。 “Mr. Brightside”(2003年)っていう、誰もが聴いたことのある名曲を彼らは持っていますし。音楽性は似ていませんが、あくまでロック・バンドとしてポップを志向しているという点では、1975の先輩と言えるかも。イギリスで人気があることも有名ですし、サム・フェンダーなんかはかなり影響を受けているんじゃないかな。で、この“Caution”は、6作目となるアルバム『Imploding The Mirage』からのシングル。超アップ・テンポだし、これは〈拳突き上げ系〉ですね」
田中「キラキラとしたギター・サウンド、シンプルで飾り気のないロック・ビートと親しみやすいメロディーを奏でるシンセサイザー……。いい意味で変わらない、一本筋がビシッと通ったバンドをそのまま表しているような曲。あいかわらずアメリカの夢とメランコリアを熱っぽく歌っています」
天野「この曲は、フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムがギター・ソロを弾いていることも話題ですね。なお新作のプロデュースは、キラーズ、売れっ子のショーン・エヴァレット、フォクシジェンのジョナサン・ラドという3者。さらにワイズ・ブラッド(Weyes Blood)、ウォー・オン・ドラッグスのアダム・グランデュシエル、k.d.・ラング、ブレイク・ミルズ、ルシウス(Lucius)らが参加しているんだとか。なんだかすごいアルバムになっていそう!」
4. Yaeji “WAKING UP DOWN”
天野「イエジの“WAKING UP DOWN”が4位。彼女は韓国のソウル出身で、現在はNYを拠点に活動しているプロデューサー/DJです。この曲は、4月2日(木)にリリースされるミックステープ『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』からのリード・シングル。同作はなんとUKの名門レーベル、XLからリリースされます」
田中「イエジは日本でも人気が高く、昨年は〈フジロック〉にも出演していました。〈フジ〉で彼女を観たときは、DJとライブの中間といったパフォーマンスで、ブースから前に出てきてマイクを持って歌ったりラップしたりする時間がかなり長かった記憶が。その時点で、今後はいっそうアーティストとして自己の表現を磨いていくのかなと思ったんですが、“WAKING UP DOWN”を聴いて、その予想はあながち間違いではなかったのかな……と」
天野「キュートで独特の浮遊感があるダンス・サウンドは彼女らしい感じ。でも、いつになく太いベースが強調されていて、シリアスなムードも。〈起きて/料理して/リストを作ってチェックして〉という英語のリリックと、〈簡単じゃない/だるいときは〉という韓国語のリリックが、交互に歌われるのもいいですね。26歳のイエジのリアリティーというか、成長や大人になることの痛みや不安感も滲んでいます」
田中「大人になっても朝起きるのは辛いですけどね。それにしても、彼女が親交の深い世界中のコラボレーターと作り上げたという『WHAT WE DREW 우리가 그려왔던』は楽しみです。東京で活動するソウル生まれのクリエイター、YonYonも参加していますよ!」
5. Sarah Roston “Eu Incomodo (I Bother)”
天野「最後はサラ・ロストンの“Eu Incomodo (I Bother)”。ブラジル人シンガーのデビュー曲です。彼女については、あんまり情報がないんですよね。このインタビューを読むと、サンパウロを拠点にしていて、オルケスタ・ジャバクアラ(Orquestra Jabaquara)というポップなビッグバンドにも参加しているようです」
田中「へえ~。確かにInstagramのフォロワーもまだ5,700人と多くないですもんね。〈PSN〉はやはり〈ポップ〉という観点を重視しているので、どちらかといえば話題曲を優先的に掲載しがちなんですが、そのうえでまだ無名と言っていいような彼女のこの曲をチョイスした理由といえば……」
天野「サウンドがフレッシュだったからにほかなりません! この曲はサンバやレゲトン、ダンスホールの要素をミックスしていて、ラテン・アーバン・ミュージックが存在感を増す現在のポップの中心地に、ブラジルからアプローチした曲だと言えるのかな。プロデュースを手掛けたのは映画『シティ・オブ・ゴッド』(2002年)の音楽を担当したことでも知られるヴェテラン、エド・コルテス(Ed Côrtes)。彼女とコルテスのタッグは、今後も注目していきたいですね。この曲から幕を開けるデビューEP『Eu Incomodo (I Bother)』、ぜひ聴いてください!」