テクノロジーの進歩で視野が狭められ、情報過多に囲い込まれて気が散る時代――さらに洗練された美しい音で帰ってきたサンダーキャットは何を歌いかける?
気が散ること
10代からベーシストとして偉業を成し遂げてきたサンダーキャット。自身のアルバムを初めて出したのが2011年で、以来、ブレインフィーダーとの関係やその主宰者で親友のフライング・ロータスとの蜜月は続行中だ。もちろん音楽に打ち込む姿勢も変わらない。そうしたなかでもソロ・アーティストとしてのキャリアを大きく前進させたのが、2017年の3作目『Drunk』だろう。ケンドリック・ラマーとのコラボのほか、ケニー・ロギンスやマイケル・マクドナルドとの共演でヨット・ロック的な文脈でも評価された同作では、6弦ベースを弾くプレイヤーとしての矜持を保ちつつ、滑らかなハイトーンの美声で歌うシンガーとしての評価も確立。以降は最前線のアーティストたちとのフィールドを跨いだ共演が以前にも増して活発になり、2020年作『It Is What It Is』でも複数のゲストとのコラボが話題になった。シルク・ソニックのアルバムにブーツィー・コリンズと客演したのも語り草だ。
その後もゴリラズから昨年のレミ・ウルフとの共演までコラボは続いていたが、今回5枚目のフル・アルバムとなる『Distracted』を発表するまでには6年ものブランクが空いた。本人によれば前作の後にいくつかの感情的な出来事があり、自分自身と向き合う時間が必要だったという。とはいえ、新作にはテーム・インパラとのトリッピーなヨット・ロックとでも言うべき2023年のシングル“No More Lies”を収録しており、その時点でアルバムに向けて制作を始めていたのだろう。
酒をやめて菜食メインの食生活にするなど生活習慣も改めたそうで、そのせいか風貌もどこか精悍に。そんな彼が新作『Distracted』でテーマにしたのは、表題で謳うように〈気が散ること〉。具体的には、情報過多の時代、同時にあらゆることが起きて物事がはっきりと見えなくなる状態。テクノロジーが進歩したことで却って視野が狭まり、すれ違いが起きること。そのテーマに近い曲として、リル・ヨッティを招いた先行シングル“I Did This To Myself”がある。滑らかな運指でベースがグルーヴするこれは、女性の気を引こうとするもSNSを更新するのに忙しい派手好きな彼女に軽くあしらわれ、でも、これも自分の行動が原因なのだとやるせない気分になる歌だ。ただ、こうした感情を抱くことはマイナスではなく、その結果、集中できたり、癒しにもなると彼は言う。思えば『Drunk』や『It Is What It Is』もネガティヴと思えるテーマを掲げながら音楽で癒しに導くような作品だった。
複数のゲストを迎え、ジャズやヒップホップのマナーでヨット・ロックを捉え直してキャッチーに展開したような新作の作風も『Drunk』以降の感覚が強い。とはいえ、フライング・ロータスと組みつつも、メイン・プロデューサーにグレッグ・カースティンを迎えて制作環境を変えたのは新たな未来へと向かう意気込みを感じさせる。アデル“Hello”などを手掛けたことで知られるポップス界の名匠との親密な共同作業によって、音楽的な自由度はさらにアップした印象だ。グレッグとは、年齢こそ違うが、LAで似た環境で音楽をやり、共通の友人がいることから意気投合。ゲストも含めて、「俺はただ友達と一緒に仕事をする機会を楽しんでいるだけ」とサンダーキャットは話す。
