アーノンクール生誕90年記念~つねに音楽の本質とは何かを探求し続けたアーノンクールの遺作
指揮者アーノンクールが亡くなって3年経った。生きていたら90歳。それを記念した2枚のディスクがリリースされる。これらは、CD61枚組の輸入盤BOX『ザ・コンプリート・ソニー・レコーディングズ』に初出音源として入っていたもの。ようやく国内盤のみ、単発で発売となったのだ。両者とも2007年の録音。
NIKOLAUS HARNONCOURT J.S.バッハ:カンタータ第26番、第36番&第140番 Sony Classical(2019)
一枚目はバッハのカンタータ集(第26番/第36番/第104番)。アーノンクールには、レオンハルトと共同で作り上げた世界初のカンタータ全集録音(1971~1989)がある。かつての録音と比べると、表現がぐんと濃くなり、旋律やリズムが波打つような抑揚を帯び、じつにエモーショナルだ。長らく歩みを共にしてきたウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの腕前も段違いに向上、響きを綿密に絡ませ合うアンサンブルは官能的ですらある。
言葉がそのまま音楽に、音楽も言葉のように雄弁に。この指揮者が長年に渡って追求してきた、声楽と器楽による一体化が、まばゆいばかりに現実となった演奏でもある。
NIKOLAUS HARNONCOURT ベートーヴェン:オラトリオ「オリーヴ山上のキリスト」 Sony Classical(2019)
もう一枚は、ベートーヴェンのオラトリオ《オリーヴ山上のキリスト》。オラトリオと銘打ちつつ、オペラのようなドラマティックな歌唱が要求され、この作曲家ならでは、暑苦しいほどの真面目一本槍なところも。中途半端にお行儀のいい演奏では、いささか凡庸な作品にも聴こえてしまいがちだ。
こういう曲こそ、アーノンクールの出番。真面目さを通り越し、狂気さえはらむ解釈が生き生きと輝く。強烈に叩きつけられる金管、地獄が語られるときのトーン・クラスターを思わせる衝撃など、雄弁な表現の連続だ。それでいて、声部の処理など手際がよく、作曲家のオーケストレーションの見事さも浮き彫りに。楽聖唯一のオラトリオなのにあまり演奏されないこの大作は、みるみるうちに生気を帯び、ギラギラと力強いコーダを築くのだった。こりゃ傑作だ。