(C)Marco Borggreve
 

巨匠最後の録音は、いつも以上にエネルギッシュで過激で挑発的

 2015年12月5日、アーノンクールの突然の引退声明は世界の音楽ファンに衝撃を与えた。この録音は当初、手兵ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスとの初めての「ベートーヴェン:交響曲全集」の第1弾となる予定だったが、巨匠最後の録音となってしまった。従って、ここには惜別の感情などどこにもない。あるのはいつも通り、いやいつも以上にエネルギッシュで過激で挑発的な彼の姿である。

NIKOLAUS HARNONCOURT,VIENNA CONCENTUS MUSICUS ベートーヴェン:交響曲第4番&第5番「運命」 Sony Classical(2016)

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 プログラム冒頭に交響曲第4番を据えた彼は「ずっと過小評価され続けてきている」「聴衆に真の意味で理解されなかった」(「」内はアーノンクール著、寺西肇訳によるライナーノーツより、以下同)この交響曲の再評価を問いかける。第1楽章序奏部のゆったりしたテンポと緊張感は「カオスの描写」のようにものものしく、古楽器による多彩な音色とふっくらとしたハーモニーがベートーヴェンの「音楽的な知識と理解」を印象づける。主部の堰を切ったようなエネルギーの奔流と牧歌的な光景の交錯は「《モルダウ》の先駆」のような作品の特質を明らかにする。第2楽章は先に上げた古楽器の響きの魅力に豊かな歌心が加わり実に美しい。第3楽章は、第1楽章でも見られたリズムのアクセント変更が刺激的かつ効果的。終楽章では勢いのある音楽の流れの中で、曲想変化の多様さを巧みに示し、この作品が「思いもよらないほど、多彩な連想や概念をもたらせてくれる」ことを証明して見せている。

 交響曲第5番では終楽章が注目だ。彼はこの作品の核心を「第4楽章で突如としてハ長調が噴出する」こととし、この楽章で初めて導入されるトロンボーン、ピッコロなどの屋外演奏用の楽器が「解放への行動」を表すと主張。演奏でもこれらの楽器が嚠喨と吹き鳴らされ「解放」のイメージを強調する。ラストの「フォルテの塊」の連続では凄まじいばかりの表現が炸裂するが、具体的方法については聴いてからのお楽しみとしておこう。

ニコラウス・アーノンクールとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるベートーヴェン〈交響曲第5番〉、2011年のパフォーマンス映像