いくつものトラブルを乗り越えた音楽の魔法
80年代後半から、〈オルタナティヴ・カントリー〉と称されるようになるジャンルを牽引したアンクル・テュペロのメンバーとして活動し、解散後はウィルコのフロントマンとして現在にいたるまで30年以上の活動歴を持つ、ジェフ・トゥイーディーの自伝である。トゥイーディーは、自身のバンド、ウィルコをグラミー賞バンドにし、同郷シカゴの国民的グループである、〈ステイプル・シンガーズ〉のメイヴィス・ステイプルズとコラボレーションを行なうなど(先ごろ共作による新型コロナウイルスの被害による高齢者支援のためのチャリティ・ソングをリリースしたばかりでもある)、米国のみならず世界的な名声を獲得したミュージシャンでもある。もちろん(こういうのも変な言い方だが)、この自伝がそんな彼の輝かしい成功譚をただ書き下ろしただけのものであるはずはない。
本書の原題である〈さあ、行こう(そうすれば戻ってこられる):ウィルコその他との録音と不和の回想録〉は、その長きにわたる活動が、けして順調なものではなかったということを端的に示している。たしかに、アンクル・テュペロでのジェイ・ファラーとの決別があり、ウィルコも幾多のメンバー交代や、バンドのマルチ・プレイヤー、ジェイ・ベネットとの確執と離脱、レーベルからの契約解除、そして自身のドラッグ中毒といった、いくつもの苦難がここには記されている。タイトルは、彼の父親の口癖であった言葉だそうで、それは自身の〈快適な領域〉から一歩足を踏み出すための掛け声のようなものである。私たちは、つい居心地の良さを失うことを恐れてしまうものだが、一歩を踏み出すその気概さえあれば、また自分の〈快適な領域〉に戻ってこられる。そうすることで、戻ってきた〈快適な領域〉は、踏み出す前とは違っていることだろう。そのようにして、バンドはノンサッチに移籍し、未発表となっていた『Yankee Hotel Foxtrot』(2002年)がリリースされ、それはバンド史上最高のヒットとなり、『A Ghost Is Born』(2004年)ではグラミー賞2部門を受賞し、2011年には自身のレーベル〈dBpm〉を立ち上げた。
もちろん、それだけではなく、トゥイーディーの個人的な音楽聴取遍歴や、インスピレーションをどうやって得るのか、といったことを垣間見ることができる。それらこそが、いくつものトラブルを乗り越えさせてきた、音楽の魔法なのだろう。そして、それを支えてきたものが彼の妻であり、子どもたちである、ということがとてもよくわかる。妻や子どもたちが彼について話すのがとてもいい。それが彼が30年以上にわたって、どんな出来事があったとしても、一線で活躍し続けている理由なのかもしれない。