©Peter Crosby

米オルタナ・カントリーの雄が、ケイト・ル・ボンの魔法に導かれて、新作を完成! 実験精神を刺激された6人は、久しぶりに尖った音を鳴らしていて……

 ウィルコの新作をケイト・ル・ボンがプロデュース――そんなニュースに心を躍らせた人も多いのではないだろうか。ケイト・ル・ボンとはウェールズ出身でこれまでにアルバム6作を発表しているシンガー・ソングライター。オペラや声楽を感じさせる唱法、突拍子もない展開の構成、少しカンタベリー系を思わせる曲調、なのにオーセンティックなシンガー・ソングライターの歴史をしっかり継承している音楽性で高い評価を得ている。メキシカン・サマーからリリースされた前作『Reward』(2019年)と最新作『Pompeii』(2022年)は共にPitchforkの〈Best New Music〉を獲得した。

 そんなケイトは近年はプロデューサーとしても引く手数多。ディアハンター『Why Hasn’t Everything Already Disappeared?』(2019年)、ジョン・グラント『Boy From Michigan』(2021年)、カート・ヴァイル『(watch my moves)』(2022年)などを立て続けに手掛けているが、彼女自身がLAに移住してアクセスも良くなったからか、ついに大御所、ウィルコの新作を担う大役を得たのである。ジェフ・トゥイーディーは以前からケイトに〈現在音楽を作っているなかで最高の一人〉とラヴコールを送っており、2019年に開催されたウィルコ主宰のフェス〈Solid Sound Festival〉に彼女も出演していた。

 ウィルコがプロデューサーを起用することは実はとても珍しい。現在のバンドの下地となった出世作『Yankee Hotel Foxtrot』(2002年)をジム・オルークが手掛けたことは有名だし、以降、しばらくの間は彼と蜜月だったが、近年はエンジニアのトム・シックこそ長く制作を共にしてきているものの、外部に制作を委ねることはないままだった。それだけにウィルコのニュー・アルバム『Cousin』をケイトがプロデュースするというニュースはリスナーを大いに驚かせるものでもあったのだ。

WILCO 『Cousin』 Legacy/ソニー(2023)

 結論から書いてしまうと、久しぶりにエッジーなウィルコが戻ってきた、と言うべきだろうか。前作『Cruel Country』を筆頭に渋みを増したアコースティック・カントリーとも呼べるトーンの作品が近年は続いていたが、本作はちょっと違う。もちろん、特有のヒューマンな温もりがある曲が揃っているが、エクスペリメンタルなバンドの姿勢を伝える作品が久々に届いたと言っていい。そして、その引き金になったのがケイト・ル・ボンであることは明白だ。

 ウィルコの公式サイトには、〈Wilco Cousin. More than just the band’s 13th studio album, it’s a new member of the family〉と紹介されている。カズン……それは〈いとこ〉のこと。まるでケイトを新たなファミリーとして迎え、彼女からの刺激を受けて、みずからを研ぎ澄ませていることに興奮しているような息吹だ。何しろオープニング曲“Infinite Surprise”から背筋に冷たいものが走る。爆発音にも似た不穏なノイズと、時計のようなカウント音、このアルバムが何か緊張感のある状況を伝えているかのようだ。ケイトが曲を作った“Ten Dead”も不気味なムードを引き出した曲。先行曲である“Evicted”は一聴するとフォーキーで聴きやすいが、これを含むすべての曲で音が〈汚れている〉……もちろん悪い意味ではなく〈綺麗になりすぎないように〉している印象が強い。生暖かい空気をじわじわと切り裂いているようだ。その意味では、ロシアによるウクライナ侵攻を視野に入れて作られたような歌詞の“Soldier Child”が象徴的かもしれない。

 ジャケットには東京・南青山の花屋〈ジャルダン・デ・フルール〉の東信によるフラワー・アートを、椎木俊介が撮影した写真が使われている。確かに美しいが、どこか儚く身震いするような奇怪さも伝えるこの写真もまた、ウィルコがふたたびアグレッシヴで鋭利な側面を前面に出したことを伝えているのだろうか。それにしてもウィルコはリリースのペースが早い。30年ものキャリアを絶え間なく歩み続けるだけでも頭が下がるが、2020年代の彼らはなおも渇望しているように見える。

左から、ウィルコの2022年作『Cruel Country』、ジェフ・トゥイーディーの2021年作『Love Is The King』(共にdBpm)、ケイト・ル・ボンの2022年作『Pompeii』(Mexican Summer)、ジョン・グラントの2021年作『Boy From Michigan』(Bella Union)

 


LIVE INFORMATION
WILCO JAPAN TOUR 2024

2024年3月7日(木)東京・Zepp Haneda
2024年3月8日(金)大阪・なんばHatch