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自分で歌うレコードはいつか作りたいと思っていました

――今作はこれまでの小西さんのソロ作の中でも、とりわけ意味のある作品だと感じています。現在の、そしてこれからの小西さんの表現スタイルを明確にする作品ではないかと。そこでまずは、リリースの流れからお聞かせいただけますか?

「いつもPIZZICATO ONEの活動は〈受け身〉の理由なんです。最初は、ビクター内のレーベル(READYMADE V.I.C.)からソロ・アルバムを作ってほしいと頼まれました。でも、海外でのリリースもしたかったからユニバーサルと契約して、『11のとても悲しい歌』(2011年)をリリースした。

その次の5年前に出した『わたくしの二十世紀』(2015年)も、Billboard Liveからライブをやってほしいと頼まれたのがきっかけです。ライブのために譜面を起こすなら、それならいっそレコーディングしようってことになって作りました。

それで、また今回もBillboard Liveからライブのオファーがありまして。それならば、理想の編成で、ヴィブラフォンとギターを入れてやりたい。どうせならライブ・レコーディングもしたいと思って、そこからスタートしました」

――その個性的な編成もさることながら、小西さんが全曲ヴォーカルをとっている、というのが今作の大きな位置付けになるかと思います。これまでのライブでは西寺郷太さん、ミズノマリさんらがヴォーカリストで参加され、全曲を小西さんが歌うことはありませんでした。なぜ今回は全曲歌おうと思ったのでしょうか?

「自分で歌うレコードはいつか作りたいと思っていました。しかも、ライブなら、まあ、〈隠し芸〉としてやれるかなって(笑)。

それとヴィブラフォンとギターを入れた編成っていうのは、割と昔から理想としていたもので。そうだな、具体的に言うと……まあ、例えばティム・ハーディンの『Tim Hardin 3 Live In Concert』(68年)と同じ編成ではあるけど、あれはアンサンブルの中であまり効果的じゃない。なんとなく入れてみました、みたいな感じ。

それより77年に出たローラ・ニーロの『Season Of Lights... Laura Nyro In Concert』、あれはティム・ハーディンにも参加していたマイク・マイニエリがヴィブラフォンで、ギターがデヴィッド・スピノザで……あの方が大きいですね。

もっと言うと、ギター、ヴァイブ、ピアノという組み合わせは、古くはジョージ・シアリングがやっていて。あの3つ(の楽器)が揃えばなんでもできるかなって思っていて」

ローラ・ニーロの77年作『Season Of Lights... Laura Nyro In Concert』収録曲“Money”

――その編成なら歌える、と。

「そうですね。自分で歌うとなると、ダンサブルな音楽じゃなく、割と静かな、ゆったりとしたテンポのものになるかなと思っていたので。自分が作るレコードっていうのは、自分が家で聴きたいレコードなんですよ。だとしたら、好きな編成が一番いいかなと思って。

ただ、こういう編成で歌うアルバムをずっと前から作りたかったかっていえばどうかな……PIZZICATO FIVEの頃にはそもそも自分で歌いたいって気持ちもなかったですしね。まあ、中学生の頃にちょっとは歌いたいって気持ちもあったかもしれないけど(笑)……でも、そうだな、歌いたいと思ったのは割と最近のことかもしれないです」

――何かきっかけがあったのでしょうか?

「僕はやっぱり常に自分の発想の原点は、好きなレコードがあって、そのレコードみたいなのを自分でも作ってみたいっていうものなんですね。

今回だと、ソングライターの人が歌うレコードって割と好きで、下手でも味があるっていうのもあるし、めちゃくちゃ上手い人もいるし……いろいろありますが、自分でもそういうレコードを作りたいなっていうのがまずありました。

それと、何年か前に里帰りしたら、親に〈あんたが歌うレコードは作らないの? それが一番聴きたいんだけど〉って言われて(笑)。ウチの親も80~90代なので作ってあげたいなと思ってね。早速マスタリングした翌日に送りましたよ(笑)」

――なんとおっしゃってました?

「感想は聞いてないです(笑)。まず絶対最初にけなすんだろうな(笑)」

 

肩の力を抜いて聴けるような何か……サムシング・エルスがあればね

――前から好きだった〈ソングライターの人が歌うレコード〉を、今こそ自分でも作りたいと思うようになった背景には、どういう思いがそこにあったのでしょうか?

「もう10年くらい前になりますが、バート・バカラックのライブを観たんですね。しわがれた声で2、3曲だけ歌ったんです。それがすごく良くて。ちょうどその時のパンフレットに執筆して、バカラックに自分で歌うレコードを作ってくださいってメッセージを託したんですけど、あれから10年経っても全然作る様子もないし(笑)。バカラックって昔からちょっとだけ歌うんですよね。昔からあのしわがれ声で。あのライブを観たのもきっかけだったのかな……」

バート・バカラックのライブ映像

――小西さんもPIZZICATO FIVEの頃から、少しだけ歌っていましたよね。本当に少しだけ。あれは照れがあったからなのでしょうか?

「そうですね。なんかこう、自分の中のハードルが高かったというのもありました。

正直に言うと、歌にしてもベースを弾くことにしても、高校時代にもできていたことなんです。つまり、このくらいじゃダメだっていうことで、だからレコーディングではベースは自分で弾かなかった。歌にしても、こんなヴォーカルじゃレコードにしちゃいけないって思ってた。

でも、歳を重ねていって、こういうのがあってもいいんじゃないかって思えるようになったんでしょうね。正直、心境が変わったのかまだわからないところではあるんですけれども」

――好みの許容範囲が広がったと。

「それはあるかもしれない。実は今、久しぶりに自分の中でレコード・ブームなんです。家でレコードをすごい聴いてるし、すごいたくさんレコードを買っています。それで、そのほとんどが男性ヴォーカリストで、ほとんどが若者じゃない人なんですよ。

もっと言うと、シンガーであって、楽器を持たない人。フランク・シナトラとかに始まって、アンディ・ウィリアムスとか……そういう年配の歌を聴かせるレコードばかりを買って聴いているんです。だいたいテンポも遅いし、どれも似てるし(笑)。でも、すごくいいんですよ」

――エンターテイナーとも言えるような、いわゆるヴォーカル・ミュージック。トニー・ベネットとかもそうですよね。

「トニー・ベネットはその中でもギラギラしてますけどね(笑)。

僕、DJをやっているので、ネタとしてそういうアーティストのレコードを買ってきてはいたんです。ただ、コレクションも結構歯抜けで。今は、ネタじゃないレコードもたくさん買ってますね。

なんかね、単にいいなあって感じなんですよ。家でぼんやりしててただかけてて、ただいいなあって何十分の間思えるっていうね。自分のレコードもそういうものでありたいって思ったしね。肩の力を抜いて聴けるような何か……サムシング・エルスがあればね。

今月、エンゲルベルト・フンパーディンクのレコードを何枚か買いましたが、やっぱりいいんですよ。本人が選んでいるのかスタッフが選んでいるのかわからないけど、選曲もいい。

あとね、カントリー……エディ・アーノルドとかも今聴いていて。昔はたぶん一生聴かないと思っていましたが、今はど真ん中なんですよ。まだ最近聴き始めたばかりなのでうまく話せないけど、今一番興奮できる音楽として聴いています。正直に言うと、この新型コロナウイルスのせいで引きこもって聴くには最高の音楽かもしれないっていうのがあって(笑)。去年10月、このライブをやった時にはまだそこまでではなかったですね(笑)」

――ただ、自ら歌うモードに入ってはいた。だからMCも饒舌ですよね。

「いや、実はステージではこの10倍くらいしゃべってるんですよ。あまりにも長いのでだいぶカットしました(笑)。

ただ、確かに自分で歌うことの意味みたいなものが、ようやく見えてきたって感じですかね。自分で歌うとなるといろいろと難しいんですね。歳をとってハッキリできないものはできないっていうことがわかってきたので……ハードなものとかリズムの細かいものとか。バンドを組んでいた時は、誰よりもリズムが走っていたんですけど、今はライブでもバンドの誰よりも遅いですからね、僕が(笑)」