Photo by Kenju Uyama

小西康陽の新たなる深化。あるいは新たなる出発点。そう言ってもいいだろうエポックメイキングなアルバムだ。PIZZICATO ONE名義での最新作である『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』。これは確かに昨年10月にBillboard Liveで開催されたパフォーマンスを収録したライブ・アルバムではある。だが、それ以上の意味を持った重要作だと言っていい。

小西康陽がPIZZICATO FIVE時代を含めてもライブ盤を発表すること自体極めて珍しいし(『インスタント・リプレイ』など例外はあるが)、ヴィブラフォン(香取良彦)、ピアノ(矢舟テツロー)、ギター(田辺充邦)、ベース(河上修)、ドラムス(有泉一)によるクインテット編成であることの魅力もある。昨年、このライブに足を運んだ方の中には、小西が好きなティム・ハーディンやローラ・ニーロのライブ・アルバムと同じ編成であることにニヤリとした人も多かったことだろう。

だが、それより何より、ここで小西が過去に自分で作った曲を、全て自身のヴォーカルで披露しているということ。しかも、ピアノやベースなどの楽器を一切弾いていないということ。つまり、〈曲は作ったし歌うけど楽器は弾かない〉。過去に小西がこのスタイルでアルバム全曲を貫いたことはおそらくなかったはずだ。ティム・ハーディンのようなシンガー・ソングライターでもないし、バート・バカラックのような職業作曲家でもない。その中間……というより、どちらでもないし、どちらでもあるような、その新たなポジションにいるということに何より意味がある。

ヴォーカル・ミュージックの新しい在り方を提示するようなアルバムであり、ここから新しい小西康陽が始まるという序章のような作品。クルーナー・ヴォイスとも言える太く渋みも増した小西の歌声は、過去の彼のキャリアにおいて全くなかったヒューマンで大らかなものだ。少なくとも私は小西からこういうアルバムが届くのを待っていた。ここに至ったその思惑を本人に問うた。

PIZZICATO ONE 『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』 ユニバーサル(2020)