この1年で怒涛の飛躍を遂げた19歳が吐露する現在の心情。柔軟なフロウに乗せて悩みも迷いも苦い感傷もポジティヴに変化させる強い意志に撃たれろ!!

 メロディアスかつ心地良いグルーヴを備えたフロウと、現代的なセンスに溢れたリリックで、地元の兵庫県・尼崎から全国に向けてポップ&メロウな楽曲を届ける19歳のラッパー、空音。唾奇×Sweet Williamのアルバム『Jasmine』(2017年)に感銘を受けてラップを始め、高校時代から楽曲制作に打ち込んできたという彼は、2018年夏に地元のサイファー仲間に誘われて参加した〈第14回高校生RAP選手権〉への出演で名を広め、卒業直前の2019年春に初EP『Mr.mind』を発表。そこからの1年、就職の内定を蹴って音楽の道を選んだ彼を待っていたのは、BASIの話題作『切愛』への客演や、kojikojiとのコラボ曲“Hug”のヒット、クリープハイプやゴスペラーズのリミックス仕事など、自身も驚くほどの快進撃だった。

 「この1年は怒涛でしたね。もっとコツコツやっていくものだと思ってたので。周りの人や出会いに恵まれたことが大きかったです。特に“Hug”は純粋にヒップホップを中心に聴いている人以外、バンドとかいろんなジャンルを聴いているリスナーにも受け入れてもらえて、大きな転機になりました」。

 結果、2019年には2枚のEPと1枚のアルバムをリリース。その勢いのままに、前作のアルバム『Fantasy club』から僅か半年で完成させた、このたびのセカンド・アルバム『19FACT』は、メジャー進出作にして、激動のなかで10代最後の年を過ごす彼の、今の心情が投影された一枚になった。

空音 『19FACT』 スピードスター(2020)

 「今年の2月に『Fantasy club』のツアーを回ってからレコーディングしたので、そこで受けた刺激とか、前作が出来てからの私生活で変化したことを忠実に書いたのが『19FACT』ですね。前作は幻想的な歌詞が多かったけど、今回はそれ以外のこともできる自分の柔軟性を知ってもらいたかったし、私生活やリアルなことを歌詞にしても、ポジティヴな発信ができることに気付いてほしくて」。

  “Hug”をはじめとした『Fantasy club』収録曲の大半を手掛け、いまや空音の音楽に欠かせない存在のRhymeTubeを筆頭に、yonkey、ニューリー、春野、jaffといった空音と同世代のトラックメイカーが参加した本作。SUSHIBOYSの二人を客演に迎え、彼らの代表曲“DRUG”のフレーズも織り込んだリード曲“You GARI”、「恋愛だと男性よりも女性のほうが立場が上になるし、それが女性のいいところ」という自身の恋愛観をユーモラスに表現したkojikojiとの再タッグ曲“Girl”など、勘どころを押さえたキャッチーな楽曲が並ぶなか、水仙の花言葉にかけて別れの儚さを詩的に描いた“水仙”ではアンニュイな一面を見せたりも。そうした引き出しの多さも今作の魅力だが、NeVGrNとの“Shine like you”における〈誰かを傷つけてまで 歌いたい事など無いから〉という一節が象徴するように、彼の表現の根底にあるのは、曲の向こう側にいる〈誰か=リスナー〉を元気づけたい気持ちだということが、楽曲の端々から伝わってくる。

 「僕は、曲を聴いてくれる人がネガティヴさから目を離す瞬間をどれだけ作ってあげられるか、ということを大事にしていて。ただ、今までは基本的にポジティヴな部分だけを前面に出してたけど、今回はもっと生々しい曲があってもいいかもと思ったんです。僕の中にある葛藤を隠すのではなく、それを共有することによって、ネガティヴなことがあっても最終的にはポジティヴに開き直れる僕自身の強さを、みんなにも伝えられるんじゃないかと思って」。

 その意志を顕著に感じられるのが、アルバムの終盤を占める3曲。シリアスな語り口で音楽に骨を埋める覚悟を歌う“HaKaBa”、〈落ち目がないと皆 上がれないぜ そうやって俺は俺に言い聞かしてる〉と柔らかなトーンで歌いかける“CIRCUS”、苦い感傷も赤裸々にしつつ〈一生に一度だから歩こう 焦っても いい事はないだろう〉と締め括るジャジーな終曲“拝啓”――それらは彼我の別なく、悩みや迷いを抱くすべての人に宛てた言葉として、聴き手に確かな希望を与えてくれるものだ。アルバムには〈理想の父親像〉と〈家族〉をテーマにした“Daddy”という曲もあるが、19歳にしてこの成熟ぶり。いや、本人が「若いからこそ持っている感性とかを、恥ずかしいと思うことなく、全部さらけ出せたのが良かった」と語る通り、この年頃だからこそのひたむきさが、本作を名盤たらしめているのだろうし、きっとその純粋な気持ちが人の心を打つのだ。ポジティヴな性格は母親譲りだと語る空音に今後の目標を訊くと、こんな言葉が返ってきた。

 「今の目標は20歳のあいだにZeppに立つことで、僕の中での最終的な着地点は武道館ですね。僕は母親にすごく世話になってきたんですけど、自分がZeppや武道館の舞台に立つことが、いちばんの親孝行、恩返しだと思うんですよ。僕は一人でやり遂げられるということを、早く親に見せて安心させたい、親に何かしてあげたいっていうのが大きいです」。

文中に登場したアーティストの作品を一部紹介。

 

空音の作品。