コラム

エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)追悼――映画音楽を越えてポップ・カルチャーに影響を与えた美しくもイビツな音楽

(左から)エンニオ・モリコーネ、クエンティン・タランティーノ

去る7月6日に亡くなったイタリアの作曲家、エンニオ・モリコーネ。50年代末から半世紀以上にわたって映画音楽の作曲家として活躍し、生涯現役を貫いた。モリコーネが書くあの哀愁あふれるメロディーは、どこかで耳にしたことがあるはずだ。

今回は、映画音楽のみならずポップ・カルチャー全体にまで影響を及ぼした彼の偉業を偲んで、ライターの黒田隆憲が追悼原稿を執筆。子どもの頃からモリコーネの音楽に触れてきたという黒田が、その足跡やモリコーネ独自の音楽性に迫る。記事の末尾には黒田の選曲によるプレイリストもあるので、ぜひチェックしてほしい。 *Mikiki編集部


 

稀代のマエストロが亡くなった

これまで500作以上の映画音楽を手がけ、映画音楽作曲家としては史上2人目となる〈アカデミー名誉賞〉を獲得したイタリア出身の作曲家、エンニオ・モリコーネが7月6日に91歳で逝去した。彼の弁護士であるジョルジオ・アスマの公表によれば、自宅で転倒し大腿骨を骨折、その影響による合併症が原因で、ローマ市内の病院で亡くなったという。高齢とはいえ、近年も自身のオーケストラを率いて頻繁にコンサート・ツアーを行っていただけに、残念な気持ちでいっぱいだ。

この悲しい一報が伝えられるとすぐ、クエンティン・タランティーノやエドガー・ライト、ジョン・カーペンターら映画監督をはじめ、ハンス・ジマーやメタリカ、ジェフ・バーロウ(ポーティスヘッド)といった音楽家、さらにはゲーム・クリエイターの小島秀夫など多岐にわたる著名人たちが、稀代のマエストロに対し追悼と賛辞の声を寄せている。

 

誰もが一度は耳にしたことがある映画音楽

モリコーネの音楽は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。クリント・イーストウッド主演、セルジオ・レオーネ監督によるマカロニ・ウェスタン三部作(64年作「荒野の用心棒」、65年作「夕陽のガンマン」、66年作「続・夕陽のガンマン」)をはじめ、アカデミー外国語映画賞にも輝いた、イタリア出身のジュゼッペ・トルナトーレ監督による不朽の作品「ニュー・シネマ・パラダイス」(88年)などのスコアを担当し、その美しく叙情的な音楽によって70年以上も映画ファンたちを魅了し続けてきた。

88年の映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の“Tema D‘Amoure(愛のテーマ)”“Nuovo Cinema Paradiso(ニュー・シネマ・パラダイス)”

また、マカロニ・ウェスタン三部作に大いに影響を受けたクエンティン・タランティーノは、「キル・ビル」(2003年)や「ジャンゴ 繋がれざる者」(2012年)といった自らの作品でオマージュを捧げているが、2015年の映画「ヘイトフル・エイト」ではついにモリコーネ本人をオリジナル・サウンドトラックに起用。モリコーネにとってはこれが、初の〈アカデミー作曲賞〉受賞作品となった。

2015年の映画「ヘイトフル・エイト」の“L’Ultima Diligenza Di Red Rock”

他にもジョン・ブアマン監督作「エクソシスト2」(77年)やブライアン・デ・パルマ監督作「アンタッチャブル」(87年)、ジョン・カーペンター監督作「遊星からの物体X」(82年)、ローランド・ジョフィ監督の「ミッション」(86年)、テレンス・マリック監督の「天国の日々」(78年)……等々、モリコーネが関わった映画は枚挙に暇がない。知らずに映画を観て、後から〈そうか音楽はモリコーネだったのか〉と気付くケースもかなりあるはずだ。

 

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」とモリコーネの音楽に衝撃を受けて映画にのめり込んだ

僕が初めてモリコーネの音楽を意識したのは、中学生の頃に友人に誘われ観に行った映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(84年)のときだった。NYのユダヤ人ゲットーで育った2人の少年が、後にマフィアになり確執を深めていくストーリー。

主演はロバート・デ・ニーロ(ヌードルス役)と、ジェイムズ・ウッズ(マックス役)で、劇場を出たときにはすっかりマフィアになった気分の僕と友人は、地元の繁華街を肩切って歩きながら、〈俺はヌードルス!〉〈じゃあ俺はマックス!〉などとはしゃいでいたのを思い出す。もちろん、その時に僕らの頭の中に流れていたのはモリコーネの“Deborah’s Theme”であり、“Childhood Memories”であり、“Friends”だった。

84年の映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の“Deborah’s Theme(デボラのテーマ)”

この「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」はセルジオ・レオーネの遺作となったが、当時の僕はレオーネやモリコーネはおろか、デ・ニーロのことさえよく知らなかった。しかし、この映画に衝撃を受けてデ・ニーロの過去作を辿ったり、レオーネの過去作やモリコーネのレコードを掘ったりしていくうちに、どんどん映画にのめり込んでいったのだ。すると、僕が8歳の頃に〈洋画〉としては初めて劇場で観た「オルカ」(77年)のサントラも、実はモリコーネが手掛けていることを知る。しかも、心が凍てつくほど悲しげなそのメイン・テーマはトラウマのように、その頃からずっと耳に残ったままだ。

77年の映画「オルカ」の“Orca”
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