追悼 フィルム/サウンド/モリコーネ
昨秋、セルジオ・レオーネ監督「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト」を劇場で観賞した。映画冒頭、三人のギャングが寂れた駅に現れる。風車が軋む音、風の音、蠅の音、ギャング(ウディ・ストロード)の被るウエスタンハットに雨水が落ちる音が、男たちの挙動と時間経過を演出していく中、列車が到着する。拳銃を構えるギャングたち。そこに突如、怪しげなハーモニカの音色が聞こえてくる。話しをする代わりにハーモニカを吹く正体不明のガンマン=チャールズ・ブロンソンの登場だ。四者の抜き差しならぬ睨み合いが銃声によって打ち破れられる。この謎の男が纏う怪しげなハーモニカの旋律は、男の素性が明らかになるにつれ変奏され、哀愁を帯びたテーマ曲と成って観客の記憶に残り続ける。
その手腕と探求心は映画界以外でも
セルジオ・レオーネ監督の盟友――というか小学校の同級生である――エンニオ・モリコーネによって作曲された“Man With A Harmonica”(〈Harmonica〉は、劇中チャールズ・ブロンソンの役名でもある)のように、登場人物の性格描写やマクガフィン的小道具に付随したメロディの創案というのは、作曲家にとって中々骨が折れる仕事かもしれないが、「続・夕陽のガンマン」でお馴染みのコヨーテの遠吠えを模したメロディー等々、モリコーネは映画に肉薄するアイコニックな旋律を、長短関わらず膨大に生み出してきた(因みに“Man With A Harmonica”類型の旋律は、後年モリコーネが音楽を担当する、ブライアン・デ・パルマ監督「アンタッチャブル」他でもリフレインされる)。ゆえに、ダリオ・アルジェントは映画プロデューサーの父親サルヴァトーレ・アルジェントに引き合わされた巨匠モリコーネを〈メロディと即興の天才である〉とたたえるのだが、サミー・パーヴェル監督「Les deux saisons de la vie」に提供した15分間にも及ぶトーンクラスター曲や、ブルーノ・ニコライとの共作“Controfase”(73年名盤)に収録された室内楽による音色実験など、モリコーネの手腕と探求心は映画音楽に留まらない。
筆者は、ジョン・ゾーンによるモリコーネ・トリビュート・アルバム『The Big Gundown』(86年)がきっかけで、モリコーネの諸作を意識的に聴くようになったのだが、80年代のNYダウンタウン勢を網羅したようなアンサブルが奏でる異形のモリコーネ・アレンジは、原曲者の旺盛な探求心とも共振しているように思う。実際、モリコーネはインタビュー時にゾーンの音楽性を賞賛しており、今やアメリカン・コンポーザーの巨匠となったジョン・ゾーンの才覚を初期作品から見出していたと同時に、アヴァンギャルドな嗜好も持ち合わせるモリコーネのことだ、何かしら親近感があったのかもしれない(イタリアの現代音楽作曲家フランコ・エヴァンジェリスティ、エギスト・マッキらと設立した〈Gruppo di Improvvisazione Nuova Consonanza〉における、モリコーネのトランペットやマウスピースを駆使した演奏は、ゾーンのゲームコールによる特殊奏法を想起させる)。私は、『The Big Gundown』に収録された楽曲を糸口に、モリコーネが音楽を手がけた映画を片っ端から観ていったのだが、中でも、アンリ・ヴェルヌイユ監督「恐怖に襲われた街」(75年)には圧倒された。主演のジャン=ポール・ベルモンドが列車の上、屋根の上を駆けずり回り、犯人を追走して捕まえてコテンパンにし、カーチェイスでは無尽蔵に爆破シーンが投入される……とても「地下室のメロディー」を撮った同監督とは思えないタガの外れっぷりなのだが、そのハイテンションを通奏低音のピアノとハーモニカのメロディーが要所で取り鎮め、単なる豪快アクションに相成るところをネオ・ノワール的なムードに引き寄せている。
モリコーネの映画音楽は、登場人物やシーンの動き相応に音を動かしていくオーセンティックなハリウッド・スタイルのみならず、映画の雰囲気に大局的に音を当てるケースも多々あるが、クエンティン・タランティーノ監督の西部劇(本国Wikipediaでは〈Western thriller film〉と表記されている)「ヘイトフル・エイト」の劇伴は、その映画全体を見通す彗眼に裏付けされた作品に仕上がっている。幽玄な弦の響きが、重厚な主題を奏でるバスーンとチューバに取って代わりサスペンスを盛り上げていく中、雪山を走る馬車が雄大に活写されていく。このメインテーマは、当初タランティーノが期待していたものとは些か異なる作風だったようだが、後に起こる壮絶シーンを暗示するような主題は、モリコーネが多く携わったジャッロ的な趣きもあって、身震いするような素晴らしさだ。Web版Vultureでのインタビューで同作の音楽とレオーネ諸作との音楽的類似性、その有無を聞かれたタランティーノは(少々鬱陶しそうに茶化しつつ)インタビュアーの口笛奏者は参加していますか?との問いには、〈ヘイトフル・エイトのスコアで口笛は鳴りませんが、口笛奏者の彼はまだ生きています〉という返答をしているので、やはりレオーネのウエスタン風スコアを当初は期待していたのかもしれない(モリコーネ作品でお馴染みの口笛奏者、アレッサンドロ・アレッサンドローニは映画公開後の17年に他界している)。

映画音楽の巨匠が残した名作から映画の新たな可能性を模索する
モリコーネは例えば、米国の大家ジョン・ウィリアムズのように、頻繁な転調や拍子の変更によって場面の動きそのものを表現するよりも、前述のように独自のオーケストレーションによって雰囲気を醸成していくことが多いため、既存の楽曲が映画に転用されることも多い。「ヘイトフル・エイト」でもオリジナルスコア以外に、モリコーネが手掛けたジョン・ブアマン監督「エクソシストII」の“Regan’s Theme”や、ジョン・カーペンター監督「遊星からの物体X」の未使用曲“Bestiality”等の劇伴が許諾転用されている。因みに、「遊星からの物体X」でお蔵入りとなった曲“Bestiality”は〈カノン〉(複数の声部が同じ旋律を異なる時点から開始して演奏する音楽様式、技法)によって増殖、変容する〈物体X〉を表現しているようにも思え、採用されていたら作曲技法と演出の相乗効果で、SFホラー史上稀にみる傑作劇伴になっていたかも(勿論、カーペンター監督ご本人による電子音楽も好きですが)。
モリコーネの音楽は映画という媒体あるいは映画館という場所で真骨頂を発揮、体験するに相応しい響きを湛えている。映画がストーリーやドラマの展開だけではなく、数秒のカットや人気のない実景を映したときに立ち現れてくるように、モリコーネの音楽はフルオーケストラに限らず、エレキギターや口笛、ハーモニカの単旋律にも、イメージや映画のムードが宿っている。そしてその表現には一切の躊躇も無い。モリコーネが音楽性のみならず、映画に対する独自の考えや言葉を持って仕事に従事してきたことは勿論だが、セルジオ・レオーネ、セルジオ・コルブッチ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、サミュエル・フラー等々と渡り合ってきた訳で、真摯で且つ硬骨な一面もあったのではないだろうか(過度な暴力流血描写は嫌悪するとの見解も有り)。
本夏、巨匠エンニオ・モリコーネは91歳で逝去されたが、今後、映画に携わる音楽家によって、その名作の数々は丹念に研究され、書法や作風も引き継がれていくだろう。無論、それは二流のモリコーネになるということではない。映画音楽に関する造詣を深めると共に、これからの映画の新たな可能性を模索する旅路に他ならない。映画音楽、これは単なる表現では無い。探求なのである。
エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)〈1928-2020〉
1928年ローマ生まれ。60年代のマカロニ・ウェスタン映画に始まり、「アンタッチャブル」「ニュー・シネマ・パラダイス」、「海の上のピアニスト」、「ミッション・トゥ・マーズ」など多くの映画音楽を手がけた映画音楽界の巨匠。「天国の日々」「ミッション」「アンタッチャブル」「バグジー」「マレーナ」でもアカデミー賞にノミネートされた。「ニュー・シネマ・パラダイス」(89年)以降、全ての作品で組んできた盟友トルナトーレ監督によるドキュメンタリー映画「Ennio: The Maestro」(原題)が2020年にイタリアで公開予定。
寄稿者プロフィール
渡邊琢磨(Takuma Watanabe)
音楽家。宮城県仙台市出身。高校卒業後、米バークリー音楽大学へ留学。大学中退後ニューヨークに渡り、キップ・ハンラハンと共同作業でレコーディングを行う。同作には映像作家ジョナス・メカスらが参加。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアーにバンドメンバーとして参加。2014年、自身が主宰する弦楽アンサンブルを結成。自身の活動と並行して映画音楽も手がける。渡邊が手掛けた、染谷将太監督「まだここにいる」の映画音楽素材で新曲を作る企画盤を8月21日にリリース予定。Félicia Atkinson、Akira Rabelais らが参加。
FILM INFORMATION
「海の上のピアニスト 4Kデジタル復刻版&イタリア完全版」
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
原作:アレッサンドロ・バリッコ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ティム・ロス/プルイット・テイラー・ヴィンス/メラニー・ティエリー/他
配給:シンカ(1998年 アメリカ=イタリア合作 4Kデジタル修復版:121分・イタリア完全版(HDリマスター):170分)(1968年 伊・米合作 2時間45分)
◎2020年8月21日(金)YEBISU GARDEN CINEMA、角川シネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
*イタリア完全版は9月4日(金)からの上映となります。
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