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Envy Caine “Folk Shit”(2016年)

ブルックリン・ドリルの黎明期に発表された、エンヴィ・ケインのファースト・シングル。特徴的な巻き舌、オオカミの遠吠えのようなアドリブなど、4年前の曲でありながらも、この時点でブルックリン・ドリルのスタイルが確立されていることがわかる(もちろん、これらはシカゴ~UKドリルからの影響を受けたものでもある)。これを聴くと、22Gzの〈俺が創始者〉という発言も眉唾ものに思えるが……。

この頃の楽曲はシカゴ・ドリルからの影響が色濃いが、“Folk Shit”のビートは英国製だ。ロンドンのグライム/ガラージ・プロデューサーのピネロ・ビーツ(Pinero Beats)によるものである。

ここで初期のブルックリン・ドリルをもう一曲紹介しておこう。ジーズ・ガソリン(Jezz Gasoline)の“Big Opps America”(2017年)。先述した22Gzらの〈Blixky〉をディスった曲で、かなりシカゴ・ドリルっぽいスタイルだ。

 

Smoove’L “New Apollos”(2019年)

スムーヴ・Lは現在のブルックリン・ドリル・シーンで注目されている才能で、5月にインタースコープからメジャー・デビュー・ミックステープ『Boy From Brooklyn』を発表した。

この“New Apollos”(Spotifyなどでは単に“Apollo”として配信されている)は彼の代表曲。808メロのビートによる典型的なブルックリン・ドリル・ナンバーで、〈Woah, ahh〉というフレーズを合唱する、まるで暴動のようなパーティーを映したビデオが強烈だ。

スムーヴ・Lはここで、〈俺たちはニュー・アポロで出会って/あいつはドライヴのために俺をファックした〉とラップしている。ちなみに、〈New Apollo〉とはブルックリン近郊にある中華料理とスペイン料理が融合したレストランのことだとか。このように、ブルックリン周辺に実在する施設や地名を用いたリアルな描写が織り込まれているのも、土地性と分かちがたく結びついた音楽シーンらしい特徴。

 

Rah Swish “Treeshin’”(2019年)

ラー・スウィッシュもブルックリン・ドリルの注目株。

彼にとって最大のヒット・ソングである“Treeshin’”は、『Look What They Started (Reloaded)』(2019年)と『WOO Forever』(2020年)に収録されている。〈treeshing〉とは〈ある女性がたくさんの男性とヤりまくっている〉という意味。

プロデューサーは、英バーミンガムのドリル・ビートメイカー、ハッシー・ビーツ(Hassy Beats)だ。低音の響かない〈間〉を活かしたサウンド・デザイン、(グライムほど大きくうねらない)ベースラインと一体になったキックの連打などは、いかにもドリル・ビートらしい。そんなビートのリズムを、ラー・スウィッシュは独特の低い歌声で乗りこなしている。

 

Jay Gwuapo & KJ Balla “R8”(2020年)

ジェイ・グワポも、ぜひいまチェックしてほしいラッパーだ。

彼の最初のオリジナル・ソングは“Downbad”(2018年)。昨年、同曲を収録したRCAからのメジャー・デビュー作『From Nothing Pt. 1』をリリースしている。収録曲の多くのビートはトラップ寄りで、UKドリルからの影響はあまり感じられない。

とはいえ、ジェイはブルックリン・ドリルのシーンで重要な存在だろう。というのも、ジェイとポップ・スモークはバスケット・ボールを共にプレイした友人どうしであり、〈ラップをやりたい〉という考えていたポップの後押しをしたのがジェイだというのだ

そんなジェイが今年リリースした数作のシングルは、一転してブルックリン・ドリルらしいサウンドを聴ける。“Dangerous”(この曲には、ポップへの追悼の意が込められている)はソロだが、“Back To Back”とこの“R8”はKJ・バラとの共演曲だ。

いずれもUKドリルっぽいサウンドに聴こえるものの、NYのプロデューサー・デュオ、ファスト・ライフ・ビーツ(Fast Life Beats)が手掛けたもの。ブルックリン・ドリルが流行ってから、このようにアメリカでもUKドリル/ブルックリン・ドリル以降のビートを作るプロデューサーが増えた。注目すべきことだろう。

なお、ここでジェイとタッグを組んだKJ・バラは、5月にブルックリンで銃撃を受けて、23歳の若さで亡くなってしまった……。あまりにもひどく、むごい話で、ストリートライフの厳しさと彼らが生きる現実のハードさを痛感する。

 

Pop Smoke “Dior”(2019年)

最後にもう一曲、ポップ・スモークの曲をどうしても紹介したい。本当は他のアーティストの曲を紹介すべきところだが、この“Dior”はとても重要な曲なのだ。

ポップのデビュー・ミックステープ『Meet The Woo』に収録されていた“Dior”は、彼の死後にスマッシュ・ヒットした。Billboard Hot 100で最高22位を記録し、アメリカではプラチナ・ディスクになっている。

ヒット・ソングであるのもさることながら、“Dior”の重要性は昨今のブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)運動との関係性にある。というのも、デモや抗議運動のなかで“Dior”はアンセム化し、プロテストに参加した者たちによってチャントされたのだ。そのあたりは、canzumegamerによる記事に詳しい。

ポップが今年リリースしたミックステープ『Meet The Woo 2』のデラックス・エディションには、ガンナ(Gunna)によるリミックスが収録された。なお、この曲のビートも808メロによるものだ。

 

以上、10曲を紹介してみた。ブルックリンにはまだまだたくさんの才能がひしめいているし、若いシーンなので、これからも新たなアーティストが続々と現れてくることだろう。なので、この記事と下のプレイリストを始点として、シーンの動向をチェックしてもらえれば幸いだ。

また冒頭に書いたとおり、ブルックリン・ドリルのスタイルやサウンドはメインストリームで存在感を増しつつある。今後はますます影響力を強め、ひょっとしたらアトランタのトラップのように、あらゆる音楽ジャンルに応用されるものになるかもしれない。今後の音楽シーンをうらなううえでも、ぜひ注目してほしい音楽だ。

若くして亡くなったポップ・スモークに哀悼の意を捧げ、本稿の結びとしたい。