リアルな〈働くこと〉を描いた「SHIROBAKO」
P.A.WORKS制作、水島努監督のオリジナル・アニメ「SHIROBAKO」。アニメ制作会社〈武蔵野アニメーション〉を舞台にTVアニメの制作現場をアニメで描く、という〈メタ・アニメ〉な作品だ。2014年から2015年にかけて放映され、大きな話題となった同作は、〈文化庁メディア芸術祭〉のアニメーション部門で審査委員会推薦作品に選ばれるなど、高い評価を得ている。
「SHIROBAKO」という群像劇が描き出すのは、〈仕事〉だ。主人公の宮森あおい(CV:木村珠莉)ら5人は、高校の同好会でアニメを制作したことを原体験に、いつか同じメンバーでアニメを作ろう、という目標を共有している。その一方で「SHIROBAKO」が物語るのは、そういった自己実現からはほど遠い、きわめてリアルな〈働くこと〉である。
山積みになった、終わらない仕事。一山越したと思ったら、次の瞬間、目の前にはそれよりも高い山がそびえ立っている――〈仕事〉という名の山が。そこには、目の前のことに懸命に取り組む者、大量の仕事に取り囲まれて身動きの取れなくなった者、あるいは怠けて仕事に取り組まない者などなどが織りなす、うまくいかない人間関係がある。さらに、納期を目前にしたトラブルがあり、そのトラブルがドミノ倒しのように次のトラブル引き起こしていく。そんなカオスのなかで、大人たちがジタバタしながら、ひとつの作品を作り上げる――それが「SHIROBAKO」という物語だった。
そのように、アニメ制作の裏側を現実的なパースペクティヴで描写しながら、繰り返しになるが、あくまでも〈仕事〉〈働くこと〉という、ある意味で普遍的なテーマを持っていたからこそ、「SHIROBAKO」は多くの視聴者からの共感を得たのだろう。〈仕事をするってかっこいい!〉とか、〈働くって美しい!〉とか、そういった美辞麗句ではなく、仕事の現場のかっこわるさ、泥臭さや汗臭さ、挫折と失敗、そしてちょっとした(でもとっておきの)成功、というリアルすぎる〈働くこと〉。「SHIROBAKO」が描いた〈仕事〉は、誰にとっても身近なものだったと思う。

劇場用アニメ制作がテーマの劇場版
そんなTV版の放映終了から実に5年、ついに2020年2月末、「劇場版 SHIROBAKO」が公開された。しかしながら、公開時期は新型コロナウイルス感染症の拡大がもたらした混乱のまっただなか。現在、8月後半から各地で上映されているのは、本編をグレードアップして特別映像を付けた〈再上映版〉である。
「劇場版 SHIROBAKO」の筋立ては、宮森が劇場用アニメの制作を任されて奮闘する、というもの。TVアニメから映画へと媒体が変わったことが、そのまま物語においても対応している。
※以下、何を書いてもネタバレになってしまうので、未鑑賞のファンはご注意を
映画はTV版のオマージュで幕を開けるものの、まるで70年代の吉田拓郎のようなフォーク・ロック“仕方ないのでやれやれ”(作詞は水島監督)が流れ出し、思わずずっこけてしまう。法定速度でゆっくりと走る〈ムサニ〉こと武蔵野アニメーションの社用車。スクリーン上に現れる宮森は、なんだか覇気のない、疲れた顔つきと声色だ。TV版から変らないのは、武蔵境駅周辺の穏やかな東多摩の町並みだけだろうか。
映画は前半で、TV版のファンを絶望の淵に突き落とす。ムサニはかつての活気をすっかり失っており、デスクには個性的な社員たちの姿も見えない。ここで観客は、〈仕事〉をリアルに描いたように思えるTV版ですらユートピアにすぎなかったのだ、と気づかされる。特別苦しいというわけではないけれど、なんとなく暗くて重い、労働の日々。現実なんて、〈働くこと〉なんて、こんなものなのだ。
しかし、上述の劇場用アニメ制作の企画がムサニに転がり込んでくることで物語は急展開を迎え、宮森の〈仕事〉は否応なしに動きだす。映画はヘヴィーなムードから一転、生命力を得てテンポを上げ、堰を切ったように怒涛の勢いでゴールへと突き進んでいく。

立派な〈仕事人〉にステップアップした主人公・宮森
TV版での宮森は、自分自身の夢や〈何になりたいか〉という目標を見つけられないことに悩みながら、周囲の勢いになかば巻き込まれるようにして、混乱しながらも猪突猛進で仕事をしていた。
しかし、劇場版での宮森はちがう。熟慮の末に〈これをやろう〉と決め、みずからの決断に責任を持って、ひとつの目標へと突き進んでいく。ダメ出しをされる辛さも、する苦さも噛み分けて意見し、臆することなくストレートに進言をする。スタート地点に立つまでは大いに迷い、しかしレースが始まってからの宮森はほとんど悩んでいない。成長や成熟というよりも、劇場版での宮森はステップをひとつ駆け上がって、立派な〈仕事人〉になっているのだ。
そんな宮森のステップアップに気づきながらも、監督の木下誠一(CV:檜山修之)やムサニの社長に就いた元プロデューサーの渡辺隼(CV:松風雅也)は、TV版と変わらない調子で仕事を続けている(それは彼らが、すでに〈仕事人〉だからだ)。他方、宮森の同級生・坂木しずか(CV:千菅春香)は能動的に仕事を掴み取って、挑んでいく。そのさまは、TV版から劇場版前半にかけて宮森が歩んだ道のりを、〈ずかちゃん〉が駆け足でたどって追いかけていくかのようだ。

仕事とは最後まで悪あがきをすること
映画の後半で繰り返し登場するキーワードは、〈悪あがき〉だ。「劇場版 SHIROBAKO」で大人たちは、締め切り=タイム・リミットがやってくるまで、〈仕事〉という枠組みのなかで、必死に悪あがきをしている。ああでもない、こうでもない、いや、これだ、ちょっと待て、こっちかもしれない、う~ん、しかし……。迷いと決断との間を揺れ動きながら苦悶し、〈仕事〉をこなし、〈万策尽きる〉一歩手前で踏み留まり、〈作品〉というゴールへと牛歩で、だがジリジリと漸進していく。
なぜ、悪あがきをするのか。それは、あきらめられないからだ。現状に満足せず、この先に〈より良いもの〉があるはずだという確信を持っていることが、みっともない悪あがきに尽きないエネルギーを供給している。
思うに、TV版と劇場版を通して「SHIROBAKO」が語ったことは、仕事とは最後の最後まで悪あがきをすることなのだ、ということではないだろうか。美しくなくても、かっこよくなくても、悪あがきをすること。終わりなき〈俺たたエンド〉を生きざるをえない私たちの労働とその日々を、「SHIROBAKO」は褒め称えてはくれないまでも、〈かっこわるくても、汗まみれでも、それでいいんだ〉と優しく包み込んでくれる。

これほどスタッフ・ロールが尊く感じられる映画もない
そんなふうに「SHIROBAKO」の泥臭い側面についてばかり語ってしまったものの、この映画の魅力は、もちろんそれだけではない。
現実の仕事は重力に縛りつけられているが、アニメーションはいくらでも空想を広げて、自由に飛んでいけるのだ。ミュージカルにアクション、任侠モノ、宇宙でのSF冒険活劇……と、「劇場版 SHIROBAKO」は〈アニメ制作〉が主題であるにもかかわらず、いや、だからこそ〈アニメ〉というアートの粋を集めた夢幻の映像が目まぐるしくスクリーンから飛び出してくる(P.A.WORKSファンにはおなじみの〈屈伸からのうさぎ跳び〉も!)。
欲を言えば、もうあと2時間、いや、4時間観たかった。宮森たち5人の葛藤を、〈仕事人〉たちが汗をかいて苦闘する姿を、もっと観たかった。というわけで、ぜひ続編を……! 宮森が〈島耕作〉シリーズのように、やり手プロデューサー、そして制作会社の社長へと成り上がって作品を生み出していく一代記を観たい(なんてことを考えていたら、P.A.WORKSの社長で「SHIROBAKO」のプロデューサーである堀川憲司がまったく同じことを言っていて驚いた)。
最後に、これほどスタッフ・ロールが尊く感じられる映画もない、ということを言っておきたい。fhánaの“星をあつめて”とともに下から上へと流れていく数えきれないほどの人々の名前を見ながら、思わずうるっときてしまった。

FILM INFORMATION
劇場版 SHIROBAKO
原作:武蔵野アニメーション
監督:水島努
シリーズ構成:横手美智子
キャラクター原案:ぽんかん⑧
キャラクターデザイン・総作画監督:関口可奈味
美術監督:竹田悠介・垣堺司
色彩設計:井上佳津枝
3D監督:市川元成
撮影監督:梶原幸代
特殊効果:加藤千恵
編集:髙橋歩
音楽:浜口史郎
音楽制作:イマジン
主題歌:fhána “星をあつめて”(ランティス)
プロデュース:インフィニット
アニメーション制作:P.A.WORKS
配給:ショウゲート
製作:劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
■キャスト
宮森あおい CV:木村珠莉/安原絵麻 CV:佳村はるか/坂木しずか CV:千菅春香/藤堂美沙 CV:髙野麻美/今井みどり CV:大和田仁美/宮井楓 CV:佐倉綾音/矢野エリカ CV:山岡ゆり/安藤つばき CV:葉山いくみ/佐藤沙羅 CV:米澤円/久乃木愛 CV:井澤詩織/高橋球児 CV:田丸篤志/渡辺隼 CV:松風雅也/興津由佳 CV:中原麻衣/高梨太郎 CV:吉野裕行/平岡大輔 CV:小林裕介/木下誠一 CV:檜山修之/葛城剛太郎 CV:こぶしのぶゆき/山田昌志 CV:浜田賢二 ほか
http://shirobako-movie.com/
Twitter:@shirobako_anime(ハッシュタグ #musani)
©2020 劇場版「SHIROBAKO」製作委員会
大ヒット上映中