大好評だったMikikiでの連載「むぎ(猫)の手も借りたい!」でもおなじみの猫アーティスト、むぎ(猫)がセカンドEP『窓辺の猫 e.p.』をリリースした。

改めてプロフィールを振り返ると、むぎちゃん(親しみを込めて、ちゃん付けで呼ばせていただく)は97年に東京で生まれ、カイヌシと共に2002年に沖縄に移住。しかし2009年にはこの世を去ってしまう。

だがむぎちゃんのニャン生(人生)はここでは終わらず、5年間の天国暮らしを経たのちに、カイヌシによる手作りの身体を手に入れ、再びこの世に返ってくる。見事現世に復活したむぎちゃんは、人間たちを楽しませ喜ばせるために音楽活動を開始。作詞作曲・歌唱・演奏まで行う猫の楽曲やパフォーマンスはどんどん話題になり、2017年にはあの〈FUJI ROCK FESTIVAL〉など名だたるフェスに出演。昨年はついにスピードスターレコーズよりメジャーデビューするなど、むぎちゃんは一躍有名ニャン(有名人)に。

老若男女、みんなが楽しく元気が出る楽曲を多く生み出しながらも、昨年の首里城火災や昨今のコロナ禍など心を痛めることも多かったようで、そんな喜怒哀楽さまざまな感情から生まれた『窓辺の猫 e.p.』について、ご本ニャンに話を訊く。

むぎ(猫) 『 窓辺の猫 e.p.』 スピードスター(2020)

メジャーデビューして一年半

――Mikikiで10か月にわたる連載をしていただきありがとうございました。

「その節はありがとうございました」

――連載では、むぎちゃん同様、沖縄にゆかりのあるミュージシャンにも登場いただきました。

「HARAHELLSとかチャクラとか、昔からファンだったりいきなり好きになったり、いろんなパターンがありますね。みんなむぎの心にハマったアーティストばかりで、これはみんなにも教えたいなと思いまして」

――むぎちゃんと言えば、もともとは音楽活動をする予定がなかったのに、いろいろあって、去年メジャーデビューして、アルバム1枚をリリース、そして先日2枚目のEPをリリースしました。

「そうですね。最初はむぎが天国から帰ってきて、近所をウロウロ散歩したり、〈一緒に写真を撮ってくれませんか〉という声に応えたり握手したり、その程度の活動で、音楽活動をするはずもなく、まだ喋りもしなかったんですけど。そういうことを繰り返してSNSに投稿してたら、ある日〈イベントをやるから来てくれないか〉って言われて、行ってただ立ってるわけにもいかないなと思い、ちょうどカイヌシが音楽をやってたので、カイヌシから音楽を教えてもらってライブをやればいいんだと思ったのが音楽活動をするきっかけですね」

――当時はメジャーデビューする目標とかがあったんですか?

「まったく(笑)。一番最初のライブから何も気持ちが変わってないのもどうかと思うんですけど、とにかく目の前のお客さんを楽しませなきゃいけないという気持ちがあって。

レ・ロマネスクというピンクの衣装の二人組がいるんですけど、そのメンバーのTOBIさんという方に言われて思わずうなずいちゃった言葉があって。〈嫌われたくないんでしょ〉、〈残念だったと思われたくないから、真面目に取り組んだんでしょ〉って言われて、〈ああそうかも〉って思ったんですよね。もちろん巡り合わせやタイミングもあったと思いますけど、頼まれたことをきっちりやって、ひとつひとつのライブを大事にやってたからこそ、いつの間にかメジャーのお話もいただいたんじゃないかなと思います。そしてその〈目の前のお客さんを楽しませたい〉という気持ちは今も昔もずっと変わっていません」

――メジャーデビューして生活は変わりましたか?

「特には変わってないんですけど、メジャーになって思ったのは、黙ってなきゃいけないことが多いんですよ(笑)。出したい情報があっても他の人が解禁日を決めてるから、作ってから発表するまで待つ時間が長いんです。もともと待てる性格じゃなかったけど、待てるようになりましたね。……求められてる答えじゃないかもしれないですけど(笑)」

――制作やライブに関しては変わってないですか?

「制作やライブで目指しているものはインディーズの頃から変わってないですね。とにかくお客さんに喜んで帰ってもらうということだけです」

 

いろんなネガティヴを乗り越えて

――そんななか、ご自身が一番力を入れていたライブ活動がコロナ禍でできなくなってしまいました。

「2月のツアーの途中までは回れたんですけど、そこから後は延期、そして中止になってしまって、その時はすごく気が滅入りました」

――むぎちゃんは歌詞にしても活動にしても、ただポジティヴなだけではないなと思っていて、〈辛い時を知ってるからこそのポジティヴ〉を感じます。

「けっこうポジティヴだって言われるんですけど、全然そんなことはなくて、割と落ち込んだり悩んだり、孤独も感じたりすることもあるんです。いろんな人の中で暮らしていても独りぼっちだって思うこともよくあって、それは“君に会いに”っていう曲の歌詞にしたんです。だからそういう気持ちの〈影〉の部分が曲に出て来てるっていうことはあると思います。でも自分の中で、どこか希望がないと歌にはできないという思いもあって、誰かの〈がんばれ〉になる応援歌になればいいなと思ってアウトプットするようにはしてます」

メジャーデビュー・アルバム『君に会いに』収録の“君に会いに”のMV
 

――今作の“赤い花”という曲は、首里城の火災にショックを受けて作られたとか。

「あの時は夜中に首里城が燃えてる映像がたくさん流れて来て、本当にショックが大きくて。沖縄に住んでるけど、首里城ってもともとはただの観光地のイメージだったんですよ。これは沖縄に住んでる周りの人たちも同じ意見の人が多いんですけど、あそこは後から作られたものだし、そんなに思い入れがないと思ってたのに、首里城が燃えてる映像を見てこんなにショックな自分がいるんだっていうことに気付いたんです。むぎは沖縄に後から移住したんですけど、それでも首里城に沖縄のアイデンティティーを託してる部分があったんだなって心にくるものがありました。だからこれは沖縄のためにもこの気持ちを歌に残せないかなと思って出来た歌ですね」

――失礼ですけど、むぎちゃんは最初見た時は一瞬イロモノ感がありますよね。でもこういう話を聞いていると、実はいろんなネガティヴを乗り越えたポジティヴを持った猫なんだなって思います。

「だからむぎは見た目でけっこう得をしてるなと思います。入り口は〈お菓子の家〉なんですよ(笑)。それで〈おいでおいで〉って誘って音楽を聴いてもらえて、むぎの世界に入り込んでもらえるってすごくラッキーなことだなって思います」

――それに、差し入れに関しても現金でのお願いをしていたり(※)、先日も〈ライブなどで嫌な思いをされたら言ってください〉と発言していたり、お客様を大事にしている印象があります。

※むぎ(猫)は食べ物の差し入れが食べられないこともあるため、どうしても差し入れをしたいという人には現金を預けるようお願いしている。預かった現金は沖縄県内の動物保護団体へ寄付されている。

「お客さんみんなに楽しんでもらいたいから、出来る限りのことはやりたいと思ってます。ひとつひとつのライブでもちろん失敗することもあるんですけど、それを踏まえて次どうするかを考えているし、それはむぎが歌っていることとも一緒で。自分の歌を裏切るような行動はしたくないという、それだけなんです」

 

〈窓〉を通して誰かと出会う

――今回のEPは、どういう作品にしようと思ったんですか?

「いつもそうなんですけど、ただ出来た順に曲を入れていっただけなので、トータルでこういうものにしようっていう気持ちは全くなくて。でも後から考えてみると、今回はこのステイホーム期間が長く続いて、深く自分を見つめ直した結果が集まったものになったなと改めて思いましたね」

――いずれも今年、コロナ禍の間に作られたものなんですね。

「そうです。一番最初に作った“かっこいいCOLOR”は2月の頭くらいに出来た曲で。この曲は、自分で作った歌詞なのに、〈できないこともできるように〉とか〈出来ること集めて 僕のお仕事にしよう〉といった言葉があとあと自分の中に響いてきて。〈できることができない〉ようになった中で、自分に出来ることを探してるなって、自分の応援ソングになりましたね」

――表題曲の“窓辺の猫”はつじあやのさんとのコラボ曲です。つじさんとはどういうやり取りで作られたんですか?

「つじさんとのコラボが決まってから歌の内容について決めたんですけど、むぎが作った歌詞と曲を、つじさんに歌ってもらうのが一番まとまりやすいだろうなとは思っていて。歌の内容については、むぎとつじさんがやるんだったら〈猫と何か〉についてだろうし、歌で掛け合いができるものがいいなということで、最初は〈猫と飼い主〉というシチュエーションを考えていたんですね。でもそれだとのっぺりした平坦な歌詞になりそうだったので、もう少しストーリーを持たせるために〈ひとつの窓を通して出会った猫と誰か〉ということにして物語を広げていきました」

クラウドファンディング・サイト、WIZYのユーザーから募集した写真で作られた“窓辺の猫 feat. つじあやの”のMV、みんなの窓辺の猫ver. 
 

――つじさんと言えば猫の映画の主題歌も歌われていて、猫との相性はバッチリですよね。

「つじさん自体も猫が大好きだって言ってましたし、事務所の先輩でもありますし、今回のコラボは夢がひとつ叶ったという感じです」

――この曲は、〈窓〉を通して出会う猫と少女の歌ですけど、〈窓〉っていうのは家の窓に限らずスマホとかテレビとかいろんなものに当てはまりますよね。〈窓〉を通じて知らない人と出会ったり、別れたり、たまに思い出したり。むぎちゃん自身が作られたMVでもそういう表現が出てきます。

「まさにその通りで、この曲はコロナの渦中ということもあり、つじさんとはリモートで作ったんですけど、窓を通して猫と少女のやりとりって、まさにむぎとつじさんのPCを通したやりとりと一緒だなと思ったんです。曲の中でも猫と少女はちゃんと出会わずに別れていくんだけど、どこか気になっていて〈元気でね〉って思っている。だからこの曲のコンセプトにぴったりな感じでレコーディングできたなと思って。でも、歌とウクレレはつじさんにお任せでお願いしていたら、すごくいい演奏と想像以上の歌が返ってきて、さすがだなと思いました」

こちらは、むぎちゃんお手製のイラストが使用されたヴァージョンのMV
 

――前作のEPではDJみそしるとMCごはんさんとコラボしていて、今作ではつじさんで、EPと言えばコラボ曲が1曲というイメージもありますが、そういうことは意識されていましたか?

昨年作『ねっこほって e.p.』収録の、DJみそしるとMCごはんをフィーチャーした楽曲“ミラクルバウムクーヘンアドベンチャー”
 

「特に意識はしてないですね、たまたまです(笑)」

――今後コラボしたい人はいますか?

「ええっ、コラボはたくさんしたいですけど……。誰が合いますかね(笑)。アイデアが欲しいです!」

――今パッと思い浮かんだのはMAN WITH A MISSIONですけど(笑)。

「(爆笑)。マンウィズ! まずは対バンしたいですね! 獣同士だからいいかもしれない。(連載で紹介した)ジョン(犬)さんとも何か出来たらいいなと思いますし」

――そうですね(笑)。