細野晴臣『花に水』BGM=透明な存在であろうとするがゆえに、かえって浮き彫りになったポップさ

2020.11.04

細野晴臣の『花に水』が再発される。この事実をニュースで知った私は、衝撃を受けた。本作はそもそも、無印良品の店内BGM用に作られた音源をパッケージしたカセットブックとして、84年にリリースされたものだ。

店内BGMという目的に奉仕する音楽の制作。これは、他の目的に対する有用性など考えずに、あくまで〈音楽のための音楽〉を作り続けてきた細野にとって、実験的な試みであったと言える。本作リリース当時にまだ生まれていなかった私は、その収録曲が流れる店内を実際に歩き回ったことはないが、空想のなかで現在の無印良品の店舗と本作の収録曲を組み合わせてみる限り、それらは至極自然に調和するように感じられる。

とはいえ、そこは細野が作り出す音世界。凡百のBGMとは、わけが違う。自己主張を極力控え、水のように透明な存在であろうとするがゆえに、かえって細野本来の作家性が浮き彫りになっているのだ。温かみのあるシンセサイザーの音作り、反復されるフレーズのとぼけた可愛らしさ、浮遊感に満ちた音響……どの要素をとっても〈細野らしさ〉が迸っている。

本作のA面を飾る“TALKING あなたについてのおしゃべりあれこれ”は、ヴァンパイア・ウィークエンドの“2021”(2019年作『Father Of The Bride』収録曲)においてサンプリングされたことでも話題となったが、彼らはきっと〈店内用BGM〉というワードが振りまくイメージに惑わされることなく、本作に潜む稀有なポップさを即座に聴きとったのだろう。

近年ではヴァンパイア・ウィークエンドのように、日本産のニューエイジやアンビエントを純粋に音楽として評価するミュージシャンやリスナーが、海外において増えてきている。たとえばケイト・NVやヴィジブル・クロークスなどがその筆頭に挙げられる。

特にヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーランの入れ込みようは凄まじく、愛情が昂じて日本産ニューエイジ/アンビエントをテーマとしたコンピレーション『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』の編纂まで行ってしまった。その『Kankyō Ongaku』は後にグラミー賞の〈最優秀ヒストリカル・アルバム部門〉にノミネートされ、こうした音楽の再評価の流れを広く認知させることに貢献した。このあたりの動向については今年7月に刊行された「ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド」に詳述されているので、こちらもぜひチェックしてみてほしい。

とまあ、ここまで本作やその周辺状況についてあれこれと語ってきたが、百聞は一見(一聴)にしかず、である。とにかく一度、本作を再生してみてほしい。細野が紡ぎ出すファニーな旋律を耳にすればたちまち、水を与えられた花のように原初的な喜びがみなぎってくるはずだ。

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