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詩人パティ・スミスがつづる記憶と精神の旅の記録

 「Mトレイン」は、パティ・スミスによる「ジャスト・キッズ」に続く、二冊目の書籍である。回想録と言われるように、それは過去に属する時間を題材にしたものに違いないだろう。しかし、それはある時間の記録であるが、またそれを思い返している現在でもあるだろう。「ジャスト・キッズ」が、写真家ロバート・メイプルソープとの共同生活時代を書いたものであり、それが当時のニューヨークの文化状況を克明に記述するものだったのに対して、「Mトレイン」では、回想にどこか夢のような、現実の記憶の中にフィクションが介入してくるような、さまざまに場所や時間を、回想や空想とともに往来する彼女の視点がある。書名である〈Mトレイン〉は、〈Memory Train〉とも解することができるだろうが、それはニューヨークを走る地下鉄の線名であるのと同時に、彼女自身によって〈Mind Train〉であることが示唆されている。たしかに、それは、さまざまな輻輳する記憶が、彼女のインスピレーションであった詩人、芸術家、そして、家族らの記憶とともにフラッシュバックするように、リニアな時間の流れというよりは、彼女の意識の流れによって書かれているようだ。回想の合間に、どことなくささやかに挿し入れられた写真の数々は、どれも独特のフレーミングに感じる。場所と日付(は本書には明記されていないけれど)という具体的なインデックスに紐付けられたにイメージは、それがほんとうにかつてあったことを示す。

 また本書には、すでにいない人たちが数多く登場する。その中でも、最後にあとがきの中に登場するのがルー・リードである。彼女は「ルーのいないニューヨークは、想像することがむずかしかった」という。それはきっと、ルー・リードが“Halloween Parade”(『New York』所収)で歌ったような喪失感にちがいない。

 先のアメリカ大統領選挙に際し、彼女がニューヨークの街頭で“People Have The Power”を歌い、投票を促す映像がインターネットで届けられた。彼女は、ステージに立っているのとは違う、より等身大の、素のままの姿でそこに立っていた。彼女はマイクもなしに肉声で歌い、バンドもPAシステムも照明もなく、ただ彼女の横でレニー・ケイがギターを弾いていただけ。そこには、アレン・ギンズバーグが謳った、時代の最良の精神(The best minds of my generation)の姿があった。それは、訳者の管啓次郎があとがきでふれているように、〈彼女の活動の核にあるもの〉が〈何よりも詩人の魂〉であることの証であるように思った。

 


パティ・スミス(Patti Smith)
アメリカ合衆国のミュージシャン・詩人。ニューヨーク・パンクシーンで台頭し、70年代は〈パティ・スミス・グループ〉名義で活動、〈クイーン・オブ・パンク(パンクの女王)〉とも称された。2007年〈ロックの殿堂〉入り。2008年、写真家のスティーヴン・セブリングが、11年間パティに密着して撮影したドキュメンタリー映画「パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ」が公開され、日本でも2009年に公開された。2010年1月には、著作「ジャスト・キッズ」を上梓。2016年、ピアニストの愛娘ジェシー・パリス・スミスと3年ぶりに来日し、フィリップ・グラス、久石譲、村上春樹と共演した。

 


寄稿者プロフィール
畠中実(はたなか・みのる)

1968年生まれ。90年代末より展覧会企画や音楽イヴェント企画に携わり、現在までさまざまな展覧会を手がけ、作家の個展企画も多数行っている。美術や音楽について執筆活動も行ない、おもな編著書には、「現代アート10講」(田中正之編、武蔵野美術大学出版局、共著、2017年)、「メディア・アート原論」(久保田晃弘との共編著、フィルムアート社、2018年)など。

 


FILM INFORMATION

©2017 Buckeye Pictures, LLC

「ソング・トゥ・ソング」
監督・脚本:テレンス・マリック
音楽:ローレン・マリー・ミクス
出演:ルーニー・マーラ/ライアン・ゴズリング/マイケル・ファスベンダー/ナタリー・ポートマン/ケイト・ブランシェット、ホリー・ハンター/ベレニス・マルロー/ヴァル・キルマー/リッキ・リー/イギー・ポップ/パティ・スミス/ジョン・ライドン/フローレンス・ウェルチ/レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
配給:AMGエンタテインメント(2017年  アメリカ  128分  PG12)
◎2020年12月25日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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