〈砂漠のジミ・ヘンドリクス〉との異名を取り、思わず〈ニジェールのヴァン・ヘイレン〉、あるいは〈サハラのプリンス〉と形容したくなる新たなギター・ヒーローが西アフリカから現れた。エムドゥ・モクターだ。

そのエムドゥ・モクターが2021年5月21日(金)、オルタナティヴ・ロックの名門マタドールから世界デビュー作『Afrique Victime』をリリースする。すでに、先行シングル“Afrique Victime”をPitchforkが〈Best New Track〉に選ぶなど、海外での期待は最高潮に高まっている状況だ。『Afrique Victime』で展開される幻惑的で刺激的な音楽と真摯なメッセージは、保守化したロックなんて聴き飽きたという日本や欧米のリスナーを魅了するにちがいない。

今回は、そんなエムドゥ・モクターの〈砂漠のサイケデリック・ロック〉の独自性について、音楽評論家の高橋健太郎に論じてもらった。 *Mikiki編集部

MDOU MOCTAR 『Afrique Victime』 Matador/BEAT(2021)

 

ニジェールから登場したギタリストがマタドールと契約

米マタドール・レコードが思わぬアーティストと契約した。西アフリカのニジェールから登場したギタリスト、エムドゥ・モクターだ。ニジェールはナイジェリアの北側、マリの東側に位置する内陸の国で、広大な国土の多くがサハラ砂漠。人口は1700万人ほどだ。近年はアメリカ国内で活動するアフリカン・アーティストも少なくないから、エムドゥ・モクターもそのひとりなのかと思ったが、そうではなかった。ニジェール中央部の都市、アガデズを拠点にし、数枚のアルバムを残している。

ただし、エムドゥ・モクターのバンドにはアメリカ人のベース奏者が協力している。ジョン・ゾーンのツァディク・レーベルにアルバムを3枚残しているレス・ライノセロス(Les Rhinocéros)のリーダーだったマイケル・コルトンだ。彼はNYのイースト・ヴィレッジに住むが、西アフリカと往復しながら、モクターのバンドに参加しているのだという。マタドールからの新しいアルバム『Afrique Victime』は彼のプロデュースだ。

レス・ライノセロスの2013年作『Les Rhinocéros II』収録曲“Bea Spiders”。リリースはジョン・ゾーンのレーベル、ツァディクから

 

砂漠のブルースよりもスピーディーでアグレッシヴ

長身で左利きのエムドゥ・モクターはそれだけでジミ・ヘンドリクスを彷彿とさせるところがある。モクターは砂漠の遊牧民であるトゥアレグ族の出身だ。国境に縛られない生活を送るトゥアレグ族はマリ、アルジェリア、リビア、ブルキナ・ファソ、ニジェールなどに拡がり、モクターも生まれたのはニジェールだったという。

トゥアレグ族出身の現代のアーティストで最も有名なのはティナリウェンだろう。マリ北東部のキダルを拠点とするギター・バンド、ティナリウェンは〈砂漠のブルース〉の呼称とともに、2000年代に世界的なセンセーションを巻き起こした。エムドゥ・モクターもティナリウェンの影響を受けているのは間違いない。

ティナリウェンの2009年作『Imidiwan: Companions』収録曲“Lulla”

だが、エムドゥ・モクターの音楽はティナリウェンのそれよりもずっとスピーディーで、アグレッシヴだ。ティナリウェンも多くのロック・ミュージシャンとの共演を残してきたが、モクターは4人編成のロック・バンドを率いていると言った方がしっくりくる。

ニジェールでの2020年のライブ映像

 

伝説的ギタリストから受け継いだプレイとトランス性

86年生まれのモクターがギターを始めたきっかけはニジェールのギタリスト、アブダラー・ウンバドゥーグーに憧れたからだという。〈砂漠のブルース〉系のギタリストのトリルを多用したギター奏法は、民族楽器のテハルディン(ンゴニ)の奏法をエレクトリック・ギターに応用したものだが、アブダラー・ウンバドゥーグーはその始祖のひとりとされる。2019年に彼の『Anou Malane』(95年)というアルバムがリイシューされたが、これは政府によるトゥアレグ族への弾圧が続く中で、カセットによるコピーが若者に拡がり、強く支持された伝説的作品だという。リズム・マシーンを用いたアブダラー・ウンバドゥーグーの音楽は強いトランス性も持つ。ギター奏法だけでなく、そのあたりの感覚もモクターは引き継いでいるようだ。

アブダラー・ウンバドゥーグーの2019年作『Anou Malane』収録曲“Anou Malane”

モクターは最初からバンドを率いていたのではなく、初期の作品は宅録っぽかった。モバイル電話のSIMに入れられて流通していたそれが、米オレゴン州のインディー・レーベル、サヘル・サウンズの耳にとまり、2013年にアルバム『Afelan』がリリースされた。

今、モクターが弾いている左利き用ストラトキャスターは、サヘル・サウンズからプレゼントとして贈られてきたものだったという。ベースレスのトリオで活動するようになったモクターは2019年にアメリカをツアー。そこでベース奏者のマイケル・コルトンと出会い、現在の編成になったようだ。

2013年作『Afelan』収録曲“Tanzaka”

 

爆発するギターもアラブ歌謡の猥雑さも〈サイケデリック〉へ統合

コルトンがプロデュースしたアルバム『Afrique Victime』では、冒頭の“Chismten”からモクターが爆発的なギター・プレイを聴かせる。リヴァーブの効いたストラトキャスターの音色はもうひとりの左利きのギタリストを連想させたりもする。サーフ・ギターの帝王、ディック・デイルだ。

ただし、モクターのバンドが演っているのはギタリストだけが好きに弾きまくり、昇天するような音楽ではない。モクターのギターは執拗なまでの反復性を持ち、強靭なリズム・セクションと絡み合いながら、聴き手を高揚させる。6/8拍子が多いアフロ・ポリリズムにタイトな現代性を与えるこのバンドの演奏力は凄い。コルトンがかつて率いたレス・ライノセロスは、アラビックな旋律を用いたメタル・ジャズ的な音楽をやっていたが、そのエッセンスも明らかに織り込まれている。

『Afrique Victime』収録曲“Chismiten”

2曲目の“Taliat”ではヴォーカルが前面に出て、アラブ歌謡的な猥雑さを振りまくし、3曲目の“Ya Habibti”はアコースティック・ギターを使って、それをアンプラグド的な方向で聴かせる。このあたりはモクターの初期の作品にも見られる展開だ。ただし、以前はエレクトリック・ギターによるロック的な曲とアラブ歌謡的な伝統性を感じさせる曲がはっきり分かれていたのに対して、このアルバムではすべてがひとつのバンド・サウンドの中に統合された感がある。〈サイケデリック〉の一言ですべてが説明できてしまいそうだ。

『Afrique Victime』収録曲“Afrique Victime”

 

エムドゥ・モクターは〈砂漠のサイケデリック・ロック〉

そう、ティナリウェンが〈砂漠のブルース〉だったら、エムドゥ・モクターは〈砂漠のサイケデリック・ロック〉かもしれない。モクターが欧米のロックの影響をどのくらい受けているのかは分からない。2019年のデトロイト録音のライブ・アルバム『Mdou Moctar: Blue Stage Session』ではジミヘンやニール・ヤング的なロック・フレーズを弾いていたりもするから、基本は押さえているのだろうが、新作に充満する強烈なサイケデリック感はトゥアレグ族の住む砂漠の日常に由来するようにも思われる。その乾いたサイケデリアは極めて自然体で、身を任せているうちに、意識をすうっと持って行かれてしまう。現在はロック・フェスなどが開催困難な状況だが、世界中でそれが再開されたら、これは強力なアクトになるだろうと確信できる。

2019年作『Mdou Moctar: Blue Stage Session』収録曲“Tarha”。リリースはジャック・ホワイトのレーベル、サード・マンから

 


*2021年5月21日追記
記事の訂正およびお詫び
本記事の初出時、エムドゥ・モクターの出身地とトゥアレグ族についての記述が誤っておりました。謹んでお詫びし、訂正させていただきます。 *Mikiki編集部

 


RELEASE INFORMATION

MDOU MOCTAR 『Afrique Victime』 Matador/BEAT(2021)

リリース日:2021年5月21日(金)

■国内盤CD
品番:OLE1614CDJP
価格:2,420円(税込)
ボーナス・トラック追加収録/解説書・歌詞対訳封入

■輸入盤CD
品番:OLE1614CD
価格:2,519円(税込)

■限定盤LP(パープル・ヴァイナル)
品番:OLE1614LPE
価格:2,849円(税込)

■輸入盤LP
品番:OLE1614LP
価格:2,849円(税込)

TRACKLIST
1. Chismiten
2. Taliat
3. Ya Habibti
4. Tala Tannam
5. Untitled
6. Asdikte Akal
7. Layla
8. Afrique Victime
9. Bismilahi Atagah
+日本盤ボーナス・トラック