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多様な愛のかたち、あらゆるひとが幸せに生きることを肯定したいと思った

――それではEPにおける1曲目、大きな幸福に満ち溢れたタイトル曲“Life”が生まれた経緯からお話を伺えますでしょうか。この曲からはコロナ禍における救いを感じました。

宮川「慧ちゃんの音楽は、聴いている人の心の内にアプローチする。すごく内面を掘り下げる趣旨の曲が多かったんですけど、一回ベクトルを外に向けた曲を作ってみない?というところから始まりました」

――なるほど。慧さんにとって新たな扉が開いた曲のひとつだったのですね。

大和田「そうなんです。そう考えた時に、子どもの頃の話になりますが、昔は人とのコミュニケーションが今よりずっと下手で。恥ずかしいから、いつも仏頂面。感情をそのまま表現する事がすごく苦手だったんですけど、14歳くらいの時にゴスペル音楽と出会って。クリスチャンではないけれど、ものすごく救われた経緯があって。〈私を解放させてくれたのは、まさに音楽、歌うっていうことだった〉っていうことをコロナ禍で思い出して」

――オルガンにのって喜びを表現する慧さんの声が印象的でした。ゴスペルを感じる、このサウンドを作り上げるきっかけはありましたか?

大和田「2020年3月にコリー・ヘンリーのライブを観に行って。オルガンの音と〈NANANA~〉のシンプルな繰り返しだけで、涙と同時に祝福されるような音楽の喜びが溢れてきて。そんな曲を私も作りたいと思った。ゴスペル音楽を愛しているからこそ、中途半端なことはできない。でも純くんとならそんなフィールの音楽が作れると思いました」

宮川「自分もオルガニストですし、ゴスペルが大好きでそこにリスペクトがあります。慧ちゃんが込めたいことと、自分のできることが合致したことで、このサウンドだったらとことん突き詰められると。〈難しいことを考えずに、一聴して幸せな気持ちになれる!〉ことをコンセプトとして決めて。オルガンってブラック・チャーチの中で大切な楽器で、個人的な見解ですけどオルガンの音を聴いて暗い気持ちになる人はまあいないんじゃないかなって思うんです。演奏の良い悪いは関係なく、グワーっと力が湧いてくるんですよね! “Life”に生かせてよかった」

Cafe, Dining & Bar 104.5での“Life”のライブ映像
 

――本当にそう思います。オルガンの音って、誰にでも平等にピースをもたらしますよね。

大和田「さらに言うと、“Life”のシングル・リリース時の抱き合うイラストのジャケットと、MVもぜひ観てほしいのですが、コロナ禍で改めて考えた社会構造、LGBTQ、BLMなどについての視点も含んでいます。多様な愛のかたちや、社会のあらゆる人が等しく機会を与えられて幸せに生きることを肯定したいと思いました。私なりの賛歌ですね」

2020年12月に本作の先行シングルとしてリリースされた“Life”のジャケット。年齢や性別を限定せず、恋人、親子などさまざまな愛の形に見えるよう意識したデザイン

――音楽は社会と密接な繋がりがありますし、社会問題によって生まれた音楽がたくさんありますもんね。

大和田「思想を歌詞にダイレクトに込めるってわけじゃないですけど、きちんとコネクトさせて時代を反映させたい」

宮川「ニーナ・シモンの言葉だね。〈時代を反映させることはアーティストの責務だ〉」

大和田「そうだね。でも強く意識しないでもそこにたどり着いた気がする」

――時代をコネクトさせた歌詞を、幸福に溢れた楽曲に落とし込む。そう簡単には表現できないですって。素敵なバランス感覚です。

宮川「今作は慧ちゃんの歌詞のストーリー力が見事に発揮されて。〈ありがとう/I love you〉などのシンプルなありふれた言葉に、いろんな感情を絡めて表現しているよね」

――なるほど、“Life”の成り立ちを探っていけばいくほどたくさんの方に届いて欲しいです。キャッチーで開放的な楽曲はもちろん、慧さんの特別なニュアンスを持つ言葉はたくさんの方の胸を打つと思います。ジャズやブラック・ミュージックのファンの方はもちろんですが、どんな方に届いて欲しいですか?

大和田「私はジャズ・ミュージシャンとの共演が多いことから、ジャズ・シンガーのイメージを持たれることがあるのですが、そうではなくて。シンガー・ソングライターとして、身近に感じてもらえる曲、寄り添うような歌を目指しているので、コアな音楽ファンじゃない方へも届いたらいいなという願いがあります。たとえば私と同世代の女性の方だったり。もちろんあらゆる方に、〈自分にもその感情があるんだよね〉とリアルタイムで共感してもらえたら本当に嬉しいなと」

――私の話で恐縮ですが、結婚式の音楽の提案を任されることがありまして。20代の女性に“Life”を紹介させていただいたら、その方にとても刺さっていたんですね。

大和田「嬉しすぎる!! それで今思い出したんですけど、私も面識が全くない、子育て中のママさんたちのダンス・クラスの発表会で“Life”を踊ってくれている動画を目撃して! 忙しい毎日の中でも、あなたが一番輝く瞬間が今日のステージです!というようなことが書いてあって、なんて素敵なんだろうと感動したことがありました。届いているんだな~って」

――慧さんの一曲が誰かに届いて、人生の大事な一曲になって、誰かに受け継がれて。まさに2曲目“バタフライ・エフェクト”のような事象が。これはどんな楽曲ですか?

※ほんの些細な出来事がさまざまな出来事を引き起こし、非常に大きな事象に繋がることがあるという考え方のこと

『LIFE』収録曲“バタフライ・エフェクト”
 

大和田「小さな瓶に自分の気持ちを書いた手紙を入れて海に流して、どこかの誰かのもとに流れ着いて始まるストーリー。誰にも言えないことだったり、言っても仕方がないことだったり、心はいろんな気持ちで渦巻いてるじゃないですか。それでも、自分では一生気がつかないかもしれないけど、絶対どこかの誰かに届いているよ、という気持ちを歌った曲です。

この曲を作ったのは実は3年以上前で、前作のアルバムよりも前から演奏していて〈音源化しないのですか?〉と訊かれることも多かったのですが、なんとなく〈今ではない〉と思っていて。結果的に〈この歌はこの時を待っていたんだ〉と感じています」

――私も音源化されて嬉しいです。ただ、印象としては、J-Pop然としているし、ギター・ポップでもあるけれど、このEPの中ではいい意味で一番異彩を放っていると思いました。

宮川「そう、その通りで、シンガー・ソングライターとしての彼女の弾き語りの良さを出したかったのがこの一曲。どうしても鍵盤弾きがプロデュースとなると、鍵盤ベースで作っていきがち。ベーシックな部分は〈弾き語リスト〉として自身でアコースティック・ギターを弾いてもらっています。このEPがシングル・カットした曲の寄せ集めにならず、他の曲が生きてくるのもこの曲の力なんですよね」

大和田「シンプルに弾き語った時に、メロディーと歌詞だけでパワーを持つ曲を作っていきたいと常々思っているから、私にとっては自然に出来た曲。ベースは越智俊介くん(CRCK/LCKS)に弾いてもらって、バンド感があるところも気に入っています。コロナ禍で定期的にやっていたインスタ・ライブでこの曲を歌うとリスナーの方が〈今はみんなサナギの状態だけど、いつかは羽ばたけますもんね!〉なんて蝶の絵文字を飛ばしてくれたり。ファンの方との繋がりを感じますし、思いがけず今の状況にリンクしたこの曲の世界観をお楽しみいただけたら」

 

〈パジャマを脱いだら始めよう〉自粛中の日々の共感をシニカルに誘う“Switch”

――続けて3曲目の“Switch”も深掘りできたらと思います。モータウンやヴィンテージ・ファンクの質感と、自分も〈頑張ってスイッチを押そう〉という歌詞に〈分かるよ~~~〉と刺さりまくったのがこの曲。成り立ちを教えていただけますか。

大和田「ライブで盛り上がれるピースが欲しい!が出発点でした。みんなで手拍子で参加できる曲があると良いねって。これに関してはフォーキーでソウルフルで、完全に音から出来上がった一曲です。とても細かいんですけど、メロディーにはアレサ・フランクリンを意識したフレーズが隠れていたりするんです」

――なんと! 慧さんはアレサの音楽を愛していますもんね。節回しにまで細かいこだわりが。

大和田「あまり気付かれないこだわりがね(笑)。その分、歌詞はみんなが共感できることをと思って、書きました。自粛で、毎日パジャマで過ごすような生活が続く中、〈このコーヒー淹れたらがんばろ!〉とか、〈シャワー浴びたら取り掛かろう!〉とか、ありとあらゆる手で、自らのやる気を起こさせる奮闘の記録です」

宮川「僕は、この楽曲にシニカルな歌詞をよく落とし込んだなと思っていて。こういうブルースこそがみんなの活力になるんだなって。そもそもブルースって奴隷制時代に〈みんな辛いけど頑張ろうぜ、明日は来るさ〉って奮い立たせるために歌っていたのが起源だと思うんだけど、“Switch”もそういった曲になったと思う。そんな大それたこと言っていいかわからないけど……」

――ここまでの3曲はバンド・サウンドで、伊吹文裕さんのドラムがリズムを司っていますよね?

大和田「ライブも一緒にしてきている大好きなメンバーと録りました。私の曲はタイプが様々で、アプローチに悩むこともあると思いますが、伊吹くんはどんな曲も迷いがなく最高のプレイで応えてくれる。このメンバーが揃う6月29日のリリース・ライブが本当に楽しみ!」

宮川「伊吹くんはモノンクルで出会えた事が本当に大きくて、僕が推薦するような格好になりましたね。慧ちゃんの曲の魅力はメロディーラインと詞の強さ。一聴しただけですうっと聴き手の心に入って寄り添うことのできる力です。だからこそシンプルにグルーヴや音色の持つ意味を一緒に追求できる、愛すべき仲間たちに集まってもらいました。どの曲もみんなのこだわりが詰まっています」

Cafe, Dining & Bar 104.5での“Switch”のライブ映像
 

――ちょっとマニアックになってしまうけど、純さん、シンベですね!

宮川「そう! シンセ・ベースでソウルものを作りたかった! PJモートンとか。本当は、ドラムを録ってから改めて弾き直すつもりだったんですけど、伊吹くんが僕のデモのプレイをリスペクトしてくれて。結局ほとんど弾き直しもせず」

――サウンド作りも、デッド目な音だったり、部屋で起きているような身の回り感がありました。

宮川「この曲だけ、ヴォーカルにショート・ディレイをかけたり、歌詞の質感に寄せてミックスも他とは違った仕上げになっています。吉田サトシさんのギター・ソロに関しても、気怠さのあるソロをお願いしています。元気ながらもこの重い感じ。歌詞ありきなんです」

――なるほど。ちなみに歌詞に関しては実体験が多いですか? フィクションが多いですか?

大和田「実体験が多いです! 本当にパジャマで過ごしてました(笑)。〈次に進むための自分の中のスイッチを探している〉がテーマ。恋愛に対してもそう。心が弱ると昔の恋人に連絡をしてしまいたくなったりね……」

宮川「そうそう! 〈私の生活見てるの?〉ってお客さんから声をいただくほど、共感していただいているのが本当に嬉しいよね!」