堀込高樹のソロ・プロジェクトとして新たに船出したKIRINJIが初のアルバムを完成――時代の気分と自分の気分を投影された『crepuscular』の薄明かりは何を照らす?
不安もあるけど希望もある
昨年末、約8年間のバンド体制での活動にピリオドを打ち、堀込高樹のソロ・プロジェクトとして新たな船出を切ったKIRINJI。今年4月には、コロナ禍での心情、人恋しさをリリックに映し出したメロウ・チューン“再会”を配信。続いて7月には、フィメール・ラッパーのAwichをフィーチャーした“爆ぜる心臓”をリリース。いつになくヘヴィーな質感を湛えたサウンドの“爆ぜる心臓”は、映画『鳩の撃退法』のために書き下ろした楽曲とはいえ、KIRINJIの新しい側面を見せた、言わば意欲的な楽曲だった。そして8月には現体制となって初のライブを開催……というここまでの流れ。そして、さらなる新曲が編まれていく。
「作り方は変わりません。バンドでやってたときも、僕が作り込んだデモを生演奏に差し替えるという制作方法でしたから。ただ、演奏する人が変わると、当たり前ですがグルーヴが変わったり音色が変わるので、それによってまたフィードバックがある。今回、新しい人たちに参加してもらって、そのニュアンスがどこまで聴く人に伝わるのかわかりませんが、自分としては大きな手応えを得ました」。

宮川純(キーボード)、伊吹文裕、石若駿、橋本現輝(すべてドラムス)、角銅真実(マリンバ、パーカッション)、川口義之(バリトンサックス)──バンド体制のときから引き続き参加している千ヶ崎学(ベース)以外〈新しい人たち〉を迎えて編まれ、そうしてこのたび届けられたのが『crepuscular』。前作『cherish』から約2年ぶりのニュー・アルバムである。
「〈crepuscular〉とは、パッとしないけど、お日様の光を見るとちょっとアガるなぐらいのムードというか、〈3.11〉のあとに街の電気が消えて、コンビニに入っても照明がぼやーっとしてる感じがあったじゃないですか。あの感覚をこの1、2年で思い出して。不安もあるけど希望もある、みたいなアンビバレントな感じ。はじめは〈薄明光線〉みたいなものをタイトルにしようと思いましたが、その手のワードを曲名やアルバムのタイトルにしているアーティストが、ここ一年ぐらいけっこう多くて。まあ、うすぼんやりしてるなかで毎日暮らしてるから、みんなそういう気分なんだろうなって思ったし、いい兆しを求めてるっていうことなんでしょうね。それで、何か他にいい言葉がないかと考えて、クレプスキュールっていうレーベルがベルギーにあって、確かトワイライト的な意味じゃなかったっけ?って調べてみたら、あれはフランス語でしたけど、英語だと〈crepuscular〉。あまり聞き慣れてる言葉でもないし、小文字で書くとカワイイなとか、楽しい感じがするなと思って」。
フィクションとして日常を作品化する
黄昏、薄明、薄暮、夜明け前や夕暮れの薄明るい空……といった意味も持つcrepuscular(クリパスキュラー)。アルバムはそのタイトル通り、今風のサイケデリックとでも言えそうな〈薄ぼんやり〉とした画を浮かばせる音像で、その向こう側から、普通ではなかった日常からインスパイアされたリリック、穏やかでコク深いメロウネスが、響き渡る。
「サイケな曲を書こうといった狙いはありませんでした。ただ、空間的なおもしろさが提供できるといいなと思っていて。リヴァーブ感とか、あるいはすごくデッドな音だったりとか、自分の好きな感じのポップスを書こうと思いつつ、そこにそういったソフトな、現代的なサイケな感じを塗れたらいいなというところから曲作りは始まりました。まず、“再会”は収録することになっていて、“爆ぜる心臓”は映画『鳩の撃退法』のために書いたのでテイストが特殊ですけど、評判もよかったので収録しようと。ということで、サウンドの幅がある“再会”と“爆ぜる心臓”、この2曲を繋ぐものを配していこうと考えました」。
そのようにKIRINJIとして例のない流れで制作が進められた『crepuscular』は、全9曲というコンパクトさ(いや、むしろちょうどよい)も相まってか、曲の寄せ集めではなく、曲の置きどころにも大きな意味を持つ、かの時代の〈アルバム〉っぽい芸術性を感じさせてくれる。
「歌詞も、この2年はコロナのことばっかりだったから、それに影響されたものをやるしかない……でも、そのまんまじゃなく、フィクションとして日常を作品化していかないとダメだと。歌詞はそうやって詰めていって、サウンドのほうは先ほど言ったような感じで決めていきましたが、やはり穏やかな曲が多くなりましたね。音数の少ない曲も多いので、一個一個の音をしっかり太く聴かせられてると思いますし、それもあってヴォーカルの表情とかリヴァーブとかディレイのかかり具合とか、それがわかりやすく伝わってくるんじゃないかと思います」。
世の中の気分、自分の気分
そのせいあってか、穏やかとはいえ熱い。家族が熱を出し、発熱外来の診療ができる医者を探してとにかく電話をかけまくった「こういうやりとりって世の中に山ほどあるんだろうな」という実際のエピソードがもとになっている“ただの風邪”を冒頭に、トリッキーなリズムを絡めた“曖昧me”、マリンバが紡ぐエキゾチックなメロディーが印象深いインストゥルメンタル“ブロッコロロマネスコ”など、バンド体制での最終作『cherish』でひとつ極めたところもあるファンクネスは、様子を変えながら楽曲のなかに蠢いている。
「『cherish』でやっていたファンキーなビートを今回もやりたいと思って。今回はバンドという縛りもなくなったので、気になっているドラマーを呼ぼうと思って伊吹くんや橋本くん、石若くんにお願いしたり。ただ、〈『cherish』みたいなもの〉って思ったとはいえ、これも自分自身や世の中の気分に影響されて、あんまりウキウキした感じっていうか、ダンサブルっていうところまではいかなかった。それでもファンキーなものは聴きたいっていうのもあって、“ただの風邪”や“気化猫”といったスロウだけどファンクな曲が出来ました。やっぱり、気分ですね。世の中の気分、自分の気分。それがいつになく反映されていると思います」。
同じ意味を持つ、言わばタイトル・トラックと言ってもいい“薄明”には、シンガー・ソングライター/トラックメイカーのMaika Loubtéをフィーチャー。
「今年の夏にラジオでかかっているのを聴いて、おおっ!と思ったんです。かなり堂々とシンセを鳴らしていて、しかもヴィンテージっぽい音色で、これはいいなと思って。“薄明”がフレンチっぽい曲だったから、フランス語とかハマりそうだな、誰か歌ってもらえる人いないかなと考えたときに、そうだ!と思ってお声がけさせていただきました」。
『crepuscular』から醸し出されるグルーヴは、多かれ少なかれ何かしらのダメージを受け、デリケートにならざるを得ないいまの私やあなたの心をやさしく揺らしてくれるアルバムだと言える。が、それが〈癒し〉だけではない音楽的なときめきに満ちていることは言うまでもなく。世の中の気分に影響されながらも、持ち前の豊かなメロウ・マインド、その真価がさらに発揮され、堀込高樹のヴォーカルもまた味わい深く……。
「さすがに歌い慣れてきたんじゃないですかね(笑)。コロナ禍でお酒をずいぶん控えたっていうのも大きいかもしれません。日常的に、お酒を飲まないと身体全体の調子がいいんですよね。人間ドックで検査したときに、特別悪い値が出たわけじゃなかったけど、もうちょっと身体のこと気にしようと思って、試しにお酒をずいぶんと控えてみたら、常に調子のいい感じになって。身体全体が調子良くなってるっていうのが歌にも反映されていると思います。疲れづらいし、基礎体力が上がってる気がしますね」。
『crepuscular』を包む、薄ぼんやりと明るい景色。それは〈暮れていく〉というよりも〈明ける〉時間のそれを感じさせる。健やかな日々の目覚めは、とても清々しい。
左から、KIRINJIの2019年作『cherish』、ベスト盤『KIRINJI 20132020』、2021年のEP『爆ぜる心臓 feat. Awich』(すべてユニバーサル)、堀込高樹の手掛けた2020年のサントラ『共演NG』(バップ)、2021年のサントラ『鳩の撃退法』(ユニバーサル)
左から、宮川純の2015年作『THE WAY』(T5Jazz)、伊吹文裕が在籍するメガネブラザースの2020年作『いいCD』(シジミ)、石若駿の2020年作『SONGBOOK V』(APOLLO SOUNDS)、橋本現輝が在籍する梅井美咲トリオの2021年作『humoresque』(Brilliant Works)、川口義之が在籍する渋さ知らズの2017年作『渋樹 JUJU』(地底レコード)、角銅真実の2020年作『oar』、Awichの2020年作『Partition』(共にユニバーサル)、Maika Loubtéの2019年作『Closer』(Water)