
黒人音楽と白人音楽の交差から生まれたシティ・ポップ
――シティ・ポップは〈都会的でおしゃれなサウンド〉というように言われますけど、音楽的に考えると16ビートでアクセントがあるリズム・パターンと、テンション・コードのギター・カッティングがその象徴だと思うんですね。そこで“真夜中のドア”は林さんがアレンジを書いた段階ですでにそれらがスコアリングされていたということも、ここでちゃんと触れておきたいと思っています。
「16ビートの流れっていうのは自分の中で自然に出てきたものでもあるし、ひとつの時代の流れでもあったんです。74〜75年頃ですかね、当時はビートルズをはじめとしたブリティッシュ・インヴェイジョンへのアメリカからの対抗としていろんな音楽が出てきた時期で、例えばビート感で影響を受けたというとロバータ・フラックが歌った“Killing Me Softly With His Song”(73年、邦題〈やさしく歌って〉)ですよね。あれは当時みんな影響されたと思うんだけど、バラードっぽいのに倍テン(本来のBPMの倍の速さ=倍テンポのこと)でリズムをとってるんですよ。その中でビートの強さをアタックとして出すところが通常だとスネアなんだけど、そこをベードラ(バス・ドラム)とスネアで刻んでいる。そういうそれまでなかったようなビート感みたいなものが、スティーヴィー・ワンダーなんかも含めてソウル(・ミュージック)の中にけっこう出てきて、そういった気持ちのいいビート感を日本の曲の中に入れたいっていう思いが、ビートルズの影響を受けたあとにロックの影響を受けた人たちを進化させた面はあると思います。
コードでいうと、ビートルズは比較的シンプルですけど、アメリカの音楽はそこにさらにジャズの影響から和音が複雑になって、気持ちのいい新しい響きを生むようになった。それが僕の曲で言うなら“Rainy Saturday & Coffee Break”(77年)になると思うんだけど、そういう人たちが僕だけじゃなく他にもたくさんいて、そこが今のシティ・ポップのいちばんのルーツなのかなって思いますね」
――当時そういう新しさのような感覚を共有していたのは(作曲家の)佐藤健さんになるんですかね?
「そう、近くだと健ちゃんだろうね。あとは松任谷正隆さんとか南佳孝さん、佐藤博さんとかになるのかな。
それで、80年代に入るとかなりわかりやすいんだけど、80年代はソウルが極めて白人の音楽に近づいてきて、一方白人の音楽は極めてソウルに近づいていった時期で、ソウル側だとトム・ベルとかギャンブル&ハフ、遡るとモータウンでベリー・ゴーディが集めた人たちが白人のポップ感とソウルを融合させたものがそこにベースとしてあった。一方、白人だとデニス・ランバート&ブライアン・ポッターなんかを経由して、デイヴィッド・フォスターやジェイ・グレイドンのようなプロデューサーが出てきた。
僕らはそれを追いかけたんですよね。まさにそれは白人音楽と黒人のソウル・ミュージックが渾然一体となったものだったんです」
グルーヴにのるメロディーメイカー林哲司の個性
――では今回のコンピ盤についてお訊きしていこうと思います。今回、シティ・ポップ・ブームに合わせる形で林さんの作品集が都合ディスク6枚分、合計102曲で発売されることになりました。しかも〈グルーヴ〉という切り口で選曲したということなのですが、完成まではどのような経緯だったのでしょうか?
「最初、収録候補曲としてリストをもらって、普通に上から見ていくじゃないですか。そしたら“ライト・フット”(上田正樹、83年)、“Just a Joke”(国分友里恵、83年)と目に飛び込んできて、〈あれ? なに?〉ってなりました(笑)。僕がいわゆるベスト盤のようなものを勝手にイメージしていたんでしょうね。ベスト盤ならとりあえず1曲目はヒット・チューンがくると思うじゃないですか。
とはいえ僕も2年ほど前にツイッターを始めて、自分がいいと思っている曲と、聴いてくれるファンのかたたちがいいと思う曲とは必ずしも一致しないということがだんだんわかってきて、〈え、これ?〉っていう曲が意外とファンが多かったりするんですよね。最近思ったのだと“ガラスの観覧車”(87年)とかね。メロディー的にはもっといい自作曲あるよって思っちゃうんですけど、やっぱり映画(『ハチ公物語』)と一緒になって好きでいてくれたり、自分のカラーというより、アニメ主題歌として書いた『美味しんぼ』の“Dang Dang 気になる”(中村由真、89年)にしても、リスナーのかたは当時の思い出とともにずっと愛着を持ってくれてたりするわけで、それは僕にもわからないですからね。それが音楽の良さでもあるわけで。だから僕が自分の思いだけで曲を選ぶんじゃなく、誰かに選んでもらう面白さってきっとあるだろうから、今回は委ねようと。
でもその同じ打ち合わせの時に〈タイトルどうしましょうか?〉って訊かれて、自分の特徴はやっぱりメロディーだから〈melody collection〉って答えたら、〈今回グルーヴで選んでるんですよ……〉とそこで初めて言われて、その場が変な空気になりました(笑)。でもまぁよく考えてみたら、そのグルーヴの上にのってるメロディーにも自分の個性が出てるよなと思って、〈melody collection〉でもおかしくないだろうという思いに至りました」