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音楽学校を舞台にした「フルメタル・ジャケット」

 タイトルが浮かぶ黒い画面を背景に次第に激しさを増すドラムの音。つづく静寂に包まれたロングショットては、夜の人気のない廊下の奥にある練習室でドラム・セットを前に座る一人の若い男性が映し出され、彼がドラムを叩き出すとカメラもゆっくりと前進を開始、開け放たれたドア付近に到達すると、それまで無我夢中で練習していた若者がまるで僕らの気配に気づいたかのように顔を上げ、謝りながら演奏をやめる。もちろん彼の謝罪は僕らに向けたものではない。次のショットで現れる、いかつい風貌のスキンヘッドの中年男性がその対象であり、孤独なドラマーに迫る先の移動撮影はこの男の目線に沿ったものだったのだ。

 ややおどおどした物腰の若者が入学したての一年生であることや教師である中年男性がバンドのメンバーを探していることなどがその後の短いやり取りで知らされ、相手に促されるようにして若者は演奏を再開するが、すぐにドアの閉まる音が辺りに響き、中年男性が姿を消す。このシークエンスを締めくくるのは、再び夜の練習室内に一人取り残された若者を横から捉える引きのショットで、これまで僕らが目にしていた光景の舞台を告げる〈シェイファー音楽院〉とのテロップがそこに重なる……。

 弱冠28歳の新人監督が脚本も担当し、さほど予算もかかっていない作品ながら、数々の賞レースで注目を集めるなどセンセーションを巻き起こした『セッション』の冒頭のシークエンスは、その後の物語の展開を明快に予告してもいる。父親が男手ひとつで育て、いまだ彼の保護下にある主人公のニーマンは、女性関係にも慎重な奥手の若者であり、この映画で描かれるのは、そんな彼がたび重なる試練を乗り越え、一人前の大人へと成長を遂げる通過儀礼の物語でもある。他方、いま見終えたばかりのシークエンスで強烈な第一印象を残すスキンヘッドの中年男性こそ、〈たび重なる試練〉を主人公に課す張本人であり、名門音楽学校で誰もが一目を置くほどのカリスマ性を備えた大物教師、フレッチャーである。

 格下のバンドで二番手のドラマーに甘んじていたニーマンは、フレッチャーの誘いを受けるかたちで彼が率いる花形バンドに加入、二人の師弟関係が本格化する。しかし、ニーマンにとってのフレッチャーは、単なる師にとどまらず、愛情は厚いが存在感の薄い実の父親に代わる〈厳父〉であり、奇妙な形容であることを承知でいえば、厄介で気難しく、しかし飛び抜けた魅力を備えた〈恋人〉でもある。マッチョな中年男性と子ども臭さの抜けない若者が疑似的な恋愛関係に落ちるかのように見えるのはなぜか。ひとつには先に紹介した冒頭のシークエンスでの視線の役割がある。フレッチャーは、初々しくどこか女性的な雰囲気の新人生を文字通り見初めるのであり、むろんニーマンの側でもカリスマ的な教師に即座に惹きつけられる。二人の出会いは、恋愛映画の王道である〈ボーイ・ミーツ・ガール〉めいた構図を帯びるのだ。

 誤解のないように念を押すが、このあとで執拗に描かれる二人の関係に同性愛的な要素があるわけではない。しかし、ニーマンはまるで気ままで奔放な恋人を相手にするかのように、フレッチャーのつかみどころのない性格や行動に翻弄されるだろう。ふだんは鬼のように冷酷な教師なのに、不意に優しげな表情でニーマンに接したり卒業生の死を沈痛な面持ちで悼んだりするし、コンクールの会場では知人の幼い娘に愛情溢れる言葉をかけもする。ライバルとの熾烈な競争状態に追い込むことでニーマンの本気度を高める挑発行為をフレッチャーは繰り返すが、正演奏者の座を競うドラマーたちは一人の男のハートを射止めようとなりふり構わず嫉妬に狂う恋の競争相手であるかのようだ。芽生えつつあった初恋に映画の中盤で自ら終止符を打つニーマンだが、それもフレッチャーとの(疑似的恋愛)関係を優先するがゆえの決断なのだ。

 

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 本作の〈新しさ〉は、音楽家を志す青年を主人公とする音楽映画に特異な恋愛映画の要素を加味することだけでなく、戦争映画やギャング映画、スポーツ映画とも構造的な共通性をあらわにする点にある。実際、『JUNO/ジュノ』などの監督作でも知られるプロデューサーのジェイソン・ライトマンが語るように、本作は「音楽院を舞台にした〈フルメタル・ジャケット〉」である。フレッチャーは、あの映画の第一部で新兵を容赦なく鍛え上げる教官にも似て下品な罵倒の言葉をマシンガンのように学生たちに浴びせるばかりか時に鉄拳制裁めいた行為にすら及ぶし、精神的かつ肉体的なプレッシャーが主人公の心を次第に蝕む構図もキューブリックによるヴェトナム戦争映画を思わせる。一流のジャズ・ミュージシャンを目指す学生たちは、ふだんは陽気な日常も垣間見せるものの、フレッチャーの前では直立不動で沈黙を守り、教官を前にした新兵めいた態度になる。出世を目指す若者たちは教官の気を引こうと右往左往させられ、しかし最終的にニーマンとフレッチャーはリング上で互いにしのぎを削る戦士同士となるだろう……。

 クロースアップの多用やアクション映画めいたスピーディな編集など、音楽学校という特殊で閉ざされた空間を舞台とする映画に普遍的な構図をもたらす演出が光る。そして何よりもフレッチャーの内面的な描写を一切排除する、ある意味ではヒッチコック的ともいえる姿勢が、本作に特筆すべきサスペンスを添えるだろう。フレッチャーはスポーツ映画の熱血コーチや戦争映画の厳格な上官にしてギャング映画の冷血なボスであり、恋愛映画の不実ながら魅惑に富んだ恋人でさえあるが、もちろん正確にはその誰でもない。単純化していえば、彼の心のなかは誰にもうかがい知れない。優れたミュージシャンの育成を純粋に目指す芸術至上主義者なのか、あるいは若者の人生を狂わすことに喜びを見出すサディスティックな精神異常者なのか、それとも……。あなたは最後の一瞬までその答えを本作に探すことになるだろう。

 

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「セッション」
◎4/17(金)よりTOHOシネマズ 新宿 他 全国順次ロードショー
監督・脚本:デイミアン・チャゼル(「グランドピアノ 狙われた黒鍵」/脚本)
音楽:ジャスティン・ハーウィッツ
出演:マイルズ・テラー(「ダイバージェント)/J・K・シモンズ(「JUNO/ジュノ」他)
提供:カルチュア・パブリッシャーズ、ギャガ
配給:ギャガ GAGA★(2014年 アメリカ 107分)
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