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いとうせいこう、TAKUYA、堀込泰行……多彩さと混沌を声の魅力でまとめあげる後半

アルバム後半の幕開けとなる“みとらじギャラクティカ”は月ノ美兎の話芸を活かしたラジオ的な楽曲で、〈今頃EDM?〉的な印象を利用しつつ電気グルーヴ『VOXXX』あたりをアップデートする感じがVTuberとしての持ち味を実によく表している。

続く“部屋とジャングル”は堀込泰行の担当曲で、キリンジ“カメレオンガール”のレゲエみを活かしつつトラップ化したような矢野博康のアレンジが心地よい。

それを引き継ぐのがTAKUYA(ex-JUDY AND MARY)による“ウエルカムトゥザ現世”で、氷川きよし“限界突破×サバイバー”に通じるハイテンションな歌謡ロックが前曲と違和感なく並ぶのが不思議である。

そこからクール・ダウン気味に繋がるのが、いとうせいこう is the poetによる “NOWを”で、JAGATARA“都市生活者の夜”あたりから面影ラッキーホール経由でceroに接続するような曲調は、80年代のフュージョン寄りAORやアフロ・ポップ〜環太平洋フュージョンなど、今までの楽曲との接点を示しつつさらなる広がりを想起させる。配信やライブで盛り上がる昂奮とそれに対する内省をともに示す歌詞も、斜に構えすぎない真摯な姿勢とメタ的視点を兼ね備えており、月ノ美兎というVTuber~アーティストの魅力を非常に良い形で体現している。

そのメロウな余韻を引き継ぎつつ良い意味でぶっ飛ばしてくれるのが最後の“Moon!! (Avec Avec Moonlight Power Pop Re-Arrange)”で、自身の出自※4を主張しつつ爽やかに締める構成は完璧と言える。多彩で混沌とした収録曲群を声の魅力でまとめあげてしまえていることもあわせ、非常に完成度の高いアルバムである。

 

サブカルを継承、日本のシーンの豊かさを示す記念碑的傑作

というふうに様々な固有名詞を挙げて語ることができる本作だが、そうやって元ネタ探しのようなことができる仕掛けが張り巡らされている(それをやりやすいように作ってある)ことこそがサブカル的な楽しみ方の一つの神髄でもあるわけだし、そしてそれは、イースター・エッグ探しを楽しむ〈考察〉文化が広く定着した昨今ならではの、そこでさらに活き強みにもなるスタイルでもある。

以上のようなサブカル批評・継承としても、日本の音楽シーンの蓄積の豊かさや可能性を示すものとしても、本作『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』は記念碑的な傑作なのだと思う。

記事で言及された楽曲やアーティストの作品を選曲したSpotifyプレイリスト。選曲はs.h.i.

※1 清楚なイメージを前面に押し出しつつ悪ノリしまくる芸風で知られる。ソニーから配布されている本作のプレス・リリースには動画関係のおすすめとして「紙芝居体験談」が選ばれており、「HUNTER×HUNTER」のキャラクター・ネフェルピトーのパロディーがサムネイル表示された「針でぶっ刺されたら不眠症は治るのか?」が掲載されているのは何度見ても苦笑させられてしまう。

※2 ももクロのセカンド・フル・アルバムとなった『5TH DIMENSION』(2013年)は当時のJ-Popシーンの常識を遥かに超えた客演陣(只野菜摘、いとうせいこう、大槻ケンヂ、NARASAKIも参加)で大きな話題を呼び、音楽性の豊かさとクォリティーの両面において日本のポップ・ミュージック全体に少なからぬ影響を与えた。本作の制作を主導したプロデューサー・宮本純乃介が主催するEVIL LINEは、日本のアニソン~アイドル領域とアングラ~サブカル領域を人脈的にも音楽的にも連結する重要レーベルであり、『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』はそうした界隈にVTuberシーンを接続する意義を持った作品でもあるのだと言える。

※3 〈インターネット発の音楽〉およびそれ以降のシンガー・ソングライターの代表格と言える長谷川白紙は、ポーター・ロビンソン主催のオンライン・フェスティバル〈Secret Sky〉や、フライング・ロータス主催のライブ配信番組「THE HIT」にも出演しており、海外の音楽シーンとの接点を確立しつつある。ポーターやフライローが日本のアニメおよびそのサントラから大きな影響を受けていることや、『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』収録曲の多くがヴェイパーウェイヴ~フューチャー・ファンク~シティ・ポップ的な要素を備えていることを鑑みれば、VTuberシーンが海外に接続するためのお膳立ては本作でかなり整えられていると思われる。

※4 ファン制作のキャラクター・ソングとして投稿された本曲は、月ノ美兎自身もファンだと公言する「アイドルマスター」シリーズの高度なオマージュ曲でもあり、活動経歴的にもバックグラウンド的にも原点を示すものだと言える。2020年リリースのシングル版と比べるとコード進行にはフュージョン方面に通じる捻りが加わっており、今回のアルバムにうまくおさまる形にアップグレードされている。

 


RELEASE INFORMATION

月ノ美兎 『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』 SACRA MUSIC(2021)

リリース日:2021年8月11日
配信リンク:https://mitotsukino.lnk.to/QKKNVDea
応援店特典:オリジナルマスクケース

■初回生産限定盤 (CD+Blu-ray+ステッカー)
品番:VVCL-1790-1
価格:4,950円(税込)

■通常盤(CDのみ)
品番:VVCL-1792
価格:3,080(税込) 

TRACKLIST
初回生産限定盤・通常盤共通
1. 月の兎はヴァーチュアルの夢をみる
作詞:月ノ美兎 作曲:ASA-CHANG&巡礼 編曲:ASA-CHANG
2. それゆけ!学級委員長
作詞・作曲:ササキトモコ 編曲:ササキトモコ/蓑部雄崇
3. ウラノミト
作詞:只野菜摘 作曲・編曲:広川恵一(MONACA)
4.光る地図
作詞・作曲・編曲:長谷川白紙
5. 浮遊感UFO
作詞:大槻ケンヂ 作曲・編曲:NARASAKI
6. みとらじギャラクティカ
作詞:七条レタス(IOSYS)& まろん(IOSYS)
作曲・編曲:ARM(IOSYS)
7. 部屋とジャングル
作詞・作曲:堀込泰行 編曲:矢野博康
8. ウエルカムトゥザ現世
作詞:TAKUYA、MEG.ME 作曲:TAKUYA 編曲:TAKUYA/Keisuke Iizuka
9. NOWを
作詞:Seiko Ito 作曲:Watusi/Shigekazu Aida/Ippei Tatsuyama/Ken Kobayashi/SAKI 編曲:SEIKO ITO is the poet
10. Moon!! (Avec Avec Moonlight Power Pop Re-Arrange)
作詞・作曲:iru 編曲:Avec Avec

初回生産限定盤Blu-ray
1. それゆけ!学級委員長(Music Video)
2. おまけのTV
3. ウラノミト(Music Video)

初回盤・通常盤共通 初回封入
月ノ美兎1stワンマンライブ「月ノ美兎は箱の中」最速先行抽選応募券
応募期間:2021年8月11日(水)10:00〜2021年8月31日(火)23:59

 

LIVE INFORMATION
月ノ美兎1stワンマンライブ「月ノ美兎は箱の中」
2021年11月16日(火)東京・青海 Zepp DiverCity (TOKYO)
開場/開演:17:00/18:00
席種:全席指定
お問い合わせ(キョードー東京):0570-550-799(平日11時〜18時/土・日・祝日10時〜18時)

 


PROFILE: 月ノ美兎
〈にじさんじ〉に所属するライバーの中でもトップ・クラスの人気を誇るヴァーチャルYouTuber。多様なカルチャーをエンタメ化する聡明さと物言いで、唯一無二の存在感を放っている。YouTubeチャンネル登録者数は77万人、Twitterフォロワーは54万人を突破。