コロナ禍で疲弊した世界に祈りのように響く愛の歌

 2020年は新型コロナウイルスの影響であらゆるアーティストの活動がままならなくなった年だったが、孤高のヴォーカリストと呼ばれる玉置浩二にとってもそれは例外ではなかった。

 昨年はライフワークとなった〈玉置浩二PREMIUM SYMPHONIC CONCERT〉を含めコンサートがすべて中止になり、聴衆の前に立てなかった玉置は一時スランプに陥っていたと聞く。その圧倒的な歌唱力と表現力で世代を超えて多くの聴衆を魅了し、ここ数年はクラシック・オーケストラとの共演でますますスケールの大きな存在感を証明していた玉置だが、歌う場の喪失によって自らの存在意義すら問うてしまうほどだったという。

 そんな状況から彼が脱したのは、6年ぶりのニュー・アルバム『Chocolate cosmos』だった。収録曲は玉置がこれまでソングライターとして手がけてきた楽曲を歌ったセルフ・カヴァーながら、オリジナル・アルバムのような玉置浩二ならではの世界がたっぷり堪能できる濃厚な作品となっていた。鈴木雅之、KinKi Kids、平原綾香、中島美嘉、TUBE、高橋真梨子など幅広いアーティストに提供してきた楽曲に新たな命を吹き込むように歌い、自らも再生してゆく『Chocolate cosmos』は、2020年でなければ生まれ得なかったアルバムと言えるのかもしれない。

 アルバムのリリースに先駆け、昨年の11月に東京・セルリアンタワー能楽堂において無観客で収録されたパフォーマンスは、玉置にとって久しぶりの実演となった。82年に〈安全地帯〉でデビューして以降、ずっとステージで歌い続けてきた人が2021年の幕開けとして選んだのが神聖な能舞台というのも興味深い。そのライヴ映像をパッケージ化した「Chocolate cosmos~恋の思い出、切ない恋心~」が8月18日にリリースされた。

玉置浩二 『Chocolate cosmos ~恋の思い出、切ない恋心~』 コロムビア(2021)

 能では〈見所〉と呼ばれる観客席にプレイヤー陣が配置され、ピアノ、ストリングス、ハープの調べに導かれて玉置が能舞台に登場する。老松が大きく描かれた〈鏡板〉を背景に玉置が1曲目に歌ったのは、“終わらない夏”。93年の2枚目のソロ・アルバム『あこがれ』に収録されたバラードを頭に持って来たのは、このライヴのテーマがアルバムと同じく〈恋の思い出、切ない恋心〉であるからだろう。冒頭から聴き手の心をわしづかみしてしまう歌声を惜しみなく披露する。2017年に竹中直人に提供した“ママとカントリービール”は、母への想いを郷愁を込めて歌ったナンバー。作詞は竹中が手がけているが、誰の書いた歌詞であろうと自身の歌として昇華してしまうのは玉置の類い稀な表現力あってこそ。“僕は泣いてる”も『あこがれ』の収録曲。ソロとしては2枚目に当たるアルバムから2曲選曲されたのは、音楽プロデューサーの須藤晃を作詞に迎え、玉置らしい美しいバラードを数多く収めた作品の原点でもあるからに違いない。

 2016年にソロ・デビュー30周年を迎えた鈴木雅之に提供され、自身が作詞も手がけた“泣きたいよ”は、大人の男の純情を吐露した歌詞が泣ける。ラブソングの帝王として君臨する両雄が組んだこの曲を本作では自らの心情に引き寄せるように切々と歌い上げている。

 〈安全地帯〉のアルバムでは最大のヒット作『安全地帯IV』からの“消えない夜”も長年のファンには嬉しい選曲。官能的とも評される玉置のヴォーカルとあいまるストリングスの繊細なアレンジも見事。KinKi Kidsに提供した“むくのはね”も色香が横溢する。上手いシンガーは数多くいても、ラブソングに色気を醸せる歌い手が少ないこの国で玉置がいかに貴重な存在であるかを思い知らされる。