すべては繋がっている――自身の人生に影響を与えた7作品を、ショパンの前奏曲に〈間奏曲〉のように挿入したコンセプト・アルバム
――最新録音は、単にショパン“24の前奏曲”全曲を収録しただけでなく、リゲティや武満徹など7人の作曲家の小品がサンドイッチされていますね。
「ショパンの前奏曲は、人生のさまざまな局面――危機や障害も含めて――を1曲ごとに表現し、しかも全部繋がっているという意味では、まさに人生そのものですね。そんなショパンを、少数のエリートではなく、普段クラシックを聴かないリスナーにどうしたら聴いてもらえるか? そこで、一種のプレイリストを作るように、幾人かのふさわしい作曲家を選び出し、音楽的にショパンと結びつけながら、全体がひとつの物語になるような流れを考えていったんです」
アリス=紗良・オット 『Echoes Of Life エコーズ・オヴ・ライフ』 Deutsche Grammophon/ユニバーサル(2021)
――いわば、人生という〈架空の映画〉のサウンドトラックですね。
「ありがとうございます」
――その映画では、ショパンとあなたが〈主役〉で、7人の作曲家が〈脇役〉だと。
「いえいえ、脇役ではありません。私たちクラシック側の人間は、過去をリスペクトするあまり、いま、ここにいるリスナーの気持ちを軽視しすぎていたと思うんです。7人の作曲家は、私を含めたリスナーの気持ちの表現です。そういう意味で、3人目の〈主役〉はリスナーのみなさんです。決して、自分の物語を一方的に押し付けるようなことはしたくありませんでした。例えば、アルバムの最初は、ショパンがインスパイアされたバッハの最初の前奏曲で始めたかったのですが、原曲をそのまま弾いてしまうと、いまの21世紀の現代に刺さらない。そこでフランチェスコ・トリスターノに、彼自身のミニマリスティックなスタイルで〈いま〉を表現し、しかもバッハのエコーが聴こえてくるような新作を書いてもらいました」
――ニーノ・ロータも、まさに過去のエコーですね。
「ロータというと、自分が10代の頃、『ゴッドファーザー』を見た頃を思い出します。ロマンティックな青春ですね。そういうノスタルジックな要素を、近年発見された彼のワルツに託しました。中間部が、すごくショパンっぽいんですよ」
――チリ―・ゴンザレスとは、直接会ったんですか?
「パンデミック前に彼が開催したチャリティ・コンサートで、ゲストに招かれました。その時に新作の作曲を依頼したのですが、彼の『Solo Piano III』に収録されているバッハ風の前奏曲が私のコンセプトにピッタリだったので、録音の許諾を求めたら〈喜んで!〉とOKをもらいました」
――武満に関しては?
「私が初来日した時、〈アリスさんのここは日本的〉〈ここはドイツ的〉と言われるのを聞いて、すごく当惑したんです。〈なぜ、自分を分けなくてはいけないの? 私は私なのに〉と。ドイツにいても同じです。そんな時、〈音楽こそが自分のアイデンティティを定義できる〉という武満の言葉に共感したんです」
――ペルトの選曲は、闘病生活を反映されたとか。
「発病する前までは、ノイズがあふれる社会や過密スケジュールに自分を無理やり合わせるあまり、自分の身体が発するシグナル、〈休ませてくれ〉という無意識の声を無視し続けていたと思うんです。絶対的な静寂の中でペルトの音楽に集中するように、体の声に真摯に耳を傾けることが大切なんですね」
――アルバムの最後は、あなたが編曲したモーツァルト“レクイエム~〈涙の日〉”ですね。
「パンデミックの期間が暗かったということもあり、ショパンの“前奏曲第24番”のダークの気分のまま、今回の旅を終わらせたくなかったんです。第24番と同じニ短調だと、“涙の日”をすぐに思い浮かべました。ただ、既存のピアノ編曲譜だとアルバム・コンセプトに合わない感じがしたので、モーツァルトの絶筆を素材にして、そのエコーを響かせるような曲を書くことにしました。ショパンが自分の葬式で“涙の日”を演奏させたという意味でも、このアルバムにふさわしいかと。でも、これで人生が終わるわけではないし、今後どうなるかはわからない。そういう意味で、必ずしも即答する必要のない質問をリスナーに投げかける形で、アルバムを閉じたかったんです」
アリス=紗良・オット (Alice Sara Ott)
88年、ドイツ・ミュンヘン生まれ。95年のドイツ連邦青少年音楽コンクールを皮切りに、権威あるコンクールで次々と優勝。2008年に19歳でドイツ・グラモフォンからデビュー。2010年にエコー・クラシック賞ヤング・アーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。これまでに、ロリン・マゼール、グスターボ・ドゥダメル、パブロ・エラス=カサド、パーヴォ・ヤルヴィなどの世界の名指揮者と、オーケストラでは、ロサンゼルス・フィルハーモニック、ロンドン交響楽団、シカゴ交響楽団などの世界の名門オーケストラと共演。また、音楽活動以外でもデザイン提供やアンバサダー、コラボレーションなど世界の有名ブランドにてクリエイティヴな才能を発揮。2018年にメジャー・デビュー10周年記念アルバム『ナイトフォール』をリリース。