マーリー・ロウとリル・ウージー・ヴァート、そしてウィズ・カリファのサウンドが与えた影響
フィラデルフィア出身のマーリー・ロウ(Maaly Raw)も、リル・ウージー・ヴァート仕事で名を上げたプロデューサーだ。ワーキング・オン・ダイイングの面々と同様、初期からリル・ウージー・ヴァート作品に関わっている。
フィルシーがフロリダのスペースゴーストパープやメトロ・ズーからインスパイアされたように、マーリー・ロウもフィラデルフィアのヒップホップから少し離れた存在だ。AWMのインタビューでは「俺が影響を受けたのはフィリー(フィラデルフィアの愛称)のラップ・シーンではない」と断言している。マーリー・ロウが複数のメディアで影響を受けたプロデューサーとして名前を挙げているのは、ワカ・フロッカ・フレイム作品などで知られるアトランタのレックス・ルーガーだ。The FADERのインタビューによると、レックス・ルーガーから変な音の使い方を学んだという。
また、The FADERのインタビューではリル・ウージー・ヴァートとの仕事に関して興味深い発言をしている。「リル・ウージー・ヴァートも変な音が好きだから一緒に仕事するのが好き」、「リル・ウージー・ヴァートが俺のポテンシャルを引き出してくれる」。これらの発言から、リル・ウージー・ヴァートのディレクションがマーリー・ロウのビートに大きな影響を与えていることが推測できる。
リル・ウージー・ヴァートはComplexのインタビューで、影響を受けたアーティストとしてウィズ・カリファの名前を挙げている。先述した通り、ウィズ・カリファといえばスレジェレンとの楽曲でゲーム音楽ネタを使ってきたアーティストだ。また、2008年に発表したメジャー・デビュー・シングル“Say Yeah”では、エレクトロ系グループのアリス・ディージェイが放ったヒット曲“Better Off Alone”(99年)をそのまんまサンプリングしている。また、ウィズ・カリファは今年10周年を迎えた名作『Rolling Papers』(2011年)収録の“On My Level”ではジム・ジョンシン、2012年のミックステープ『Taylor Allderdice』収録の“T.A.P.”ではスペースゴーストパープをプロデューサーに起用するなどフロリダのシンセ使いも取り込んできた。リル・ウージー・ヴァートのエレクトロニックなビートの好みは、こういったウィズ・カリファの試みの影響が強いのではないだろうか。
2015年の“Safe House”や2016年の “Money Longer”といったリル・ウージー・ヴァートの楽曲でEDM系のシンセを鳴らしていたマーリー・ロウは、リル・ウージー・ヴァートのブレイクに伴い仕事量が増加。プレイボーイ・カーティ作品にも参加し、『Whole Lotta Red』でも“Teen X”と“New N3on”の二曲でレイジを予感させる ビートを制作した。
ヒップホップ/R&Bとエレクトロが急接近した2000年代
そもそもゲーム音楽やエレクトロをサンプリングしたウィズ・カリファの試みは、時代の流れに沿った動きでもあった。
“Say Yeah”がリリースされた2008年は、アッシャーの“Love In This Club”やニーヨの“Closer”といったエレクトロ風味のシンセやハウスの四つ打ちリズムを導入したヒットが出た年だった。ニーヨは英メディアのBlues & Soulの取材でロンドンを訪れた際に行ったクラブでハウスに出会ったことを語っている。
また、“Love In This Club”をプロデュースしたポロウ・ダ・ドンはMTVの取材で「ヨーロッパっぽいシンセでアッシャーにぴったりだと思った」と話している。この頃のアッシャーは2004年リリースのアルバム『Confessions』がアメリカ以外でも大ヒットを記録し、世界的スターになりつつあった。ツアーでヨーロッパにも訪れていたので、ポロウ・ダ・ドンの発言はそんなアッシャーを取り巻く状況を踏まえたものだろう。2008年頃は、このようにアメリカ国外への意識や国外からの影響が後押しする形でエレクトロニック・ミュージックの要素がR&Bのメインストリームで好んで使われていた時期だった。
ヒップホップでは別角度からエレクトロの導入が進んでいった。2000年代半ば頃からミックステープ・シーンでは奔放なサンプリングが目立つようになっていき、サンプリングやビート・ジャックの幅も広がっていく流れがあった。2007年には、ワーレイがフレンチ・エレクトロのジャスティスのヒット曲“D.A.N.C.E.”をサンプリングした“W.A.L.E.D.A.N.C.E.”を発表。ほかにもイタリアのエレクトロ系ユニットのクルッカーズをリミックスに起用したキッド・カディなどの当時の新人たちが、ヒップホップに多彩な要素を運び入れていった。
ウィズ・カリファの“Say Yeah”でのアリス・ディージェイ使いや、ミックステープでのゲーム音楽ネタはこの流れの先にあるものだ。イシリアルの試みも同様だろう。こういった流れとフロリダのプロデューサーたちの作風が、後のリル・ウージー・ヴァートとプレイボーイ・カーティのサウンドを形成。そしてそれがレイジという新たなムーヴメントに繋がっていった。
〈ラヴ・イズ・レイジ〉の視点で新たな発見を
レイジはまだ曖昧な部分が多いムーヴメントだ。しかし、曖昧だからこそ楽しめることもある。今回振り返ったように、レイジ目線で過去の曲を聴いてみると新たな発見も多くあるだろう。エレクトロとヒップホップのクロスオーヴァーが進んでいった当時は〈最近のヒップホップは受け入れられない〉と怒っていた方も、今なら愛することができるかもしれない。リル・ウージー・ヴァート曰く、〈ラヴ・イズ・レイジ〉なのだから。