国内最大級の映画・ドラマ・アニメのレビューサービスFilmarksが、90年代の名作をリバイバル上映する人気企画〈Filmarks 90’s〉。その第13弾として、映画「トレインスポッティング」が2026年1月30日(金)より2週間限定で再び上映されることとなった。
スコットランドを舞台に、ユアン・マクレガー演じる主人公マーク・レントンと仲間たちの波乱万丈な日々を映し出した本作は、90年代の若者が抱える実情をリアルに描き、日本でもミニシアターブームの波に乗るかたちで大ヒットを記録した。そんな「トレインスポッティング」のリバイバル上映に向けて、高橋芳朗に本作の魅力を綴ってもらった。 *Mikiki編集部

物語の中心にある若者たちの〈選べない人生〉と〈選ぼうとする意志〉のせめぎ合い
今回リバイバル上映が決定した映画「トレインスポッティング」は、1996年の公開から30年を経た現在もなお若々しく、鋭く、瑞々しいまま観客の前に立ち上がる。衝撃作として歴史に刻まれたクラシックでありながら、古典というよりむしろ現在進行形の映画として呼吸し続けている点こそが「トレインスポッティング」の独自性である。リアルタイムで鑑賞した者にとっては青春のシンボルであり、ある種の文化的事件だった。一方、これから初めて触れる者には現代性に満ちたエネルギーが新たなインパクトとして伝わってくるだろう。いずれの見地においても、いまスクリーンで向き合うことに確かな意味がある作品だ。
冒頭の〈Choose Life〉のモノローグは、その最初の突破口だ。疾走する足音、街角のざらついた空気、主人公レントンのやけっぱちな語りが観客を一気に作品の地平へと押し込む。この独白は90年代の価値観の揺らぎを象徴する言葉としてあまりにも有名だが、実際にはそれ以上の力を孕んでいる。語られる内容は社会に並べられた〈選ぶべきもの〉を皮肉りながらも、人生に対する焦燥と渇望をむき出しにする叫びだ。リアルタイムの観客は、当時の生活の肌触りや若い日の熱と虚無を思い出すかもしれない。初見の観客は、現代にも通じる価値観の押し付けへの違和感を即座に読み取るだろう。つまりこれは過去の産物ではなく、いまも依然として響き続ける問いかけなのである。
物語の中心にあるのは、若者たちの〈選べない人生〉と〈選ぼうとする意志〉のせめぎ合いだ。レントンは破滅的な生活を続けながらも、どこかで抜け出す方向を探っている。仲間たちとの関係は緩やかに壊れていき、出口の見えないもどかしさだけが溜まっていく。映画はその過程を決して感傷的に描かず、しかし冷酷でもない。ユーモアと痛み、軽さと重さを行き来しながら、観客の胸の深い部分に触れ続ける。


そんな「トレインスポッティング」の魅力は、社会性のある題材を扱いながらも決して重苦しさに沈まない点にある。映像は鮮烈で、テンポは小気味よく、ダニー・ボイル監督の演出は常に観客の身体感覚を刺激する。薬物依存、貧困、家庭の崩壊といった深刻な状況が描かれるにもかかわらず、映画が奇妙な軽やかさを維持し続けるのは、そのスタイルが徹底して〈動き続けること〉を選んでいるからだ。レントンたちの存在は危うく、滑稽で、ときに悲痛だが、映画はその不安定さを安易に整理せず、むしろそのままの姿を観客に突きつける。そこに生まれる独特のバランス感覚は、時代を超えて〈生きるとは何か〉を問い続ける力を持っている。