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繋ぐものの象徴

 アルバムの共同プロデュースを手掛けたのは、インタースコープのA&Rでかつてはチェリー・トゥリーも主宰したマーティン・キーゼンバウム。この20年ほどのスティングを支えるブレーンだが、今回はキーボード演奏やドラム・プログラミングでも全面的に貢献している。その他のプレイヤーは、数曲をコライトしてもいる敏腕ドミニク・ミラー(ギター)、ジョシュ・フリーズ(ドラムス)、マヌ・カッチェ(ドラムス)、フレッド・ルノーディン(シンセサイザー)、そして長い付き合いのブランフォード・マルサリス(サックス)。バック・ヴォーカリストにはメリッサ・ムジーク、ジーン・ノーブル、ジョー・ローリー、ライラ・ビアリが名を連ねている(他にも先述の“If It’s Love”ではシャギーがハンドクラップで参加)。2020年を丸ごと費やして行われたというレコーディングは大半がリモートでの作業だったようだが、ライヴ・バンドのメンバーも多い信頼のメンツなだけに制作/録音は滞りなく進行したようだ。

 アーティスティックな興味の及ぶままにジャズやレゲエ、クラシック、フォークなど多様なスタイルやアイデアを自身の中に採り入れ、インスピレーションを投影しているのはこれまで同様。ロバート・オッペンハイマー(〈原子爆弾の父〉として知られる科学者)を題材に自身の発明と良心の狭間で苦しむ様をブルージーに描いた“The Book Of Numbers”もあれば、マヤ・ジェーン・コールズがトラックを制作して共同プロデューサーに名を連ねたエレクトロニックなミディアム“Loving You”もあり、子ども時代に過ごした治安の悪い街を思い出して〈橋を渡って向こう側に逃げようとする人〉を歌った“Harmony Road”ではブランフォード・マルサリスのサックスが悲痛に響く。ナズやジュース・ワールドらによって常に今日的なループであり続ける“Shape Of My Heart”を連想せずにはいられないロマンティックな“For Her Love”、トラッド・フォークをカントリー&ウエスタンのように響かせる“The Hills On The Border”……と、サウンドを取っても言葉を取っても実にスティングらしい。アラビックにも聴こえるコーラスやフィドルが印象的な“Captain Bateman”やジャジーな“The Bells Of St. Thomas”では戯曲や民謡のような形式で倫理/道徳の物語に踏み込み、本編ラストの“The Bridge”ではドミニクのギターのみで、アイデアや文化、時代を繋ぐものの象徴として〈橋〉を歌って終わる。

 ボーナス・トラックとしては、その“The Bridge”の着想源になったという民謡の“Waters Of Tyne”や、本編収録曲と結び付くフュージョン的なスキャット“Captain Bateman’s Basement”、そしてオーティス・レディング“(Sittin’ On) The Dock Of The Bay”の直球なカヴァーが並ぶ。さらに、日本盤のみのボーナスとして収録されているのは、ハリー・ニルソン曲を取り上げた“I Guess The Lord Must Be In New York City”だ。こちらは俳優/監督のグリフィン・ダンの依頼でNYのパンデミックを題材にした短編映画のために歌ったものだそうで、スティングにとっては2020年を記憶するピースということなのだろう。

 9月末からライヴ・パフォーマンスを再開したスティングは、すでに世界各国を巡り、『My Songs』をテーマにしたラスヴェガスでのレジデンシー公演も終えているはず。そうでなくても簡単には望めないことだが、また日本でのライヴ・パフォーマンスが実現することにも期待しておきたいものだ。

スティングの近作を紹介。
左から、2016年作『57th & 9th』、シャギーとの2018年作『44/876』、2019年のセルフ・カヴァー集『My Songs』、2021年の編集盤『Duets』(すべてA&M)

 

関連盤を紹介。
左から、マヤ・ジェーン・コールズの2017年作『Take Flight』(I/AM/ME/BMG)、ブランフォード・マルサリスが手掛けた2020年のサントラ『Ma Rainey’s Black Bottom』(Milan)、スティングも参加したシャギーの2020年作のデラックス版『Christmas In The Islands: Deluxe Edition』(BMG)、オーティス・レディングの67年作『The Dock Of The Bay』(Volt/Atco)