©Mayumi Nashida

『Duets』から改めて振り返るスティングの越境ヒストリー

 19年の『My Songs』においては自身の楽曲を〈Reimagined〉と称してリメイク/コンテンポライズし、改めてポリス時代からのソングライターとしての功績を世に知らしめることとなったスティング。51年の10月生まれだから、今年には70の大台に乗る彼だが、その長く濃厚なキャリアが単なるグレイテスト・ヒッツの積み重ねだったわけではなく、彼ならではの試みとして積極的にジャンルや言語、世代を越境するコラボレーションが行われてきたことも忘れてはいけない。いまとなっては遠い世界の誰かとリンクする行為も珍しくはないが、テクノロジーの進歩や現代的なマナーが浸透するよりも前から、スティングは旺盛な音楽的好奇心に導かれてさまざまなアーティストたちと意欲的な仕事を数多く残してきた。このたびリリースされた『Duets』は、そのなかから印象的なコラボレーションを一枚のアルバムにコンパイルした作品である。

STING 『Duets』 Interscope/ユニバーサル(2021)

 そもそもソロ転向を決めてNYのジャズ・ミュージシャンたちとレコーディングに臨んだ初作『The Dream Of The Blue Turtles』(85年)の頃から、越境していく意識は示されていたのかもしれない。続く87年のセカンド・アルバム『...Nothing Like The Sun』からは、スティングのもっとも有名であろう曲のひとつ“Englishman In New York”が生まれている。レゲエを下地にジャズをミックスして異国での孤独を表現したようなこの曲は、そもそもゲイであることを公表してNYで暮らす英国人俳優クエンティン・クリスプ(MVにも登場している)の体験に着想を得て書かれたもので、歌詞は皮肉にも受け止められるが、異なる文化と接する際のスティングの基本姿勢を逆説的に示しているようにも思える。88年には同作の収録曲をスペイン語で歌ったEP『Nada Como El Sol』も発表。90年代に入って以降のスティングはより英国的なルーツに意識的になると同時に、ブリティッシュ・レゲエのパト・バントンやアスワド、米カントリー歌手のトビー・キース、コルシカ語の民族音楽を奏でるイ・ムヴリニ、三大テノールのルチアーノ・パヴァロッティ……と多種多様な背景を持つアーティストたちとの仕事を増やしていくことになった。

 より明確な転機となったのはアルジェリアのライ歌手であるシェブ・マミを招いた99年の“Desert Rose”だろう。もともと移民たちの集うパリのクラブでライを聴いて魅了されたのがきっかけらしいが、こうした越境の姿勢は2000年代に入っていよいよ広がっていく。自身のアルバムにおいても『Sacred Love』(03年)にはメアリーJ・ブライジやシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカール、フラメンコ・ギタリストのビセンテ・アミーゴを招き、外部作品におけるコラボでは、(今回の『Duets』に楽曲が収録されていない面々だけを取り出しても)セネガルのユッスー・ンドゥールやファド歌手のマリーザ、イヴァン・リンス、ジミー・クリフ、アリソン・クラウス、ブルース・ホーンズビー、t.A.T.u.、ブラック・アイド・ピーズ、トニー・ベネット、アフロジャック、リッキー・マーティン……と各界を代表する顔ぶれと共演して縁を結び、もはや誰と組もうとスティングらしいアクションのように思えてしまうのだからおもしろい。デュエットといえば、グラミーで〈最優秀レゲエ・アルバム〉部門に輝いたシャギーとのタッグ作品『44/876』(18年)は特に記憶に新しいところではないだろうか。

 今回の『Duets』に並ぶのはそのなかでも特に振り幅の広い楽曲たちだ。クレイグ・デヴィッドとのヒット“Rise & Fall”をはじめ、映画に起因するエリック・クラプトンやハービー・ハンコック、アニー・レノックスとのコマーシャルなスター共演もあれば、ミレーヌ・ファルメールの“Stolen Car”やフリオ・イグレシアス“Fragile”といった自曲カヴァーでのデュエットもある。ギムスの“Reste”は19年、メロディ・ガルドーの“Little Something”、スティングがプロデュースしたズッケロとの“September”、ガシの“Mama”は2020年リリースの楽曲で、いずれも音楽的な視野の広さと自由な気風を示す仕上がりなのが興味深いところだろう。こうなってくるとそろそろ久しぶりの完全なオリジナル新作にも期待したくなってしまうが、彼はこの先も多様な角度から多様な楽曲をまだまだ届けてくれるはずだ。

スティングの2019年作『My Songs』(Interscope)

 

左から、スティング&シャギーの2018年作『44/876』、スティングの2016年作『57th & 9th』、2013年作『The Last Ship』、リミックスを含む2011年のベスト盤『The Best Of 25 Years』(すべてA&M)

 

スティングが客演した近作。
左から、シェリル・クロウの2019年作『Threads』(Big Machine)、スティーヴ・アオキの2020年作『Neon Future IV』(Ultra)