タワーレコードのフリーマガジン「bounce」から、〈NO MUSIC, NO LIFE.〉をテーマに、音楽のある日常の一コマのドキュメンタリーを毎回さまざまな書き手に綴っていただきます。今回のライターは土岐麻子さんです。 *Mikiki編集部

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となりの電気グルーヴ

 午前5時。
 布団をガバッとあげてブハーと息をする。カーテンの花柄が日差しに浮き出ていて、完全に朝だ。起き上がると汗ビショである。
 「ああ今夜も生き延びた」
 達成感を感じて再び横になる。
 私が高校1年の頃の就寝シーンである。

 何をしていたかというと、ラジオを聴いていたのである。小さいラジカセごと布団に潜って深夜放送を聴く。母に悟られたくない一心でそのスタイルになった。スピーカーに直接耳をくっつけていた中学時代からの癖と、なにより自分の笑い声をミュートしなければ。当時は母親のことを看守のように思っていた。

 聴いていたのは電気グルーヴのオールナイトニッポン。
 紹介されたアーティストの曲が気に入れば布団から出てティッシュ箱と鉛筆を取り、また海女のように潜る。そして箱の裏にメモをする。私にとっては情報量が多くて理解が追いつかないこともあったが、音楽の聴き方が広がってワクワクした。そういうことを教えてくれる先輩は身近にいなかった。
 ネタコーナーではリスナーのハガキが面白くて、全国にはこんなにも才能のある人たちがいるのかと世界の広さを前に自信を失くした。(とっとと失くして良かった類の自信である)
 そして二人のトーク。いまとなっては具体的な内容をほとんど覚えていないのだが「こういう大人もいるのか」としみじみ思っていたことをハッキリ覚えている。深夜ラジオは、話す人の本音を垣間見られるメディアだ。家、学校、部活、バンドという、小さな世界のなかで親や先生といった数少ない大人達と過ごしていた私にとって、彼らは衝撃的だった。
 この世には思っているよりいろんなバリエーションの若い大人が存在していて、進路案内の表からは想像出来ないような界隈、視点があるのだということをトークの端々から悟ることが出来た。構成作家という職業があることもこのとき知った。

 現在、私が音楽をつくるときに一番大事にしているものは、音楽作りのテクニック以前のビジョンやスピリットだ。そして様式美は好きだが、他人にとって分かりやすい形式に当てはめなくてもいいということ。それが結果ポップなものになるかもしれないということ。
 こういうことは電気グルーヴにおける瀧さんのポジションを私なりに解釈したことからの影響だと思っている。

 そして彼らはいつも、社会のなかにいながら常にシンプルで正しく見えた。自身にとって絶対的なものを知っているように見えるその姿が正しく感じた、という私の感想だ。だから彼らのかっこよさは、言動をそのまま真似して身につくようなものではないということも知った。
 親と先生とともに、会ったこともない電気グルーヴから学び取ったことはたくさんあったのだ。
 勝手に彼らを、遠くに住んでいる「隣のお兄さん」達だと思っていた。

 先日、知人から悩める10代の子供の話を聞いたが、情報を拾いやすい現代でも、まだ子供の世界は小さくて狭いようだ。
その子にとっての電気グルーヴが現れることを願う。

 そういえばさっき過去形にしたけど、彼らの姿が教えてくれることは引き続き多い。
とくに2019年からの卓球さんの言動と最近の二人の活動を見ていると、相変わらず世界はもっと広く存在しているのだと感じさせてくれる。

 「隣のお兄さん」が「隣のお爺さん」になるまで、よろしくお願いしますという気持ちである。

 


著者プロフィール

土岐麻子(ときあさこ)
東京生まれ/歌手
Cymbals の元リードボーカル。2004年の解散後、ソロ始動。数々のCMソング、他作品への歌唱参加、テレビ・ラジオ番組のナビゲーターを務めるなど、〈声のスペシャリスト〉。また、様々なアーティストへの詞提供や、エッセイやコラム執筆など文筆家としても活躍中。
11月24日発売のアルバム『Twilight』を携え、全国6カ所でワンマンライブ開催決定。
https://www.tokiasako.com/

土岐麻子 『Twilight』 A.S.A.B(2021)


〈LIFE MUSIC. ~音は世につれ~〉は「bounce」にて連載中。次回は現在店頭配布中の「bounce vol.456」に掲載。