
15枚のインクジェットを含むポートフォリオ(エディション15)
〈クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]〉展示風景
Photo by Kenji Morita
©Christian Marclay.
彼が始めた〈djTRIO〉というプロジェクトは、常に二人のDJを招いて行われた。
「たくさんの場所で、いろんな若い演奏家たちとやりました。特にトシオとDJオリーブは素晴らしかったですし、一緒に演奏するのは楽しかった。〈djTRIO〉のコンセプトはDJがターンテーブルを楽器として演奏し、他のDJと一緒に即興演奏を行うというものです。世間でDJは一人で流行っている曲を順につないでいく人です。カフェでもクラブでもDJはどこにでもいました。レコードやCDを持ち込み、誰もが簡単にDJになれる。人々を踊らせる神とでもいうような個人崇拝は、私には受け入れ難いものでした。良いミュージシャンなら、DJでも他の演奏者とコミュニケーションし、即興しながら、一緒に演奏できると考えたんです」
コミュニケーションと即興という要素は、マークレーの図案楽譜(グラフィック・スコア)を使ったパフォーマンスにも異なるかたちで見て取れる。私が初めてそれを見たのは、2010年ニューヨークのホイットニー美術館で開催された展覧会〈フェスティヴァル」に組み込まれていたパフォーマンス・シリーズでのことだ。今回の展覧会にも含まれている「シャッフル」(2007)や「マンガ・スクロール」(2010)といった図案楽譜を、ミュージシャンが任意に解釈し、音楽に翻訳してゆく。観客は楽譜のイメージを見ることができず、演奏者の音を聞くだけ。観客にイメージを提示しない意図をマークレーはこう話している。
「大半の図案楽譜はミュージシャンのためにあります。楽譜のイメージは音楽を説明することは意図していませんし、テレビやインターネットのせいで私たちはサウンドにイメージを紐づけるよう飼い慣らされています。サウンド抜きのイメージだと何かが欠けているという感覚を持ってしまう。私にとって楽譜のイメージは演奏の引き金であり、ミュージシャンのための通常の譜面と何ら変わらないのです。しかし(古い映像を編集した無声のビデオ・モンタージュに、音符や五線譜を連想させる線や点のアニメーションを重ねた)『スクリーン・プレイ』(2005)は例外と言えるでしょう。このビデオ・スコアでは、ミュージシャンは映像をテレビ・モニターを見ながら演奏し、観客はミュージシャンの背後に映し出された同じ映像を見ることができます。ミュージシャンがイメージを解釈すると同時に観客も想像を働かせたり、判断を下したり、独自に解釈を行うのです。この作品においては、観客がそのメカニズムを理解した方が面白いと思いました。見えることによって、より積極的に聞くということが起こるのです。他方、何も見ないで聞くという体験も重要です。これは容易ではないのかもしれません。実際には豆粒ぐらいにしか見えないミュージシャンの姿を巨大なスクリーンで見ながら体験するコンサートのように、人々は音楽を聞きながら、何かが見えることを期待してしまう。私はそのような表層的な関わりではない、音楽の親密さという側面に関心を抱いてきたのです」

4チャンネル・ビデオ(同期、カラー、サイレント、ループ再生)13’ 40”
〈クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]〉展示風景(東京都現代美術館、2021年)
Photo by Kenji Morita
アールガウ美術館蔵 ©Christian Marclay.
親密さは、今回の展覧会でも私が感じたものでもあった。マークレーのイメージとの親密さ。それによって音が想起する。先述した一連の作品の他に、「レコード・ウィズアウト・ア・カバー」(1985)、「リサイクルされたレコード」(1979-86)等のレコードを使ったコラージュ作品、オノマトペのアニメーションに囲まれる無音のインスタレーション「サラウンド・サウンズ」(2014-15)などを含め、マークレーが作り出すイメージとサウンドの数々の連関は、観客それぞれの音の想像を促す。言い換えるなら、展覧会はそれぞれの観客の内で起こる変換や変容へと開かれている。マークレーにとってのこの展覧会はどのようなものだったのだろうか。
「展覧会には満足しています。それぞれの部屋に異なる空気感が漂っています。その全てが、展示の冒頭にある〈リサイクル工場のためのプロジェクト〉(2005)というプロジェクト(廃棄物となった電化製品を素材兼メディアとして、同じものがリサイクル工場で解体される様子や音を再生する一連の作品)から始まっています。このプロジェクトは2005年に日本に招聘されて作ったもので、その後ずっと保管されていたこの作品を再展示することがこの展覧会の起点としてありました。もちろん、ここでも音楽という焦点は欠かせません。それを前提に、キュレーターの藪前知子さんと展示の流れやキーワードを探る過程で、〈トランスレーティング[翻訳する]〉が重要なテーマとなりました。日頃から異なる国で異なる言語を使っている私たちを結びつけるのが〈翻訳〉でもあるので、このテーマはとても意味があるのではないかと考えたのです」
展覧会は最後、新作の「ミクスト・レビューズ(ジャパニーズ)」(2021)に辿り着く。
「これは耳の不自由な人のための手話を使ってこの展覧会のために制作した作品ですが、最初の部屋に展示されている、日本語に翻訳された「ミクスト・レビューズ」(1999-)のテキストをろう者が解釈したものです。そこで展示は、一周して元に戻ります。これらの作品群はミュージシャンたちにとっての庭を創造するために、種を蒔いているという感覚です。私は始まりのきっかけを提供するだけです。今回の展示作品の中には、進化や、固定されないという考え方を強く意識したものもあります。実は音楽もそういうものではないでしょうか。生の音楽は、演奏される度に違う解釈が施され、固定されないものです。展覧会にはそうした概念を提示する作品がいくつも展示されている。私はそう信じています」

クリスチャン・マークレー Christian Marclay
1955年アメリカ・カリフォルニア州に生まれ、スイス・ジュネーヴで育つ。ボストンのマサチューセッツ芸術大学で美術学士を取得後、ニューヨークのクーパー・ユニオンで学ぶ。長年マンハッタンを拠点に活動してきたが、近年はロンドンに暮らす。1979年にターンテーブルを使った最初のパフォーマンス作品を発表。レコードをインタラクティブな楽器として扱う先駆的なアプローチにより、実験音楽シーンの重要人物として一躍知られるようになる。1980年代以降には、即興の演奏のほか、聴覚と視覚の結びつきを探る作品で、美術の分野でも活躍する。音楽の分野でも重要な活動を続け、『Record Without A Cover』(1985年)、『More Encores』(1988年)、『Records』(1997年)などのリリースのほか、これまで、ジョン・ゾーン、エリオット・シャープ、ソニック・ユース、フレッド・フリス、スティーブ・ベレスフォード、オッキュン・リー、大友良英ら数多くのミュージシャンと共演、レコーディングを行っている。
寄稿者プロフィール
恩田晃 Aki Onda
アーティスト、パフォーマー、コンポーザー。長らくNYに暮らしていたが、現在は水戸を拠点にしている。パフォーマンス、インスタレーション、出版物と多肢に渡る表現形態で活動を続けてきた。パリのポンピドゥー・センター、ルーブル美術館、パレ・ド・トーキョー、カッセルとアテネのドクメンタ14など、世界のトップクラスの会場で作品を発表。今年は、ポートランドのPICAで大規模な個展を行い、来年はトロント・ビエンナーレ、NYのMoMA PS1に招待され展示を行うなど、パンデミックを物ともせず世界中で活躍中。現在、豊田市美術館で開かれているホー・ツーニェン〈百鬼夜行〉展の音楽も担当している。
EXHIBITION INFORMATION
クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]
2021年11月20日~2022年2月23日(水・祝)東京・清澄白河 東京都現代美術館 企画展示室1F
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/christian-marclay/
LIVE INFORMATION
空間と戯れる音たち
2021年12月18日(土)神奈川・横浜 BankART KAIKO
開演:16:30
出演:恩田晃『反響/連鎖』(ゲストパフォーマー:角銅真実)/正直
https://ypam.jp/program/detail/?id=52