コラム

〈サウンド・ライブ・トーキョー2014〉

〈音〉の持つリアリティ、その可能性

Photo by Kotaro Okada

 

 サミュエル・ベケットのテレビのための作品『ねえジョウ』には、声が登場する。身体を持たない声だけの存在であるその女性は、現前する男性を脅かす。男性はただ怯えるだけでひと言も発さない。それは幻聴かもしれない。しかし、その男性にしか聴こえていないはずの亡霊の声がわたしたちをも戦慄させる。なによりも「声」こそが、そこでは現前している。

 「音」の持つリアリティがある。それは音楽であったり、ダンスであったり、演劇であったり、あるいは名付けようのないものであったり。それぞれに、音が、そのほかの要素と関係し、それに附随しながらも、それが強調され、重要な役割を果たしているような作品がある。それは、音楽や美術といったジャンルから音や響きを抽出することで、音そのものへと還元していったサウンド・アートが指向するものとも異なる。

【参考動画】〈サウンド・ライブ・トーキョー2014〉に出演する
マイケル・スノウ、恩田晃、アラン・リクトによるパフォーマンス

 

 ジョン・ケージは《4分33秒》において、時間の枠だけを提示することで、そこに体内からの音や聴こえない音を含む、あらゆる音を音楽として取り込みながら、一方では、それを増幅し、可聴化することで音として提示した。各人の音の発見をうながすことから、音そのものが持つリアリティの提示への転位とも言えるだろうか。

 音楽や声や物音、それらを含み込む、あらゆる音が表現するものの可能性を探求するというサウンド・ライブ・トーキョーが今年も開催される。それは、いわゆるサウンド・アートとは異なる、それには回収できない、さまざまな表現領域における音に内在する可能性を探るものでもあるだろう。音楽か音か、音楽か美術か、といった二項対立でとらえるのではない、しかし、どうしようもなく音にとらえられてしまうような表現。

 今年もまた、ほかに例をみないプログラムである。実験映画の大家でありミュージシャンでもある、マイケル・スノウ恩田晃アラン・リクトによるジャンル無用の即興演奏。意外でもあるが納得させられるケイス・ブルーム工藤礼子の組み合わせ。映画『裁かるゝジャンヌ』をライヴ演奏で音像化するローレン・コナーズ灰野敬二(しかもインターネット越しの共演)。演出家ジェイコブ・ズィマー率いるSmall Wooden Shoeと関西を拠点とするdracom筒井潤との共同制作は、録音された声に合わせて俳優が演技をする(日本初演)。声と身体との乖離によって、声=亡霊に翻弄される身体が描き出されるのか。新しい音楽と新しい才能を発見するための「東京都初耳区」もパフォーマンスとインスタレーションのふたつが開催される。

【参考動画】灰野敬二による〈サウンド・ライブ・トーキョー2013〉でのパフォーマンス

 

 

LIVE INFORMATION

サウンド・ライブ・トーキョー2014

○11/5(水)6(木)マイケル・スノウ + 恩田晃 + アラン・リクト
会場:渋谷WWW
○11/11(火)ケイス・ブルーム + 工藤礼子
会場:渋谷WWW
○11/17(月)裁かるゝジャンヌ — ローレン・コナーズ + 灰野敬二
会場:渋谷WWW
○11/23(日)東京都初耳区(ライブ・パフォーマンス)
会場:六本木スーパーデラックス
○12/2(火)3(水)4(木)東京都初耳区(サウンド・インスタレーション)
会場:六本木スーパーデラックス
○12/27(土)28(日)Antigone Dead People Small Wooden Shoe/dracom
会場:六本木スーパーデラックス

www.soundlivetokyo.com