雪解けの雫から希望の大河へ!
オーケストラとの競演という新たなる出発が、ライフワークとなった軌跡が完全映像化
玉置浩二は2015年、アーティストとして次を模索していた時期に〈オーケストラとの競演〉という新たな挑戦に踏み出した。当初は歌い出しさえつかめず、オーケストラの演奏だけが進んでいく。そんな場面がドキュメンタリーとして放映されたこともあった。バンドとは異なり、リズム隊がいない難しさが露呈されたわけだけれど、彼は何か音で合図してくれとも、アレンジを手直ししてくれとも言わず、新人のように練習を重ねて初日のステージに立った。
それから7年目の今年、コロナ禍でツアーがキャンセルされた昨年のリベンジを果たすかのように、まず1月から全国4都市でのコンサートを開催。その際にロシア語で〈雪解け〉を意味する〈オーチェペリ〉がツアー・タイトルに付けられた。さらに6月から全国7都市8公演のツアーを始めるが、今度は〈カペーリ〉、〈雪解けの雫〉というタイトルとなった。もうひと段階進んだということだろうが、いずれにしても新たな出発、新たな時代の幕開けを期したツアーという意味なのだと思う。
その最終公演、東京ガーデンシアターでのコンサートの模様を収めた映像作品がリリースされる。これまでで最大規模の会場、その大きさは映像からも伝わってくるが、千秋楽で共演するのは大友直人と東京フィルハーモニー楽団。大友直人は、2015年2月の初日に組んだマエストロで、「生でしか伝えられないこともあるので、マイクなしで歌ってみたら」とアドバイスするなど、Premium Symphonic Concertシリーズにおいて玉置浩二が最も信頼を寄せる存在だ。2人の関係性は、ステージでのやりとりからも垣間見える。それがいい感じなのだ。
玉置浩二 『billboard classics PREMIUM SYMPHONIC CONCERT 2021『THE EURASIAN RENAISSANCE “КАПЕЛЬ”【カペーリ】LIVE』 コロムビア(2021)
さて、作品は、オーケストラのリハーサル映像にのせた彼の言葉から始まる。そのなかでオーケストラのアレンジ、演奏に関して否定したことはない。全て任せて身を委ねる。多少合わないのもおもしろいのかなと語っている。その発言と前述のドキュメンタリーでの「オーケストラの中に自分が行く」という言葉と重なる。これこそがポップソングとオーケストラとの競演を最大限に生かし、歌に秘められた可能性を引き出し得る秘訣ではないだろうか。オーケストラをポップソング側に寄せると、単に伴奏のスケールがバンドから大きくなっただけに終わってしまう。
観客は、そういうことを含めて十分にわかっているのだ。主役は万雷の拍手で迎えられる。そして、“ロマン”からパフォーマンスは始まるが、ひとつひとつの音に感情と魂を余すところなく込めて歌っていく。歌のうまさは誰もが知るところだが、その領域を超えて自分の歌と対峙している歌。歌い終わって、ひとつうなずく表情に想いが感じられる。会場にもスクリーンはあるが、ここまで鮮明に表情まで観られないかもしれない。これが映像作品ならではの臨場感ではないか。
“祈りの鐘からSacred Love”、“いつかどこかで”と歌い進み、1部は“FREIND”で終わり、2部は“GOLD”で再び幕を開ける。ここからさらにパワーアップしていくなかで、“ワインレッドの心~じれったい~悲しみにさようなら”のメドレーでの歌詞を変えて歌う〈愛を世界中のために~♪〉に自然と拍手が沸き起こる。今誰もが聴きたい言葉なのだ。
そして、続く“JUNK LAND”の全身全霊の〈心配ないって言いたくて~♪〉に心が震える。観客からも〈イェーイ〉という声が思わず漏れてしまう。素直な心の声は止められない。でも、それも自宅であれば、〈ブラボ~〉でも、〈ありがとう~〉でも自由に叫べる。コンサートは、ここからアンコールまで3曲続くが、それは観てのお楽しみにしておきたい。
コロナ禍であらためて拍手に込められた観客の思いを感じるようになった。このライヴの万雷の拍手には歓迎、感動、共感が込められていて、そこから生まれる会場全体の一体感が映像からも伝わってくる。
そして、もうひとつあらためて思うことは“歌の中に生きている人”だと言うこと。観るべき素晴らしい映像作品だと思う。